第3話
麟三は、カーテンを閉め忘れた窓から差し込んでくる純白の光が、瞼を刺激しているのを感じた。強烈な眩しさに耐えられずに開けようとした瞼を閉じた。僅かに開いた瞼の隙間から、微かな光を感じた。純白の眩しさに慣れてきた時、麟三は瞳を大きく開いた。
麟三が見た夢は、40年前の経験を再現したものであった。テレビの電源を入れると、ニュース番組が放送されていた。ほとんど人が歩いていない歌舞伎町の映像がテレビの画面に映し出されていた。40年前はディスコや映画館の乱立していた町が、欲望と抑圧の滲んだネオンの街にしか見えなくなってしまったのは麟三だけだろうか。
新型コロナウイルスのために明日からの派遣の仕事がなくなってしまった。尋も寿夫も麟三とおなじ境遇だった。麟三は銀行通帳を開いてじっと見つめた。残金2、312円。昨日記帳したけれど給付金の10万円はまだ入金されていなかった。
窓から溢れるように差し込んでくる純白の光を煌びやかな色の光に変えているものがあった。壁に貼ってある『サタデー・ナイト・フィーバー』のポスターであった。若き日のジョン・トラボルタのダンス風景を見るときはいつも40年前のことを思い出す。2020年の時代は何でもあるような時代である。それに比べたら1980年はスマホどころか携帯もない時代であった。でも輝いていた。1980年から見るとき2020年の時代は一見輝いているように見える。インターネット、テレビ電話、スマホ、近くなった世界、スタイリッシュな住居。でもそれは脆い砂上の城の輝きであることを新型コロナウイルスは暴いてしまった。世界中の人々の眼前に露にされたのは、広がるばかりで埋まることのない貧富の差、政治家の無能、止むことのない人間の貪欲さだけでしかなかった。懸命になればなるほど気づかないくらい大きくなっていく矛盾であった。
麟三は自分では言葉にはできないが、何か怒りでも悲しみでもない感情を抑えきれないでいる自分に気づいた。その感情は今まで感じたことのないものであった。いま世界中で新しい日常と言い始めている。日常とは何であろうか。奇跡的なことを毎日に当たり前のこととして享受していることに過ぎないのではないだろうか。麟三は自分の内にある命を何故か今までに無かった感覚で感じることができた。世界中の混沌とした暗闇の中で至る所で同じような感覚が芽生えているのを感じることができた。ニュース番組の中で映し出されているニューヨーク、ロンドン、パリ、ベネチア、渋谷の誰もいない街並みを照らしている純白の太陽の光の中にそのような感覚に似た輝きを感じることが出来るような気がした。
サタデー・ナイト・フィーバー 振矢瑠以洲 @inabakazutoshi
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