Tale 12 (Dec. 22) プレゼントについて


 そまりの部屋を辞したあと、ヒタキはうしろ手に閉めた扉のそばで立ち止まってしまった。

 悪いものを食べたわけでもないのに、胸の奥がゴロゴロとして心地が悪い。なにか自分の認識に違和感がある。それはさして面白くもなさそうに画面の向こうへ金を配りまくるそまりの虚ろな姿を見たことで飛躍的に強まったものだが、以前からチリチリと頭の隅でくすぶっていたものでもあった。これまでにその違和感を意識したのは、ヒタキの考えた占いで〝いい子〟が出るとようやくなににも縛られていないかのように笑うそまりを見るときばかりだったが。


(かわいい顔してんのにな……ついてるけど)


 戸惑うような感覚はあっても、白い頬を桜色にして膨らませるそまりを見るとヒタキは毎度忘れてしまっていた。細いうえにまつ毛が長いせいでほとんど隠れてしまっている目の奥の虹彩こうさいが宝石のような青い色をしていることもいまのヒタキは知っている。それだけに小さなささくれのような違和感を、いまこそ逃してはならないと自分の中の誰かにせっつかれているようにも思えた。


「浮かない顔をしてるでありスますね」


 そこへ、いいかげん聞きなれてきたくどい語尾を聞かされる。


 ヒタキは声のした廊下の先を振り向いて、すぐに視線をそらした。胸の奥に別のムカつきが湧いてきて、自然と渋面になる。


「心配しなくても順調でありスます。自室にまで招かれるとは、さすがはニッセの見こんだニコラウ素保持者でありスますッ」

「そりゃどうも……」


 微妙に図々しい称賛を聞き流しながら、近づいてくる気配の元をなるべく視界に入れないようヒタキはさらに首をねじっていく。


 廊下を歩いてきたのは、垂れ耳と豊かなヒゲを蓄えた毛むくじゃらのみそカツ。話しているのは青リンゴ色の髪の妖精ニッセだ。

 最近はこのセットをよく見る。ニッセはみそカツを手なずけたと得意満面に豪語していたが、ヒタキの目にはみそカツにとってのオモチャが〝大切なオモチャ〟へと昇格したようにしか映らなかった。なぜならいつも真横に90度傾けられた状態でニッセはくわえられているのだから。


「半信半疑でありスますね? 無理もないことでありスますが、おまえの占いに興じるたびにそまりの喜びはニコラウ素と反応しているでありスます。日増しに近づくなつかしき鐘の音。ちりも積もればクリスマスでありスます!」

「チリツモねぇ……」

「いやー、初めての保持者サポートでこんなにうまくいくなんてっ! これで妖精村へ帰っても大手を振って歩けるでありスます。長老からこーろーしょーまでもらえちゃうかも?」

「いい気なもんだな。こっちゃてめーらとの関係的にはタダ働きだ――ってぇ、のに……」


 浮かれっぱなしの妖精に愚痴グチのひとつも聞かせようとしたところで、ヒタキは無意識に思いとどまる。そして、はたと気がついた。「そうだ……タダじゃない」思い浮かんだ言葉が口をついて声に出て、よだれまみれで拘束されているくせにへらへらと笑っている夢に出てきそうな妖精を、しかしひるまず視界に入れた。


「そまりは〝いい子〟にしてたら、なにをもらえるんだ?」

「ほえ? もらえる?」

報酬プレゼントだよ。そまりは〝いい子〟には与えるものだって言ってた。自分がおふくろさんからもらってたからだ。それをもらえなくなって、自分が〝いい子〟じゃねえかもって思うのはわかる。でもだからって、なんで自分で自分がいい子かわるい子か確かめるって話になるんだ? 〝いい子〟の見返りはなんだ?」

「そりゃぁいい子なら、クリスマスも母親のプレゼントも戻ってきて、万事解決の万々歳でありスますっ」

「でもよ、そまりはニコラウ素のことは知らねえだろ?」

「あ……」

「あ」


 ヒタキは口をあけて固まった。同じ顔で同じく固まっていたニッセは、不意に床に降ろされ、みそカツの口から解放された。


「え……?」


 呆然としてニッセが起きあがると、すでにみそカツは180度回れ右をしてのそのそとその場を離れつつあった。「あ、ちょ……」とよだれまみれの手をすがるように持ちあげたところで、ニッセは背中に猛獣の気配を浴びる。


「ふぅぅぅーん……そーかぁ……」

「ヒキィッ!?」


 振り返らずともニッセにはわかった。わかったにもかかわらず、振り返らざるをえなかった。

 すると案の定、と呼べるものをはるかにしのぐ野生の殺気をまとった長身のメイドが、そこに仁王立ちでそびえ立っていた。


「知ってんだな、そまりは。最初からヒタキチくんはただのコマだったってぇーわけだ?」

「ヒィィッ!? ヒッヒッ! あ、ああああのッしょ、しょ、しょ、しょんなことは……!」

「そうだよ、ヒタキ」


 ヒタキの殺意はまだ音をたてはじめる前だった。

 すぐそばのそまりの部屋の扉が半分ひらき、隙間から白い頭と細い目が覗く。口もとはこわばってはいたが、震えてはいない。


「そまり!? てめぇも、なんで隠して……!」

「これが本命の〝占い〟だったからだよ。クリスマスまでに、ヒタキに気づかれたら〝わるい子〟、気づかれなければ〝いい子〟……」

「なんっ……!?」


 ヒタキは急に軌道を変えた爆撃機のようにいったん揺れつつも声を荒げかけていた。しかし、握ったこぶしを振りあげられもせず、目を合わせようとしないそまりを見て奥歯を噛んでしまう。「……ああ、そうかよッ」ようやくそれだけ口走ると、ヒタキは勢いよくきびすを返した。


「残念だったな」


 背中を丸めて震えているニッセをまたぎ越え、階段へ向かって歩いていく。背後で「ヒタキ!」と呼ぶ声がしたが、歩みがにぶりはしなかった。




【クリスマスまであと……?】



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