Tale 5 (Dec. 15) テントウムシさんについて


 食い入るように注がれる視線。

 ヒタキはハッとした。目の前にある緑の草むらの中で、金色のものがふたつ並んで光っている。


 銀の星くずが散るふたつの月だ。クラシカルな白黒のドレスに赤いケープとベレー帽。青リンゴ色の髪を二本のおさげに結った4分の1スケールの人形のような少女が、丈の高い草の中に埋もれて顔だけを覗かせていた。


「フフフ、ようやく気づいたでありスますね……あっちょっ、待つでありスますっ、草にからまって動けなかっただけであちょっ、待っ!?」


 ヒタキはなにも見なかったことにして持ちあげた草の束を根元から鎌で刈り取った。鎌の刃が草束の中に閉じこめられた妖精の靴底をかすめて「んにゃああああ!?」と恐怖の悲鳴があがる。ヒタキはなにも聞かなかったことにして草束をまるごとポリ袋に放りこんで口を縛った。


「うし」

「うしじゃないでありスますぅぅ! 出せぇぇぇぇッ!!」


 ガサガサとうるさいが草刈り機を動かせばこんなものの比ではない。ただ草丈が高すぎて小石やその他の障害物があるかわからないしだんも隠れている気がするのでいったん手作業で整備しながら庭の状態を把握することにしたヒタキがまだ機械を入れていないだけのこと。紅菜からは年越しまでに整備しておきたいという指示というより意向のようなものしか受け取っていなかったがとりあえずワンオペは確定らしいので、かかる時間の見積もりくらい一両日中に出しておきたいのとそれを報告するのがすじだろうというのもあった。おもの裏だけでもテニスコート三面分くらいある広い庭だ。業者雇えよ……と口をついてぼやきそうになるのをこらえて黙々草を刈る。


「テっ、テントウムシさんがッ、テントウムシさんがここにいるでありスます! 草といっしょに焼かれてしまうなんてかわいそうでありスます! あんまりでありスます!」

「この季節にテントウムシがいるかっ」


 寒くなるとテントウムシは岩の下などの狭い場所に寄り集まって冬を越します。


「ぐににっ……フザケてる場合ではないでありスますッ! ヒタキ・ハナガワ! 早く主人に会いに行くでありスます!」

「あぁ?」


 ちょうどイバラのやぶを見つけてしまって顔をしかめたところだったヒタキは唇をひん曲げたかくの形相で透明な袋の中身をにらみおろした。たちまちニッセは縮みあがってキョロキョロしだすもポリ袋から出られないのではどこへ逃げようもない。そうこうしているうちに黒の太ぶち眼鏡とオレンジ猫目カラコン入りの三白眼が降りてくる。


「主人って、この屋敷のか? 鹿はらって社長さんだろ? 平日に家にいるかぁ?」

「その、鹿乃原氏の、子供でありスますっ! 学校へ行ってないでありスます!」

「はぁ、不登校? まさか学校行けって説得しろってんじゃねーだろな、この脱走クイーン・ヒタキ様によ」

「手段は問わないでありスますっ。子供を幸せにするのがサンタの使命でありスますがゆえ」

「サンタは来ねーんだろ」

「だからおまえが行くでありスます! 子供の喜ぶ心とニコラウ素が反応しあえば自家生産された幸福の余剰が外へあふれ出し、クリスマス復活の可能性が――」

却下パス

「だぁぁぁっ!?」


 やっぱ除草剤持ってこねーと、と思考をすっぱり切り替え藪の規模と必要な薬剤の量を計算しながらヒタキは倉庫へ向かおうとした。置き去りにしようとした袋の中から次に聞こえたのはいいかげん泣きだしそうな気配でうんざりするような妖精のわめき声だったが、その言の葉は思いのほかヒタキの鼓膜を強く打った。


「十二月二十五日はッ、そまりの母親の命日でありスますっっ!」

「!?」


 思わず足を止めたヒタキ。振り返ると顔を真っ赤にした青リンゴ色の髪の妖精が、透明な袋の中でいまにも倒れこみそうにぷるぷるしながら必死に踏ん張っていた。


「そまりはひとりぼっちでありスますぅ! ニコラウ素を持つおまえは、そまりのところへ行く運命だったでありスますっ!」

「ニコラウ素……」


 復唱して、ヒタキはしばし考えこんだあと、おもむろにニッセの元へ戻って縛っていた袋の口を結び目ごと鎌で切り取った。はらりと広がった袋の中から半泣きの妖精がトボトボと歩み出てくる。


「た、助かったでありスます……」

「知らん」

「ほに……?」


 ニッセが見あげると、腰を伸ばして腕組みをしたヒタキが、非常に不機嫌そうに口の端をゆがめていた。


「誰かを幸せにするとか、よくわかんねぇよ。自分が幸せになるんで忙しーんでな」

「んなッ……!?」

「オレ以外にもいんだろ? そのサンタのもと的なの持ってるヤツ。おまえら妖精って寿命なさそうだし、なんつーか、理論上? がんばってりゃいつかは――」


 そのとき、屋敷の角から不意に黒い影が飛び出してくるのが見えてヒタキはギョッとした。

 細かく地面を蹴る音と激しい息づかいを響かせ影は一直線に迫ってくる。四つんいだが人間サイズだ。目を白黒させながらも思わず身構えたヒタキの前を横切り、その四つ足の黒い影は破れたポリ袋を踏みつぶして駆け抜けていった。


 ニッセをくわえて。


「はぇ?」


 憔悴しょうすいしていた妖精にはなにが起きたかもわからない。

 もじゃもじゃの毛深い顔から突き出た長い口に持ちあげられ、振り回される長い尾の向こうにヒタキを見ながらどこへともなく運ばれていく。もがいても降りられないことに気づいてからようやく青ざめきって妖精は悲鳴をあげた。


「たっ、た、たぁっ、たッ、たぁぁぁすけてでありスますぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅッッッ!?」


 耳の垂れた巨大な犬だった。口の両側から老人のように豊かなヒゲが生えていたようにも思う。毛が深すぎたが銀色の首輪が見えた気もした。鹿原家の飼い犬か。ほとんど黒い影としてしか視認できないまま妖精の断末魔を尾に引いて屋敷の反対側の角に消える。メリー・オア・ノット、完。


「……なにしに来たんだ、アイツ」


 取り残されたヒタキは肩を落としてつぶやいてから軽く背すじに震えが来る予兆を感じた。急に気温が下がった気がする。しばらく棒立ちでいたせいだろうと思い、「まいーや。三万三万、っと」と唱えながら仕事に戻ることにした。


 その、身をひるがえしたヒタキの足もとで、すさまじく派手な音がした。


 水で満杯のスチールのバケツを蹴り飛ばしたような音だった。だが、ヒタキはつまづいていない。

 腕のすぐそばを上から下へなにかがかすめた気配もあり、手足が急激に冷えこんでいくのを感じながら、ヒタキは足もとに転がっているものを見た。


 銀色の、中が空洞になった丸いつぼのようなものだ。わきに隙間が空いていて、その隙間から物が入りこまないようにするひさしのようなものもついている。口のところを下にして頭にかぶれば、西洋甲冑かっちゅうの頭の部分のようにも見える。というかまさにそのかぶとだ。屋敷の廊下で見た。


 顔をあげて屋敷を見あげる。窓はどれも開いておらず、カーテンも閉まっている。

 ただ、屋根の端を白い猫かなにかのような小さな影が走るのを見た気がして、ヒタキは困惑にまゆをひそめた。


「……………………えぇ……?」




【クリスマスまであと10話!】



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る