夕日の郵便屋

蒼井どんぐり

夕日の郵便屋

子供の頃。目の前に続く畦道。

土の匂い香る地面に立ち、頭上の広い青い色が変わっていく瞬間。

鮮やかなオレンジ色、今ではその色の中から地平を見下ろしている。



「あー、ワダくん、依頼が入ったぞ。仕事だ仕事」


地球の周回軌道上にある、宇宙ステーションの一つ。

名をオレンジ・ポストと冠した小さな民間のステーションにいるセキヤ・ナオは、デスクの向こうに呼びかけた。


「へい。今日はどちらさんからです?」

「いつものところ」

「あ、いつもの常連さん。あざーす」


ステーションの中のこの職場には所長のナオと、バイトのワダくんの二人だけ。

男二人の寂しい職場は、資料をデータでやり取りするこの現代にあっても、紙のデータ表が大量に机の上を占領していた。


「じゃあ、所長。先に準備してますんで」

「おう。こっちの準備ができたらすぐ行く。色の調整はわかるか?」

「いつものでしょ? オレンジ強め、光量パッキりの真っ赤な夕日であれば」

「それだ。よろしくな」


ワダくんを見送り、ナオは窓から青い地球の姿を見下ろす。


「夕日の色はね。太陽の光が空をくぐり抜け、届いた色なの」


そう、初めて教えてくれたのは母だった。

大気中の空気や塵で散乱していく光。太陽が遠くなる夕方では、赤色の波長の色だけが散乱しきらずに地上に届きやすい。だから、空が赤く染まる。


ナオたち、オレンジ・ポストの仕事は、そんな光の "夕日の波長" を上手く届けることだ。


「で、どうだー」


作業ルームに入り、ナオがワダくんの方に声をかけると、何やら困った様子でモニターと睨めっこをしていた。


「いやー、今日はちょっと快晴すぎますね。雲が少なすぎて、結構厄介かもです」


ワダくんがモニターの画面をスライドして操作すると、このステーションが滞在している地域の衛生データが表示された。

地上から見える景色の予測を見ても、色のはっきりしない紫色した日没の様子がシミュレートされている。


「なるほどな。少し、雲を足しつつ、拡散氷かくさんひょうもいつもより多く振りまこう」

「いつものオレンジ色、調整で行けますかね?」

「まあ、やってみんことにはわからんだろう」


二人はそうして仕事に入った。

目の前のモニターを操作しながら、ステーションにドッキングされたロボットアームを動かすと、その先から白い煙が噴射される。水蒸気だ。


「これぐらいでどうか…な」


太陽から届く光を、色を調整するために、限られた地域、その上空の雲など、空に浮かぶ光の拡散させるもの調整する。

たまには雲以外の自然に溶ける固形物などを混ぜつつ、より綺麗に赤色の波長以外は散乱するように。日没の時間に合わせて、自然に影響はない範囲で空の環境をコントロールする。

そうして、彼らは夕日の色の元となる光を、地上に届けていく。




「ふいー。なんとかなりましたね」


地球時間での日没前にはうまく理想の空模様に調整ができ、二人は一息をついた。

モニターには地上からの景色のシミュレート結果が表示される。

依頼にあった色合いに近い、オレンジ強め、光量パッキりの真っ赤な夕日。


「そういえば、所長、ここの前任者って、家族の方だったんでしたっけ?」

「ああ。俺の前任者が母で、それを継いでな」


子供の頃、母が語っていたことを振り返る。


「1日の終わりに、仕事終わりで疲れたみんなにこうやって綺麗な夕日を届けるのが、私の仕事よ」


休暇として久しぶりに地上に来た母は自慢げに、そう語っていた。


「じゃあ、僕がお母さんの仕事が終わったら夕日を届けてあげる!」

「え? じゃあ、うん、楽しみに待ってる」


幼い時のその約束が、今の仕事を継ぐことにも繋がっている。


「今頃、お母さんにもこの夕日が届いているといいですね…」


不意に昔語りをしてしまったナオにワダくんは優しい目を向けた。


「ああ、届いてるよ。割と頻繁にな」

「え?」


そう話していると、手元のモニターに一つの通知が表示された。

いつもの例の常連さんからのメール。


「ほら、見てみろ」


ナオはモニターを回し、それをワダくんに見せる。


「『まあ、今日の予報状況に対してはまあまあといったところかしら。発色は綺麗だけど、空気の澄み方が甘い。拡散氷を巻き過ぎ。まあ、精進しなさい』って、え、まさか…」

「…ああ、お節介な前任者だよ」


定期的に依頼という名のおせっかいなチェックが入る。

できれば引退した時間をゆっくり自由に過ごしてほしいのだが、職業病なのだろう。

並々ならないこだわりの色合いが、テストのような形で依頼が飛んでくる。


「プ、プロっすね…」

「まあ、言うなれば師匠みたいなものでもあるからな」


そのおかげもあって、あの時届けたいと思った光の色を、ナオは届けられるようになった。いわば親孝行でもある。


「さあ、早速明日の依頼…って朝焼け希望か。少しピンク色を帯びた、赤弱目、が希望だそうだ」

「えー、明日早いんすかー!」


夕日を届ける郵便屋は、今日も頼まれて、空の色を届けていく。

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夕日の郵便屋 蒼井どんぐり @kiyossy

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