破魔ノ対狐と〈護影獣〉 弍

 音も無く、戦いは始まった。


 素早くかわし、金の光を投げ付ける。これに当たった邪悪なヤツは、一時的に動けなくなるのだ。光なので勿論光速で飛んでいく。しかし、華澄狼雪もまた僅かに首を逸らしただけで見事に避けた。仕返しと言わんばかりに、赤く光る氷柱を矢のように飛ばしてきた。

 「兄ちゃんっ!」

 俺の背後から跳躍した白狐が、刀をブゥンと旋回させながら氷柱を跳ね返した。輝く雪の戦場に、ガキン!と音が鳴り響く。

 俺はその間に大きく跳躍して、華澄狼雪の真後ろに立つ木に移った。枝の上で弓をぐっと引き絞る。白狐と睨み合っている狼の背を見つめる。そして、思いっきり……。

 「無駄ヨ。」

 華澄狼雪の声と同時に、ドンッという衝撃が左肩を貫いた。必死に首を回すと、赤く光るあの氷柱が突き刺さっているのが見えた。……くらっと視界が揺れる。妖しい赤がくらくらと舞う。

 「これは……毒、か……?」

 「ソウダ。ソノ氷柱ガ光ヲ失ッタ時、オマエノ命モ失ワレル。弱者ニ生キル権利ナド無イノダ!」

 眼下からは狼の姿が消え、白狐が戸惑っている。……コイツは光速で跳躍して、俺の隣の木に移ったようだった。鮮血が滴り、毛並を赤く染める。木肌を伝い、雪を毒々しく染める。そして、俺はバランスを崩して、降りしきる雪と共に白狐の前へ落下した。

 「に、兄ちゃん‼︎」白狐が悲鳴をあげた。

 「大丈夫だ。……完全に思考が読まれている。もう心で会話をしても意味が無いな、ハハハ。うっ……ぐ、くっ。」笑ってみせたが、傷が痛むせいか苦しんでいるようにしか見えなかったらしい。

 「兄ちゃん……。」

 「もう、俺のことは、ほうっておけ……。戦え、びゃ、っこ……。」

 「兄ちゃん……あっ!」

 狼の影は、今まさに白狐を狙って飛び降りてきた所だった。気付いた白狐が、彼女を尾で叩き落とす。吹雪が激しくなり、氷柱が雨のように空から白狐に降り注ぐ。

 「白狐——っ。」俺は急いで金の光で白狐を覆い、氷柱の動きを止めた。

 間一髪。かすかに俺に笑いかけ、白狐は刀の切っ先を狂った狼に向けた。

 「オマエ達弱イクセニ、サッキカラゴチャゴチャト、……小癪ナ真似ヲ!」

 華澄狼雪が叫ぶ。その様子はやはり狂っていて、誰かに操られているようだった。

 いや……。

 華澄狼雪の右耳に、赤く光る紐のようなものが結ばれている。あれは……。

 「白狐……アイツは、⬛︎⬛︎⬛︎とかいう奴に操られている。いや……呪われている!

 あの耳に付いているのは、呪いたい相手の毛を束ねて作る操り道具の一種で……遠隔で対象を操作出来るんだ!

 ……この島が呪われているんじゃ無かったんだ。〈護影獣〉である華澄狼雪が呪われたせいで、こんな所になったんだっ!」

 一気に喋ると頭がよりくらくらとして、視界に無数の星が瞬きはじめた。けれどそんな事はどうだって良い。

 「神界の文献で読んだ覚えがある……。あの祠の中には恐らく、洗脳の呪いをかけ続ける為に、華澄狼雪の毛の束が焦げた状態で入っているはずだ。あの祠を壊して、祠の中の毛の束と、華澄狼雪の耳に結んである毛の束を〈神ノ焔〉で焼かないと呪いは解けないぞ……。」

