Tale 13 (Dec. 23) ヒタキ・ハナガシワについて

 急で悪いがもう辞めると言いおいて、ヒタキは鹿はらていをあとにした。さすがに一方的に過ぎると少し気おくれもしたが、こうはいさめもうろたえもせず頷いた。


 メイド衣装のまま、簡単にショールをひっかけてヒタキは日没後の街を歩く。どの商店もウラジロやダイダイにしめ縄の正月飾りで彩られ、ケーキ屋は去年バズった生姜しょうがクリームケーキを今年も並べている。おせち予約受付中ののぼり、梅の木を模したイルミ、本体がどっちかわからないプレゼント付き年賀状の広告……そして見飽きた門松カドマツリー。


 地下道からは声がしていた。「今年こそ! クリスマスは来る! イエス様と共に復活する! 教会に寄付を!」ヒタキは階段前でしばらく立ち止まってから、静かに帰路をかいしていく。「こねーよ、くそったれめ……」


 自宅のマンションが近くなり、人通りが少なくなっていた。

 黙々と歩いていたヒタキだが、ふとなにもない通りで足を止め、白く息を吐いた。


「はー……おまえまで回し者かよ」


 道の先に、犬が待っていた。

 人間の大人が四つんいになるより大きな黒い犬だ。垂れ耳で、口の周りには豊かなヒゲがある。黒いうえに毛深すぎて目は見えないし、銀色の首輪もほとんど埋もれているせいで野生のクマかなにかにも見えた。


「ったく。通報されんぞ?」

「しかし、いささか不本意な幕引きなのでな」


 みそカツが言った。ヒタキは世界一臭いと噂の缶詰を目の前であけられたかのような壮絶な形相をしたが、いいかげん妖精やらサンタ召喚の儀式やらでこの世のあらゆる現実感が薄れている。まったくうれしくはないが普通に忌々しそうな顔に収まり、かろうじて頭痛がする気がする額へ冷えた手のひらを当てるだけ当てた。


「なんだっつーんだよ、マジで……」

「驚かせてすまない。だが、下手人のひとりとして、このままでは無責任というのもある」

「オレが知るかっ」

「まぁ聞け」


 体の大きさにしてはやや高い声だ。しかしいつもなにも考えていなさそうに走りまわっていた様子からは思いもよらない貫禄かんろくのある話し方でもあった。


「そまりはおまえにバレるかバレないかが本命だと言ったが、厳密には過ごすべき者と聖夜を過ごせるかどうかが鍵だったのだ。家族と呼べる者とな」

「……執事がいるじゃねぇか」

「紅菜ではダメだった。家族とは他人同士より境界をあいまいにしながら共存できる間柄あいだがらを指す。ニコラウ素も関係はない。おまえがそれを持っていたのはだ」

「たまたま……」

「運命とも言う」


 ヒタキは眉をひそめた。いま一番聞きたくなかった言葉かもしれない。

 ヒタキがそまりといたのは、格別そまりのためなどではなかった。もちろんクリスマスのためでもない。遠回しに自分のためとは言えたのかもしれないが、それにしても明白ではない。


 単なる気まぐれ。気まぐれの、ヒタキの普通で、当たり前のこと。


 だから、そまりに気に入られたのも、きっとであってほしかった。そまりも自分と同じように、安っぽい軽い気持ちで、気まぐれの笑顔を見せてくれていると思っていたかった。


「……じゃあなんだよ。なあなあで許して美談にしときゃよかったってのか? そんな嘘っぽいクリスマスで本当に幸せかよ? 自分でそうじゃないってわかんだろ! そまりだって、自分で――」


