Tale 11 (Dec. 21) 投げ銭について


 翌日からヒタキは仕事の合間をぬって、ヒタキ自身を判定に使う『いい子・わるい子占い』をそまりにさせてやることになった。補助要員としてみそカツと、時として紅菜にも参加してもらった。


 初日は、みそカツとの徒競走に始まり(やべぇッ、全然勝てねぇ!?)、


 みそカツを鬼にした草むらかくれんぼ(もっと勝てないだろこれ!?)、


 制限時間内の草刈りジャムパン探し(持ってったぞあのバカイヌ!)、


 ニッセを竿さおに吊るしたみそカツ釣り(こッこんぷらぁぁぁでありスますぅぅぅぅぅッ!?)、 


 紅菜特製ロシアン・ケーキルーレット(ノリノリじゃねえか紅菜さん!?)、


 甲冑かっちゅうを着てみそカツと綱引き(犬つよすぎんだろ!?)、


 ダビデの上に埴輪はにわを乗せるチャレンジ(べ、弁償べんしょうは無理ぃぃ!!)


 etc、etc……。




 そうこうするうち、クリスマスまで五日を切った。




     ★ ★ ★




「いかん、ネタ切れだ……」


 今日も割らずに済んだ埴輪を廊下の元の位置に戻してから、篭手こてを着けたままの腕を組んでヒタキはうなった。

 占いの内容は毎度ヒタキが考えると約束したはいいものの、日に三つのノルマをこなしていくのは思っていたより骨が折れる。苦しまぎれのアイディアだと自分が割りを食うことも学び始めていた。なぜか二度ネタ禁止の暗黙のルールもあり、以前までは回数制限もつけずにひたすら幼いそまりの頭でひねり出していたことを思うと、次第に内容が過激になっていったのも無理のないことに思えてくる。


(とはいえこう、自分よりデカい犬と運動会や文化遺産キャッチみたいなのばっかだと体かメンタルが持たねぇぞ……つーか、クリスマス復活的にはこの流れでいいのか!? あの妖精なにも言ってきやがらねぇけど……)


 玄関ホールまで戻ってきたところで、厨房のほうへ行こうとしてるこうと出くわした。まだ午後の就業時間内だが、そまりに付き合っているヒタキを気づかってかいつも特に報告は求めてこない。そのわりにハズレケーキは地獄のような辛さだったが。


「ああ、ヒタキさん」


 その紅菜がめずらしく、「お疲れ様です」程度のあいさつではなくなにか用がありそうな様子で声をかけてきた。


「そまり様のお部屋に、お茶を運んでいただけませんか?」

「へ?」


 だしぬけに頼まれた内容に、ヒタキは思わず裏返り気味の声をあげた。聞き違いかと思ったが、紅菜は言い直しもせずいつものように神妙な顔でいる。ヒタキは不審に思うよりも前にうろたえた。


「や、別にいいっすけど……なんか、忙しいっすか?」

「いえ、それほどでは」

「え? じゃ……なんでオレに?」

「それは気分転換、とでも言いましょうか。しいて言えば、毎朝せいの衣装を着ていらっしゃるので、そういうお仕事もしてみたいのかと」

「あ。あー……」


 ヒタキはきまりが悪くなって生返事をした。自作のメイド服は初日からずっとヒタキの通勤着のままだった。それは別に紅菜にアピールしていたのではなく、せめて往来ですれ違う庶民たちに『あの鹿はら』というちょっとなかなかお目にかかれないステイタス保持者と認識させているつもりになって自分を慰めるためだったが、そんなことは口が裂けても誰にも言えない。




     ★ ★ ★




 とりあえずお言葉に甘えてメイド服に着替えたヒタキは、紅菜が用意した茶とミルクレープを盆に乗せて屋敷の階段をのぼっていった。二階へ行くのは初めてだったが、一階の廊下ほどモノであふれかえってはいない――と思えていたのは廊下までで、そまりの私室だと言われた部屋へノックをして足を踏み入れた瞬間、天井から崩れてきそうな箱の山に鳥肌が立った。


「うぉぉ!? あぁっぶっ、あっぶね……!」


 うろたえた拍子に盆をかたむけてカップを転がしそうになる。どうにか落ち着かせてからいま一度部屋を見渡せば、そこかしこに似たような箱の山が壁が見えないほど隙間なく積みあがっていた。

 ほとんどがシューズボックス程度の大きさだが、中にはゲーム機でも入っているのかというほど大きなものもある。またほとんどは未開封のようだったが、透明面があって中身が見えるものや、中身だったと思しきぬいぐるみや衣類のようなものが混ざってもいた。透けて見える中身は主にアニメチックなフィギュアのようだ。


