第2話
三人が新宿駅の地下街から出て歌舞伎町を歩く頃には貧弱な太陽の光はビルの谷間に呑み込まれ、あたりは躁狂な闇と艶やかしいネオンの光とが執り成す非現実的な昼と化していた。響き蠢く雑踏の賑わいは、只、享楽を求めるために響き、歓楽的なネオンサインは、富を吸い取るためのみに明滅する。それらの渾淆は男女の不毛な婚媾である。
三人はとある雑居ビルの前に立ち止まった。一階の正面にはコンクリートの空洞がポックリと大きな口をあけ、妖艶な光を放っていた。三人がその空洞の中に入ると正面には映画館の入り口、右側にはエレベーターの入り口が見えた。三人はそのエレベーターの入り口の前に立ち止まった。
「チェッ、今日もサッパリだったな」
一つずつ数字を下っていく光を見つめながら尋は言った。
「俺、今日特に頑張ったんだけどな。ひとりも引っ掛からなかったな」
寂しげに光り出した数字「一」を見つめながら寿夫が吐き出すように言った。
エレベーターのドアが開くと二人連れの男女が腕を組み合わせながら出て来た。鱗三は彼らを羨ましそうに見送った。
彼らがエレベーターに乗り込むと、エレベーターは彼らを瞬く間に7階まで運んで行った。ドアが開くやいなやけたたましい音が跳び込んで来た。擽らせるようなシンセイザー・ドラム・耳を劈くようなエレキギター・胃を揺さぶるようなエレキベース・これらが執り成す躁狂な音が、暗闇の中で明滅する官能的な光に溶け込んで彼らを夢幻の世界へ追いやった。
彼らはテーブルに着くと既に用意されていたボトルを互いに注ぎあった。ウイスキーがグラスに注がれる音と氷がグラスの中でかち合う透明音が天井に備え付けられたスピーカーから溢れてくる音の中で微かに聞こえていた。鱗三はグラス越しに忘我状態で踊り狂う男女を見つめていた。鱗三のグラスは天井から溢れてくる赤やブルーの光を一面に浴びていた。ウイスキーに浮かんだ氷は妖艶な光を反射させていた。その光は踊り狂う男女の群れに微妙な変化を与えていた。
「素面じゃとても踊る気になれねえよな」
尋は飲み干したグラスをテーブルの上に置きながら言った。寿夫は尋の言葉を気に留めずにポカンと口を開けながら踊り狂う群衆を見つめていた。
「おい、そろそろ踊ろうぜ」
尋は寿夫の肩をたたいた。寿夫は一瞬体をびくつかせ、尋の方をチラリと見て、軽く頷いた。
「おい、リン、一緒に踊りに行かないのか」
鱗三は群衆の中のある一点を見つめていた。
「俺後から行くから先に行っててくれよ」
群衆の中では妖艶な女の姿が激しく蠢いていた。その姿態は奈香子を彷彿させるものであった。奈香子は鱗三が働いている化粧品会社へアルバイトに来ていた女子大生であった。奈香子は鱗三の会社で鱗三が一月汗水たらしてやっと稼ぐだけの金をたった一日で稼いでしまった。奈香子のアルバイトはモデルの仕事でただカメラの前で笑うだけであった。鱗三は偶然奈香子の撮影の雑用をさせられた。名目上は営業部に入社した鱗三であったが、高卒の彼には結局雑用しかまわってこなかった。その日は彼の所属する営業部と関係のない宣伝部の雑用をさせられたのであるが、こんなことは度々であった。カメラマンにこっぴどく怒鳴られる鱗三にとってカメラの前でほほえむ奈香子の世界は別世界のように思えた。突然、麟三が見つめている女から眩しい光が放たれた。その眩しさで瞼が痙攣した。
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