独り言と羨望
ぴーや
独り言 1
私には友人がいる。
急に友人のことを語ったって意味がないか。
まずは私の話でもしよう。
私はヘリャータ。ヘリャータ・ガストータネ。ドラゴンの子孫であるリジン。まだ十六歳だ。だから、この話はなんでもないただのちっぽけな思春期の戯言と思ってほしい。
◆
私には友人がいる。メネダ・ドルテ・ゲルダという女性のフイ人だ。
彼女を一言で表すならと問われれば、大人たちは軒並み「最高の優等生」と答えるだろう。実際、そう言われている場面に何度も遭遇した。一度や二度ではなく、メモをしないと数えられないくらい。彼女とは友人になってから五年ほど。昔は戸惑ったが今はもうすっかり慣れている。
同級生の評価も大半はいいものだ。優しい、心が広い、頭がいい、などなど。これが基本的な、生徒間のメネダへの共通認識だ。
けれど彼女の本質はこんな綺麗なものではないことを私は少しだけ知っている。
私がみた彼女の異常性の片鱗は、そこまで突飛ではなかった。彼女自身の感性も、歪にねじ曲がっているものではないと思う。拙い観察による単なる推測だが。
突飛ではない異常性、だなんて、本当に異常と呼べるのかどうか怪しいものだが、それでも私はメネダを一般的や「優等生」だけでは絶対に割り切れない。私みたいな平凡なだけの溢れものと交友関係を築いているのも、彼女が彼女の異常性を隠すためにあるように最近は深読みしてしまう。最悪。最悪だ。私は。
…私の話はどうでもよかった。話を戻そう。
メネダは明らかに、何かに執着している。恐ろしいくらい。たまに垣間見える彼女の美しいまでの執着が向けられているのは彼女が生まれた時からともにいる「人形」に向けられていると私は思う。
メネダの人形は非常に高価で希少でそして有名な人形だ。かの著名な人形作家、オルゴリア・ムステネル・ローズの人形ブランド、ローズ印の最高級人形の一つ『ロオズドオル』がメネダが所持している人形。なんでも、人間族そっくりに作られているそうだ。微量の魔力で動き、意識を持つ。果たして人形と呼べるのか…。
そのロオズドオルという人形に、メネダは固執していると私は思う。いくらか彼女の家に呼ばれたが、その時にメネダがロオズドオルに取る態度は他では見ることがなかった。明らかにあの優等生の「特別」にロオズドオルは選ばれている。
だからなんだという話なのだが。
まあ、特にどうという話ではない。きっとメネダは将来、偉大なことを成し遂げるだろう。彼女の少しばかりの異常性と賢さなら、なんでもできそうだ。
◆
ペンを置いてランプを消し、私はベッドに滑り込んだ。窓の外には暗い空が広がっており、遅い時間であることが、時計を見なくてもわかった。
私があんなくだらない文を書いているうちにも、メネダは勉強でもしているのだろうか。彼女のあの賢さはそういった積み重ねでできているのだろうか。そういうことを考えるとどんどん自分が嫌いになる。
やめだやめだ。さっさと寝よう。
ぼふっと毛布で体を覆って、生ぬるい眠気に体を任せたくて私は目を閉じた。
◆
寝る前に閉めることを忘れていたカーテンの間を、躊躇なく朝の日差しが殴り込みに来た。まぶたの上にかかったそれは鬱陶しくて、それでも私は目を開けなくてはならない気がした。寝ぼけ眼で裸足を床につける。ちょっと視界がぐらついて端が黒ずんだ。
部屋中に満ちる我らが恒星の光を睨みつけて、ため息をついた。こんなことをして何になるのか。無駄な行いを恥じた。
スリッパを履いて、薄い寝巻きの上からガウンを羽織る。上等な布は優しく、睡魔をまた呼び出した。静かにほおを叩いて、痛みでそれをかき消す。カフェインは恐ろしくていまだに手出しができていない。飲めるようになるまでの辛抱だと言い聞かせ始めたのは5年ほど前から。
冷水を顔につけて、完璧に睡魔とお別れを告げる。ざまあみやがれ、お前の居場所は今はない。
さて、本番はここからだ。
ドアノブを捻って自分だけの国から一歩足を踏み出せば、運悪く母が通りがかった。
「あらヘリー! ちょうどよかった、今日ねわたくし刺繍でもしようと思っていたの。それでどんな柄にすればいいか悩んでいるの。ヘリーはどんなのがいいと思う?」
これが母の常だ。きっともう二択ほどに候補は絞っているだろう。もしかしたらもう決めているのかもしれない。
「お母様はどのようなものにしようと考えていたのですか?」
きっとこんな返答を母は望んでいる。
「そうねぇ。兎か薔薇が良いと思っていたの」
ほら見たことか。やっぱりもうほとんど決まっているじゃないか。
「どちらも良いですね。白兎と赤い薔薇、二つとも縫ってしまうのはどうでしょう。ほら、白兎の目は赤いものですから、薔薇と並べれば美しいでしょう」
きっとこれは盲点だ。二択で悩んで私にきいてくる時点でわかる。
「その発想はなかったわ。やっぱり私のヘリーは賢いわね!」
「ありがとうございます」
やっぱり。にこりと笑った母は私と別れた。
廊下のカーペットを楽しそうに踏みつけながら母は階段を降りていく。次は毎朝の掃除をしている執事見習いのリクが犠牲にでもなるのだろうか。かわいそうに。頑張ってほしい。
さて、私が次にやるべきことは朝食を摂ることである。食堂にはきっと今頃、新聞を広げた父がいつもの仏頂面でコーヒーを飲んでいるだろう。私が食堂にいく頃にはもう新聞を折りたたんでいると思う。
シーツの入ったカゴを持ってパタパタと走っているメイドの姿を見て、私は口を開いた。
「おはよう、アオイ。朝食の準備はもう終わったの?」
「おはようございます、ヘリャータお嬢様! もちろん終わっています! ただ…」
「ただ?」
「ミオがいつもの調子で『焼きたての卵焼きを食べてもらいたい!』と待っていますよ」
「食堂に行ってくるわ」
「うふふ、いってらっしゃいませ〜」
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