第4話 停滞の意
文化祭が終了して、定期試験の季節になった。この試験が終われば冬休みに入る。以前出た、旅行が云々という話が実現されるとしたら、こうした休暇中になるだろうが、二人の会話は大抵の場合空想の域を出ないので、実現されることはないかもしれないと少年は考えていた。
試験の二日目。学校はその影響で午前で授業が終わる。閑散とした教室で昼食をとってから、少年は中庭へと向かった。
もう冬と呼んで差し支えない季節だから、外は想像していた以上に寒かった。一応、コートを羽織っているが、それでも寒いものは寒い。外に出ないのが最も賢明であるように思える。もっとも、彼はもともと外に出るのが好きではなかった。部屋で何でも解決できるなら、ずっと室内にいたいと思う。その内、学校に通う必要もなくなるのではないか。
今は水を流していない噴水の縁に座っていると、向こうから少女が駆けてきた。七十パーセントほどの確率で転ぶものと思われたが、今日は三十パーセント側だったようで、彼女は無事に少年のもとへと辿り着いた。
「お待たせ」少女が言った。「待った?」
「少し」
「ごめんごめん。試験でやらかしちゃってさ」少女は上着を整えて、彼の隣に座る。
「何?」
「テスト用紙に、名前を書き忘れちゃった」
「ふうん」
「あまり驚かないね」
「想像の範囲内」
校舎の中も、外も、今はしんとしている。二人が黙るとより一層静けさが増した。普通なら部活動で賑わうはずだが、試験期間中は中止される決まりになっている。
暫く、黙った。
二人とも。
そうしている内に、校舎の方から女子生徒が一人出てくるのが見えた。
彼女は、こちらに近づいてくる。
明らかに二人を視認できる距離まで近づくと、彼女は一度その場に立ち止まって、静かに頭を下げた。それから再び歩くのを再開し、最終的に二人の傍に到着した。
「お待たせしました」いつも通りの荘厳な身のこなしで、女性が言った。
「うん」少年は応える。
「あれ? 待ったよって、言わないの?」少女が指摘する。
「待っていないから」少年は応じた。
「定期試験はどうでしたか?」二人を見下ろして、女性が言った。「私は、おそらく問題ないと思われます。学習した成果を存分に発揮できたと自負しています。学年順位で、上位五位以内は間違いないでしょう。このまま成績を維持すれば、大学への推薦入学は確実です」
「それは良かった」少年は客観的評価を述べる。
「貴方はどうでしたか?」
「まだ返ってきていないから、分からない」
暫くの間、女性はじっと彼を見つめていたが、やがて少女の隣に腰を下ろした。円形の噴水の縁に、三人並んで座る格好になる。もしここに映画関係のカメラマンがいたら、どのような構図で撮影するのだろうかと少年は想像した。
「久し振りだね」そう言って、少女が女性に抱きついた。「元気してた?」
「三日前にもお会いしたと思います」女性は応える。「元気ではありました」
「三日も空いたら、もう、充分、久し振りだよ」
「そうですか」
「うん、そうそう」
「三日あれば、英単語を二千程度は覚えられそうです。そのような努力はしましたか?」
「うーん、したけど、さすがに二千は無理だったかな……」少女は女性を抱き締めたまま左右に揺れる。「その十分の一、いや、百分の一くらいなら……」
「貴方は、どの程度英単語を覚えていますか?」そう言って、女性は少年に顔を向ける。
「数えたことがないから、分からない」彼は前方を見たまま答えた。
「ねえ、今度さ、三人でお買い物しようよ」少女が話題を変える。「私ね、欲しいネイルがあるんだ。ちょっと高くて、だからバイト頑張ってお金貯めたの。付き合ってよ」
「私は構いませんが」女性が応じる。
「君は?」少女は少年に尋ねた。
「さあ……」彼は応答する。少年はいつの間にか鞄の中から本を取り出して、それを読んでいた。「まあ、少しくらいならいいけどね……」
「そのネイルというのは、どのくらいするものなのですか?」女性が尋ねた。
「うーんとね、確か、三千円ちょっとだったと思う……」少女は答える。「でもね、何種類か色があって、迷ってるの。だから意見を聞きたいなと思って」
「サンプルか何か、お持ちですか?」
「写真ならあるよ。見る?」
「ええ」
そう言って、少女は携帯電話を操作して女性に画像を見せる。
本を読みながら、少年は、電池式のラジオと、手回し発電式のラジオの、それぞれのメリット、およびデメリットについて考えていた。手回し発電式のものは、その構造の分サイズが大きくなるから、電池式のものに比べれば持ち運びが少々大変になる。しかし、今のところ持ち運ぶ必要性はないから、総合的なコストを考えれば、後者の方が良いだろうか。
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