Tale 10 (Dec. 20) 二度風呂とコンプラについて


 ずぶ濡れで風邪をひかない生き物はいないということでとりあえずヒタキはふたたび風呂に入れてもらった。家主につかみかかってイエローカードを出された矢先にその家で二度目の風呂を借りるのは気が引けたが、湯船につかると凍えた体にしみると同時にあちこちでコリがほぐれていく感覚に襲われ、さすがに本物の西洋甲冑フルプレートアーマーは重すぎたし、大妖怪ヒタキ・サイクロプスの名をほしいままにしていた十代のころとはなんだかんだでちげーんだわ、明日は筋肉痛かもなー、と頭の中でぼやきぼやき広いバスタブににごり湯なのをいいことに脚もひらいて浸かりながら口からは「ヴェ~~~~っ」しか出てこない。


(まぁーしかし、そまりだっけ? 意外にガッツのあるお嬢様だったな……)


 ヒタキは草むらから出てきたときとそのあと立ち向かってきた小さなご主人様の姿を思いかえす。あの肌の白さは生来のもの以上にほとんど日に当たっていない気配があったし、ヒタキがつかんだ腰も手足も驚くほど細かったが、ヒタキの提示した〝占い〟に果敢に挑んだ姿勢はとても不登校で引きこもりのご令嬢といった風情ではなかった。

 単にしゅがえしのつもりで挑発したヒタキだったが、意外におもしれーヤツかもな、と思い始めて自然と口の端が持ちあがる。辞める前に話ぐらい聞いてやっか――とふつふつ情も湧き始めてきたあたりで、自分の脚のあいだからプツプツと泡が浮き出していることに気がついた。


「…………」


 ヒタキはしばらく泡を眺めてから、勢いよく脚を閉じた。膝のあいだにやわらかいものがはさまる。

 途端に噴きあがる気泡がボコボコと大きくなり、ほどなく水面そのものが持ちあがって沈んでいたものが飛び出してきた。


 小さくても4分の1ではなく、1分の1スケールの華奢きゃしゃな体と白い頭。

 また妖精かと思っていたヒタキは目を丸くして、腰まで湯につかりながらむせ返っている小さなご主人様の顔を覗き込んだ。


「おっ、おおお!? おまえっ、な、なにしてんだ!? ここ、使用人の風呂って聞いたぞ!?」

「占い……」胸を押さえて肩で息をしながら、鹿はらそまりがか細い声で言った。「気づかれたら、わるい子、気づかれなかったらいい子……」

「いやアホかッ! おぼれるぞ!?」


 ヒタキにどやされるもそまりはまだ苦しいらしくせきを続ける。ヒタキは苦々しく顔をしかめると、手を伸ばして小さな背中をさすってやった。


「……落ち着いたか?」

「……うん」

「はぁー……ったく。なんでそこまでこだわんのかねぇ、占いなんかに」

「……かあさまが、」


 ヒタキは口をついて言葉が出ただけだったが、そまりは自分にいていると捉えたらしかった。軽く確かめるように息を継ぎながら答える。


「人に悪いことをしなかったらいい子……いい子にしてたら、シルシをくれるって……」

しるし……?」

「毎年違うんだ……ボクのために、選んで決めてくれてた。渡されるのは、クリスマスで、でも、わからなくなって……」

「あ、あぁー……なるほど?」


 ヒタキはたどたどしいそまりの説明からなんとか推理してみようと試みる。

 つまり、早世そうせいしてしまったそまりの母親は、自分の死後もそまりにクリスマスプレゼントが届くようオモチャの予約かなにかをしていた。いい子にしていたらというのはサンタクロースにちなんだよくある言い聞かせだろう。

 ただし、クリスマスキップ現象によって母親のプレゼントも届かなくなってしまった。いい子のシルシがもらえないのでそまりは自分がいい子かわるい子かを他人を巻きこむ占いで決めるように……――


(いやッ、なんかそこの理屈おかしいだろっ? 人に迷惑かけないいい子だからプレゼントもらえるんじゃなくて、プレゼントもらえるから人に迷惑かけなかったいい子なのかっ!? あん? それでいいのか……?)


 ヒタキにも小難しくてよくわからなくなってくる。直感的に因果関係が不自然だと思えるのだが、うまく説明できない。

 ただ確かそうなのは、大人のヒタキでも理解に手こずるその問題について、幼いそまりなりに考え抜いて策を講じたということだ。頭ごなしに否定してみたところで対案は浮かばないし、だいいち母親のプレゼントは帰ってこない。ニッセがヒタキにクリスマスキップ解消のためにそまりに関われと言ってきたのは、そまりが占いをやめるにはそまり自身がクリスマスを取り戻す必要もあるからなのだろう。


 そしてそれ以前に、そまりが自分の占いについて納得して満足する必要があることにもヒタキは気がついた。それがおそらくそまりを〝幸せにする〟ということなのだ。ヒタキはニッセをミキサーに詰めこんでリンゴジュースにすんぞテメーコノヤローと脅して泣かせる妄想で自分をなだめながら再び盛大にため息をついた。


「わぁーったよ……もうちっとだけ付き合ってやる」


 入れ込んでいる事情もよく知らないで占いっこしようぜ、などとけしかけたことで気がとがめるというのもあった。紅菜でも知らない話だったとはいえ、少なくともそまりのしていることを支持して乗ったようなものだ。しかもそれをつまり自分にだけ打ち明けてくれたのを、たいして面白くなかったから降りますとは言って言えないわけでもないが、ヒタキ的に寝ざめが悪かった。


「ただしッ」とするどく続けて、ヒタキはそまりの肩をつかみ自分と向き合わせた。


「一日三回までだ。三回勝負ってやつだな。あと、ルールは毎回オレが決める。そんで、オレ以外とはもうしないこと。約束できるか?」


 そまりは口を半びらきにしてぼーっとしたまま返事をしなかった。目が細すぎて視線がわかりにくかったが、よくよく覗きこむとヒタキの腕のあいだで湯船に浮かんでいるふたつの丸いものを凝視しているようだった。


「……おっぱい出たら、いい子……わるい子?」

「なんでだよ。出ねぇよっ」

「おっきぃ……顔くらいある……」

「話聞いてたかおまえッ!?」

「今日、まだ二回だけ……」

「聞いてんじゃねぇかっ。あとでなんとかする。乳しぼりは却下」


 口をへの字にしてたしなめながら、そまりの顔が赤いのを気にして「ほら。いいかげんのぼせんぞ。さき出とけ」と言ってヒタキはそまりのわきに手を差して座ったまま持ちあげた。にごり湯の中から火照った小さな体があらわになる――と、ちょうど目の高さに来たそまりの足の付け根にまるで見慣れないものがぶらさがっていることに気づいてヒタキは固まった。「……は?」


 口をぽっかりとあけて、そこにあるその、少なくとも自分にはついていないそれを凝視する。熱い湯船の中でしばし凍りついていたヒタキは、しかしほどなくして、むしろ突然に湯あたりを起こしたかのようにくらりと来て、水しぶきとともに「コッッッ……」と風呂場はおろか屋敷中に響く声を張りあげた。



「――コンプラッッッッ……!?」





【クリスマスまであと5話!!】



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