 キャラクターには見覚えがあるようなないような、と薄目に見ながら「おぅい、そまり?」と声をかけると、奥にあるもうひと部屋から「こっちだよ」と返ってきた。


「そまりぃ、おまえこれ部屋どうなって……って、うぉ!?」


 奥の部屋を覗くと、やはりそこも箱やなにかのグッズでいっぱいだった。

 アニメ系が多いが、なぜか地方の民芸品のようなものも見える。ただ部屋の半分は片づけられており、代わりに壁一面に薄型モニターが何台も隙間なく設置されていた。そのどれもに別々の動画が流れている。多くは素人と思しき配信者、そしてあまり見たことがないバーチャル配信者らのライブ動画らしかった。


 そまりは配信画面に囲まれた部屋の真ん中に巨大なコンソールを置いて、その前のデスクチェアに深く腰かけていた。いつもの青いリボンのカチューシャに、今日は肩の出るオレンジ色のチュニックを着ている。


「ご苦労さま、ヒタキ。てきとーに置いといて」

「てきとーって、どこも置けねえぞこれ? つーかなにしてんだ?」

「なにって……チャットかな?」


 答えながら小さな手がキーボードを軽く操作する。すると一番右上の端の配信画面に赤い小窓で「200,000」と表示され、CGでモデリングされた大根をモチーフにしたと思しき美少女キャラクターが「神降臨!」と叫びながら全身で喜びをあらわにしはじめた。


「えっぐ!? なんつー額つっこんでんだ……」


 ※現実のYouTubeのスパチャ機能は一日5万円が上限です。お金は大切に使いましょう。


「いつも普通だよ。これは今日の分。彼女はまだフォロワー三桁だけど、とっても〝いい子〟なんだ」

「いい子って……」


 不意にモニターのないほうから音楽が流れ始めた。盆をおろせないヒタキが戸惑っていると、椅子から飛び降りたそまりがバーチャル配信者のキャラグッズの山の中からスマホを掘り出し、通話を拒否してふたたび放り出した。


「い、いいのか?」といぶかしむヒタキに、そまりは涼しい顔で「着拒するの忘れてただけ」と答えながら左端のモニターを指さす。

 モニターの動画は止まっているが、映っているのはそまりと同い年くらいに見える男の子だ。白背景で前面の机にしがみつくようにして泣きべそをかいている。やたら真っ赤に染めた髪とその顔はヒタキもどこかで見たことがある気がした。


「あれって確か……不登校小学生とかいう配信者?」

「うん。歩いて日本一周して、不登校の子に勇気を与えるって言ってたんだ。〝いい子〟だと思ったからクラファンにもシュッシしてたんだけど、こないだ旅動画で炎上して〝わるい子〟ってわかったからね。約束をナシにしたんだ」

「じゃあ、さっきの電話って……」

「お金が振り込まれないから慌ててるんだろうね」


 ヒタキは渾身こんしんの苦い顔をしてうめき声まで出るのをどうにかこらえた。そまりのいまの口ぶりからして、おそらく一切の予告もなく支援を打ち切ったのだろう。いくら出していたのか知らないが、画面の中の泣き顔を見るかぎりプロジェクトの生命線に等しかった可能性も高い。自業自得とはいえさすがに同情したくなった。


「いつもそんなことしてんのか、おまえ……」

「お金は余ってるもの。〝いい子〟には与えないと」


 そまりはまた平然とそんなことを言う。そまりの信条を思えば筋は通っているが、逆に言えばそれは〝わるい子〟とわかった瞬間容赦なく切り捨てるということだ。そしてその判定基準は、ひとりの小学五年生の倫理観。

 モニターをざっと眺めるかぎり、そまりはまださほど固定客のいない駆け出し配信者や話題性の低いベンチャーのクラウドファンディングなど、いわゆる〝恵まれていない層〟に興味があるらしかった。そまり自身のお小遣いがいくらか知らないが、浮世離れした気前の良さは持たざる者を安易に依存させてしまいかねない。そう考えるとだいぶおそろしいことをしているようにヒタキには思えてならなかった。


「ヒタキ」


 さっきの高額スパチャを飛ばされ赤い小窓を固定されたバーチャル美少女のダンス配信を見つめて黙りこくっていたヒタキに、そまりが不意に投げかける。


「ヒタキも約束を破ったらわるい子だよ? わかってる?」

「あん?」


 言い草に少しカチンときたヒタキは、椅子に戻ったそまりをにらみそうになる。ただ、振り返らずにふたたびほかの配信者たちに投げ銭を始めたそまりを見ているうち、なんとなくふさいだ気持ちになってきて、「……わぁってるよ」とだけつぶやいた。




【クリスマスまであと4話!!】



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