独り言 2

 両開きの扉の片方だけを開けて、私は食堂に入った。予想とは外れて、父はまだ新聞を片手にコーヒーをすすっていた。意外だ。


「…おはようございます」


 届くくらいの、無駄に大きくない声で言うと、父は少しだけ目線をこちらに向け、おはよう、とだけいった。これは予想内だ。


「お嬢様! おはようございます! 目玉焼きをすぐに焼いてきますね!」


 私の姿を認めたミオが、厨房に向かって走り出す。そんなに急がなくてもいいのに、ミオはいつもそうだ。ちょっとだけ笑うと、父の声がした。


「笑うだなんて…めずらしいな」


 ああ、この人は本当に。


「私にも、感情くらいはありますから」


 椅子を引きながら答えると、父はまた新聞に目を戻した。本当に冷たい人だ。


「お嬢様! 目玉焼きできました!」


 明朗快活な声を響かせて、ミオが朝ご飯の乗った皿たちを運んできた。そのうちの一つに湯気を立ち込ませている熱々の目玉焼きが見える。また笑いが溢れた。


「ありがとう、ミオ。とっても美味しそう」


 近くにある塩の入ってる瓶を手に取って、目玉焼きに振りかけながら言うと、ミオはぱあっと笑顔になった。つられて私も笑顔になる。ミオの笑顔はいくら見ても飽きない。


 目玉焼きにソーセージ、トーストとそれからトマトスープ。秋に寄りかかり始めている気候に冷やされた体にはありがたい発火剤だらけだ。早速スープから食べていこうと、スプーンを手に取った。


「そういえば歴史のテストがこの間あったそうだな。結果はどうだったんだ」


 新聞のページを一つめくった父が唐突に聞いてきた。ちょうどスープを食べようとしていたのに、手を止めなくてはいけないじゃない。


「まあ、そこそこだと思います」

「何点だったんだ?」

「…七十二点です」

「そうか」


 何がしたかったのか。コーヒーを注ぎに来たレイも困ったような顔をしているじゃない。それでも仕事をちゃんとやるレイには尊敬の念を送らざるを得ない。


 やっとスープが食べれると、私は息をついてスプーンを口に入れた。あたたかい。



 朝食を食べ終わって自室に戻る。少し疲れた顔のリクとすれ違ったから「お疲れ様」と声をかけたら「ありがとうございます」と不器用な声で返ってきた。


 クローゼットを開けば、少ない私服と外向きの服と制服が掛かっている。なんて味気ない。けれど十分であることは事実で、満足している私がいるのが現実だ。


 制服のかかってるハンガーをクローゼットから引きずり出して着替える。袖を通して、頭を出して、金色のボタンを四つ留めた。きっちりとしたワンピースの制服は、息苦しいような気がする。


 姿見の前に立ってシワがないかを確かめていると、ふと自分の顔が目に入った。黄色の目に濃紺の髪の毛。伝説にあるリジンの祖と同じ色の組み合わせ。祖の血を薄くながらも引き継いでいるだけあるな、と自嘲の笑いが心からポロッと溢れた。


 あー、クソッ。朝から最悪の気分だ。顔なんて無視するべきだった。


 革張りの黒い鞄を取って、靴を履く。早く部屋から出たい。大股で歩いてドアを開く。それを閉めて入り口に向かった。


「お嬢様、もういくんですか?」


 さっきとは打って変わって明るい笑顔のリクが話しかけてきた。


「ええ、ちょっとね。…リク、厨房で何か美味しい物でももらったの?」


「⁉︎ 何でわかったんですか」

「なんとなく、顔で…」

「お嬢様ってやっぱすごいですね! 執事長のお使いで厨房に行ったら失敗したらしい目玉焼きもらったんです! 失敗してる、と言うか黄身がかためなだけだったんですけど」


「あぁ、なるほど」


「って、そろそろ執事長に呼ばれると思うんで失礼しますね」

「足止めしてしまってごめんね」

「いえいえ! いってらっしゃいませ!」


「…いってきます」


 優しいリクに癒されながら、笑顔で返すと執事長がリクを呼ぶ声が聞こえた。彼の予測は毎日磨きがかかっていて驚きと感心が絶えない。


 私も自分の行くべき場所へ、と部屋よりも重厚なドアを開いて、学校へつま先を向けることにした。

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