Tale 6 (Dec. 16) みそカツについて


 鹿はらていの廊下は危険だ。


 端的に言って、モノが多すぎる。

 壺や絵画、はく製、よくわからない彫刻っぽいもの、そして西洋甲冑かっちゅう

 飾っているのではなく使ってない調度品がただ並んでいるだけといった様相だ。鹿乃原氏の趣味なのだろうか。使われていない部屋はすでに満杯の倉庫と化してあふれているのかもしれない。屋内はれいこうが住みこみながらひとりで管理しているという話だったが、ほとんど家にいない鹿乃原氏とその子供と彼女の三人に必要な部屋しか使っていないし使えないというのなら頷けなくもない。


 そういうわけで生活スペースから離れた区画はもはや人造のジャングルであり、家具が倒れるような地震があったときここにいたら死ぬなー、と内心ビクつきながら埴輪はにわとダビデ像の並ぶ廊下を歩いていたヒタキは玄関ホールまで来てようやく紅菜と出くわした。


「おや。お疲れ様です、端柏はながしわさん。お昼ですね」

「うす。ちょと食いに出てきます」

「……なぜかぶとを?」


 神妙に指摘され、ヒタキは自分がかぶっていたもののことをようやく思い出した。


「あぁ、やべっ」と少し慌てながら頭を抜いて、覗き穴の外側にひっかけてあった眼鏡をはずしてかけなおす。側頭部が少しへこんでいるのは自分のせいではないがなんとなく見せないように向きを変えながら「いや、落ちてたんで」と言って兜を紅菜に差しだした。


「落ちていた? 外にですか?」

「そ、そっす」

「それで、かぶって作業を?」

「まぁ、その……メット代わり、かな? とか……」


 実際落下物はあった。次の落下物がないとも限らない中落ち着いて作業をするにはこの落下物をかぶっておくべきだと判断したのも事実。ただヒタキは紅菜相手にどう説明すべきなのかに迷っていた。


幾春いくはるさんが犯人……ってのはなさそうだよな。オレを追い出しても得しねー……よな? けど、ってことは、あとひとりしかいないわけで……)


 姿の見えない洋館の主人――と言ってしまうとヒタキの中には異様なイメージが湧いてくる。屋敷の奥には秘密が眠っていて、発覚を恐れている。知ってしまったあとにこの屋敷から生きて出られた者はおらず、無数の調度品たちの中には死体を加工したものがまぎれ込んでいる、とか……。


「メット……」


 差しだされた兜を見おろたまま考えこんでいる様子の紅菜を見てヒタキはさらにハッとした。彼女自身にうしろめたいことはなくても屋敷の主人の特殊な性癖をしつ兼家令の身でなんら知らないというはずもない。そのうえで勤めているならむしろ密告者や密偵を取り締まるのが役目であってもおかしくはないし、最悪犠牲者の〝処理〟と〝加工〟も彼女の業務である可能性だってなくもない。報告自体がまずかったかとヒタキは鳥肌を立てつつもなにも気づいていなさそうなスマイルを全力で顔面に貼りつけた。


「あ、あーっ、犬! 犬がいたっすよ? ここのワンちゃんっすよね? ノリで持って出ちゃったんじゃないっすか?」

「みそカツですか?」

「み、みそか?」


 おヒゲがダンディーなジャイアント・シュナウザーのみそカツくん。もうすぐ六歳の十二月三十日生まれ。好きなおやつはイワシのすり身クッキー。趣味は風になること。


「そうですか、みそカツが……」

「か……かわいい名前っすね」

「そうですか?」

「えっ?」


 会話の続かなさにまばたきしすぎてぶたが疲れてきたヒタキ。差しだした兜もなぜか受け取ってもらえないがアゴに手を当てて「そうですか……」とまたなにか考え始めた紅菜の態度と背中の汗ばみ具合に限界を感じた。


「じ、じゃあ、そういうわけで、昼行ってきまーすっ」

「あ、お待ちを」


 兜を小わきに抱えてきびすを返したヒタキを紅菜は無造作に呼び止めた。ヒタキは笑顔のまま凍りつく。

 そのままでは前にもうしろにも進めないことは本能で理解できたが、逆らえない謎の引力にあやつられて首だけ九十度回して血で染めたのかもしれないピンクブロンドを視界に入れた。




 ★ ★ ★




 プールのような浴槽を想像していなかったと言えばうそになる。マフィアの豪邸にあって小麦色の肌の美女たちが物理法則を疑うような水着を着て泳いでいるアレだ。


 大浴場でなかったことにはガッカリしたヒタキだが、しかし猫足のバスタブというのも現代の住まいではそうそう見ない乙なものだった。材質にも高級感があり、しかも長身のヒタキでもゆったり体を伸ばせる広さがある。この広さなら死体を処理するのもラクそうだなー、と一瞬血なまぐさい妄想がよぎりかけたが、浴室全体の清潔で落ち着いた雰囲気と白く色のついた湯から立ちのぼるたおやかな花の香りにこの時間を満喫したい欲がまさった。


(昼休みだけど、業務時間中なんだよなぁ……これで日に三万はやべーわ。ぜってぇだまされてるだろ。騙されててもいーわー)


 少なくとも冷たい水の張られた冷えきった部屋でフェイスタオル一枚握りしめて裸でいるわけではない。あたたかな現実と徹夜明けの上の屋外作業でいじめ抜きすぎた体に湯の沁みわたる未来予想を噛みしめながら、とりあえず常識的に考えて汗まみれの肌をいったん流すべくシャワーへ手を伸ばそうとした。ちょうどそのとき、浴槽の水面にボコリと泡が立つのを見た。


「……?」


 なんとなく不審に思って、濁った水面に顔を近づける。

 その瞬間、湯気を割る水しぶきをあげて、青リンゴのような頭が浴槽から飛びだしてきた。


「ばぁぁぁぁぁッ!! フライングメリクリでありスますぅぅぅぅッッ!!」


 こぶしを突きあげ身長40数センチの体が湯船のへりに乗りあげる。妖精ながらちゃんと服は脱いで湯船にひそんでいた。勝ち誇った笑みで星くずの光る金の目をニコラウ素保持者に向ける。保持者は飛び散った水しぶきで頭と眼鏡をビショビショにされて固まっていた。


「ヌフフッ、今度こそ登場シーンでびっくらこかせたでありスます。雪辱せつじょくでありスます。雪の妖精だけに! 特に昨日の! 人間相手におびえきって尻込みしたなどという汚名をすすがずにはいられ――」


 青リンゴのような頭をヒタキの長い指がグワシとつかんだ。


 そのまま持ちあげられ、裏返したバスチェアの中に押しこまれる。U字に開いたあしのあいだに首をはめ込まれたかたちのまま椅子を床に戻されたうえ、すかさず椅子の上にはヒタキの足が振りおろされた。


「雪の妖精のクセに風呂入ってんじゃねェェッッ!!」

「へ、偏見でありスますっ……!」




【クリスマスまであと9話!】



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