 徐々に大きくなっていく声に自分が耐え切れなくなって、ヒタキはいったん奥歯をかんで強く目を閉じた。「……ああっ、クソ! いいかげんそのヘタな腹話術やめやがれッ!」


 ふたたび目をあけるやにらんだ先で、みそカツの胸の一番毛深いあたりから青リンゴ色の頭が顔を出す。

 ずっとみそカツの腹にしがみついていたらしいその妖精は、見破られて気まずそうな顔をして地面に降りた。あいかわらずヒタキににらまれると造作もなく震えていたが、しかしこのときばかりはこぶしを握りしめ、揺れる瞳でもヒタキの目をまっすぐ見返した。


「そ……そまりがおまえを頼ったのは、おまえがおまえだったからでありスますっ。占いをいっしょにしようなんて言い出したのは、おまえが初めてだったでありスます! ニコラウ素なんて、ほんとは関係なかったのでありスます! 偶然でありスます! そ、そまりには、最初からおまえしかッ……」

「偶然だろうがなんだろうが、結局オレは使われっぱなしじゃねーか」

「う……」


 せきを切ったようにまくし立てていたのが、ヒタキのひとことで止まってしまう。図星であるのはニッセも理解していたのだろう。

 その上でもヒタキを追ってきた。図々しいと一蹴もできたが、ヒタキは目を細めて喉の奥のもやもやしたものを押さえこんでいた。だんだんとそれも馬鹿らしくなってきて、ゆがめた唇の裏で「……チッ」と舌を打つ。


「寝覚めがわりーんだよ」


 一歩踏み出すと、ビクっとおびえた妖精が肩をすくめて凍りつく。そのリンゴサイズな頭の上に容赦なく平手を振りおろし、わしづかみにはしたが、ヒタキはその前にしゃがみ込んで鼻のあたりそうな距離からいまにもぐしょぐしょに溶けて噴きだしそうな銀の星の散る金色の目を覗きこんだ。


「下手人には責任があるっつったよな? だったらで落とし前つけやがれ」




 ★ ★ ★




 サンタのトナカイが空を飛べるのはツノに魔法があるためらしい。大昔の魔法使いはあの幅の広いシンボリックなツノを翼代わりにして飛ぶこともできたとか。なお、速度はトナカイが地上を走るときと同じく80キロは出る。サンタのそりには風よけもついていないので搭乗者は死ぬほど寒い。


「80キロどころじゃねえだろこれぇぇぇぇぇッ!?」

「久々すぎてはりきってるでありスますぅぅぅぅぅぅッッ!!」


 肉眼でとらえられない速度で民家の屋根が流れていくのを見おろしながらヒタキはそりのに必死でしがみついていた。足は常に宙に浮いており、進行方向と水平に吹き流されている。凍死どころではない。隣でニッセも同じ状態だ。


 ニッセの合図でどこからともなく現れた二頭のトナカイたちの引く小型のそりに、ヒタキとニッセは乗りこんで空を飛んでいた。空を飛んでいるのは間違っていないが、乗っているというよりは終始引っかかっているような状態だった。飛んでいることに感動する余裕もない。トナカイたちは永遠にトップスピードだ。


「つーかどこ向かってんだこれッッ!?」

「だから言ったでありスますッ! トナカイはサンタの言うことしか聞かなブッ――」


 飛んできたおせち予約のチラシがニッセの顔面を直撃した。そのまま人形のような小さな体は後方の景色に消えていった。


「ってオイィィィッッ!? マジかよぉぉぉぉぉぉぉぉッッッッ!?」


 目玉をひんこうが怒鳴ろうが妖精は帰ってこない。もうはしゃぐ時間は終わって、ヒタキもトナカイと向き合うときなんだ。


「だぁぁっこのくそったれぇッ! ふっざっけんぬぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッッッ!!」


 気合いで吠えたヒタキの手がニッセの離した手綱をつかむ。それを腕に巻きつけながらそりに体を寄せ、足場に力いっぱい両足を叩きつけると、トナカイたちの首をもいで再起不能にするつもりで手綱を引いた。


「なめんなシカどもォ!! そのバカみてえなツノ残らずひっこ抜いたらァァァァァァッッッッ!!」




【クリスマスなんか知るか!】



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る