 「どうりで嗅いだ覚えがあったんだ。僕、……。うわあ!」

「⬛︎⬛︎⬛︎ヨ、氷刀ヲ創ラセタマエ。弱者ニフサワシキ終焉ヲ。霧水・氷雪・霜霙。」

途端、空から青い一条の光が差し込み、ゆるゆると形を変えて華澄狼雪の手に収まった。

「白狐、避けろっ!」

 金の光を投げたが、一瞬遅かった。

 狼は名の通り氷で出来た刀を、勢い良く白狐へ振り下ろした。

 防ぐ間も無く、耳の辺りから血が吹き出し喘ぐ白狐。

 しかし剣を彼女の脇腹に向けて振り下ろす。

 「あ〜あ、僕としたことが。油断しちゃってたよ、テヘヘ!」

 それが敵を斬りつけながら言う台詞かよ。……と、これも野暮だな。

 華澄狼雪がを再び刀で白狐を薙ぎ、また白狐が華澄狼雪を薙ぎ……。終りの無い激しい攻防が続く。

 (白狐の事ばかり言ってないで……俺も……動かないとな。)

 頭が悶え、四肢が悲鳴を上げるが、無視してよろよろと立ち上がる。ただでさえ赤く光る雪原が、俺の血で仄暗くまだらに染まっていた。

 「くっ……ふっ‼︎」

 腹に力を込め、祠に向かって一気に跳躍した。華澄狼雪が気付いたらしく、背後から叫びが聞こえたが、白狐が食い止めているのか飛びかかっては来なかった。

 (祠ごと……壊してしまえ!)

 右手を祠にかざし、神経を集中させる。胸がすくような純白さを纏い、〈神ノ焔〉が燃え上がった。祠を覆う。目が眩む。輝く。

 《ギャアアアアア‼︎》

 祠から何者かの絶叫が漏れ出た。⬛︎⬛︎⬛︎とかいう奴が、間接的に苦しんでいるのかもしれない。直接退治したいが、今は華澄狼雪の呪いを解く方が先だ。より集中し、〈神ノ焔〉の威力を上げる。真昼のような明るさが、森中に広がる。

 《グ、アア……弱キ者ニ……フサワ、シ、キ、終焉、ヲ……ガガ、グッ。》

 手応えが消えた。《神ノ焔》を消す。

……祠は跡形も無く消え去っていた。毛一本も残っていない。

 「よし。あとは——。」

 振り返る。

 「——華澄狼雪の呪いを解くのが先か、俺が死ぬのが先か、だな……カハッ。」

 とっくに限界は超えていた。なんと強い毒だろうか。

 「兄ちゃん!」

 華澄狼雪と睨み合う白狐の銀の瞳が俺を見据えた。かすかに俺は頷く。

 そして、同時に詠唱をした。

「大御神よ、破魔ノ光を創らせたまえ。穢れを濯ぎ、真の生を。炎雷えんらい光芒こうぼう神結人かみゆいびと。」

 金の光が俺を包む。

 銀の光が白狐を包む。

 光は舞い、ゆらぎ、混ざり合って白い光へと変化した。

 〈破魔ノ弓矢〉と〈破魔ノ刀〉も白い光を帯びる。

 白狐が雲上の神界へ刀の切っ先を向ける。

 そして俺は矢を素早く放った。

 シューッと吹雪を切り裂く音がして……。

 「……!」

 ザクッ。

 華澄狼雪がすうっと弧を描きながら、後ろへ倒れた。

 狼から少女の姿に戻り、瞳が驚きで見開かれる。

 俺の矢は、違える事なくその耳を、毛の束だけを切り裂いていた。

 〈神ノ焔〉と性質が似ている〈破魔ノ光〉が、その肉体から穢れを拭い去ったのだ。

 果てしない虚空の中を、純白の矢の軌跡が煌めく。


 【狐火神社の〈護影獣〉の呪い、及び永久の秋冬は、〈破魔ノ対狐〉に破られた。】

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