Tale 4 (Dec. 14) ピンク執事について


 装飾された鉄格子の向こうは、学校か総合病院かというような広い敷地だ。


 ただ広いばかりで手入れはあまり行き届いていない。門扉から玄関までのいわゆるアプローチはそれなりに整えてあるが、建屋を囲む庭は草が伸び放題だった。敷地の真ん中にそびえたつ古風な洋館風の建屋よりも庭木や芝生の様子に目が行ったのは初見でもなく採用試験時のように緊張していなかったためでもあるが、荒れていることは由緒ある庭師の実家仕込みなヒタキの目からでなくてもわかりそうなほどだ。


 ひとまず門柱のインターフォンから名前を告げて挨拶し、門扉の電子ロックをあけてもらって玄関まで石畳を歩いていった。試験時は扉が解放されていたのもあって、えぇと、このリングになってる取っ手のとこをゴンゴンすんだっけ? と戸口のノッカーを見つめて少し緊張がぶり返してきたところで勝手に扉がひらき、クロスタイをした男性用礼服――ベストとパンツ姿の女性が顔を出した。


「おはようございます、端柏はながしわヒタキさん」

「は、はよざっス……」


 ヒタキの歯切れが固くなったのは出迎えに現れた相手のフォーマルな装いに昨日の絶望を思い出したからではない。

 屋敷の外観同様初見でないにもかかわらず改めて目をこすりたくなるような淡い桜色の長い髪が後頭部でまとめられながらまとめきられずに腰までストンと流れ落ちていた。加えて昨日はサングラスで隠されていたエメラルドグリーンとアメジストパープルの色違いの両目オッド・アイが目の錯覚を疑わせて混乱を誘う。下まつ毛が濃く目もとがパッチリしていて鼻すじもスッキリ通った白い顔が落ち着いたすまし顔で自分を見つめていることにヒタキはギクリとしていた。


 いくはるこう


 鹿原家の家令マネージャーとして昨日挨拶を交わし、名刺ももらっていた。背の高さ以外はゴテゴテにカスタマイズされた自分と違って天然モノの個性のかたまりだとヒタキは本能で感知したかのように居ずまいを正したくなる。歳もほとんど変わらないはずなのにかもし出すオーラもまた競うべきでない相手のそれだ。そもそもヒタキとほとんど変わらなさそうな歳ごろで名士の自宅の管理人を務めている時点でタダモノではないが。


「…………」

「…………え、えぇと?」


 朝の挨拶を交わして見あった状態のまま、だまり込んでしまったその若く美しすぎる家令を前にヒタキは今度こそ昨日の不安がジンワリよみがえってきて動けなくなる。静粛せいしゅくの二文字がふさわしい紅菜の美貌にあきれや苛立ちのようなノイズこそ差してはいなかったが、緑と紫の視線はともにヒタキの頭の上からつま先までをしげしげと確認しているようだった。


「あの……なんか、マズかったっすか?」

「まずい? いえ、問題はありません」


 こらえきれなくなってヒタキが問うと、紅菜は平然と即答した。ただしそのあとがまた続かない。腕組みをしてしまって、依然ヒタキを眺めまわしながら物思いにふけり始めた。困っている雰囲気ではないあたりがヒタキを逆に焦らせる。動物園初日のオラウータンってこんな気持ちか?


「あの……だいじょうぶなら、仕事……」

「ああ、そうですね」


 紅菜はまたも平然と応じた。そろそろお茶にしませんかと言われて快諾する上司のように。


「では、用意してありますので、こちらへ」

「よ、用意?」

「はい。サイズはあると思います」

「さいず?」

「どうぞこちらへ」


 説明もろくに聞けないまま、うながされて玄関ホールへ通される。


 おっかなびっくりしつつも吹き抜けの上のシャンデリアを見つけると口をあけてしまうヒタキのうしろで、オートロックの玄関扉がガチャリと音を立てた。




 ★ ★ ★




 十分後。


 ヒタキはふたたび外にいた。屋敷の裏手にある勝手口の外。裏庭に向かって張り出した屋根の下だ。

 すぐそばの壁には箒と熊手が立てかけてある。うしろの勝手口の向こうは半外はんそとの納屋のようになっていて、大きな草刈り機やブロワーの並ぶ棚があった。軍手をはめたヒタキはとりあえず草刈り鎌とポリ袋を持って庭の様子を眺めていた。


 アーミーグリーンのつなぎ姿で。


(………………………………アレッ!?)


 幾春紅菜の不可解さと面接時には入れなかった屋敷の奥の壮絶な様相に気圧けおされすぎていまこの瞬間までヒタキは言われるがまま渡された服に着替えさせられたことへの衝撃も受けきれていなかった。我に返ると同時に膝を突き、両腕で地面をたたいて草むらに首を垂れたが、失意を運んできたのはなにもメイド服に問題がないかどうか以前に意味がなかったという事実だけではない。


「オレにぜひともってこういうことかよ!!」


 どういうことか。端的に言えば、ヒタキの仕事は庭仕事だった。

 屋敷内の諸業務は紅菜がひとりで回しているが、さすがに屋外にまでは手が回らない。普段から精を出して整備していないがさすがに年末くらいはということで臨時の人員を補充したとのこと。実家が庭師で実際に手伝いもしていたヒタキはまさにうってつけの人材だったというわけだ。


「書いたけどッ! 職務経歴書にも履歴書にも書きましたけど実家のこと! それは体力アピールでして! おんなじことさせていただけるなんて夢にも思わないじゃん! 業者雇えよッ!?」


 手鎌の鎌のついていないほうで地面をザクザクほじくりながら地球に正論で訴えかけるが、地球にとってはさいなことである。そういう話でもないだろうが、しかし意気揚々引き受けてしまったものをいまさら思ってたのと違いましたとは断りづらい。人が仕事を選ぶ時代だとはいえどこからが理不尽かの線引きはあってしかるべきだ。なにより日給三万は威力がすごい。


「……………………やるか。はぁ……」


 ひとしきりあがき終え、ヒタキは雑草と戦うことにした。ただこのとき、ヒタキは自分を見つめる視線があることに気づいていなかった。




【クリスマスまであと11話!】



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