Tale 3 (Dec. 13) 門松について


 あくる朝。

 端柏はながしわヒタキは鹿はらの屋敷へつづく街路を悠然ゆうぜんと歩いていた。


 衣装は当然のように自家製メイド服。隣近所もかえりみず夜どおし洗濯乾燥機をフル稼働させた挙句に手が蒸気が出るまでアイロンを振りまわし尽くした結果サラサラのピカピカになっていた。あれだけもしゃもしゃしてぬちょぬちょになっていたヘッドドレスも柔軟剤のいい香りをさせて歩くたびにヒラヒラはずむ。相変わらずメガネはゴツいが生真面目そうに見える黒ぶちに変え、片腕にはわざわざ私物を詰めたバスケットをひっかける念の入れよう。ただし洗濯に明け方までかかったので髪はパサパサ、肌はガサガサ、目もとはいつものシャドウなのかくまなのかわからない。


 それでも夢見心地のヒタキに気がかりなことはひとつもなかった。日給三万。日給三万である。ウヘヘ。昨日と同じ道を歩いているはずだが目線が高いようで景色が違って見える。地面から足が浮いているような気さえする。それは徹夜明けの気のせいだが緊張がとけて背すじが伸びているのも事実であり、スキップじみた足運びで地面を蹴っているも事実だった。


(あーしっかし……あのちっこいのはなんだったんだぁ?)


 気がかりなことはなにもなかったが気になることならひとつだけあった。昨晩不法侵入してきた青リンゴ色のおさげ頭の妖精だ。

 本当に妖精だったのかどうかはよくわからない。あの4分の1スケールでしかも頭の上にちんまりした二本のツノが生えていたのでさすがに人間ではないと思うが妖精がいるなら座敷童子ざしきわらし雪童子ゆきわらしとかもう少し日本的な存在がいそうなものだし、そもそもなんにしても一日で煉獄と地獄と天国を味わったヒタキの脳髄のうずいが生み出した存在しないフレンドである説のほうが一番納得しやすい。ニッセと名乗っていたのをさっき歩きスマホで検索したら北欧にいるサンタクロースのお手伝い妖精らしいので、クリスマス復活のために動いているという話はあながち筋が通っていなくもないと思えなくもなかった。ただフレンドにしては要求がヒタキに対してフレンドリーでなかった。


(クリスマスなぁ……復活されるとオヤジの門松かどまつ売れなくなるしなぁ)


 門松。

 なにを隠そう、ヒタキの実家・端柏家は意外に結構由緒正しい庭師の家系だったりする。


 庭師と門松は直接は関係ないが『ししおどし』用の竹のざいを貯めておいて年末に門松にして売るのが彼らの副業だったりもする。元来職人のづかい稼ぎ程度の営みであったものだが、そこを一変させたのがクリスマスキップ現象と、それにともなうお正月特需とくじゅだ。

 クリスマスキップ現象そのものについてはいまだになぜ起こったのかもどうすれば解消するのかも人類の科学は解き明かせていないが、クリスマスという年末の最高に忘年的なイベントを宙に浮いたままにできるほど人間というのは弱欲でもなければ強靭でもない。そこで白羽の矢が立ったのが、年賀状の交換を初めとしてクリスキ(略称)以前は徐々に関連イベントの存在感とありがたみの薄れつつあったザ・お正月だ。


 いまや白羽の矢が刺さりすぎて全身を覆い別の生き物のようになってしまったお正月にあって由緒ゆいしょ正しき本物の庭師が作った門松と来てはネット通販で面白いように売れた。クリスマスツリーを売っていた業者もこれに目をつけ門松をオーナメントと電飾で飾りつける門松リーもトレンドとなりノリにノッた門松マイスターたちが竹と似ているからと盛りつけた笹に願いごとを書いた短冊もつるしてひな人形を竹の穴に入れたかぐや雛人形もプロデュースされ門松のそばで想い人にチョコレートを渡しゆるキャラかどまっちゃんの版権を奪いあいブチ切れた門松がウェイ系門松uberカドマチューバーたちを串刺しにする映画『デス・カドマツ』が海外で撮影されるに至る。

 十八で実家を出たあとざっくばらんに働きながら大半プラプラしている端柏ヒタキにマンション暮らしができているのも、この特需の恩恵でバカうるおいしている実家からのお心づけもとい仕送りあってこそ。クリスマス復活などたとえその助力を青リンゴに請われる幻覚を見ただけでも実家への反逆、親不孝、自分の首を絞めるの三点セットだった。


(だいいちクリスマスに全然いい思い出ねーしなぁ。人手が足りねーからってイルミ張ったり直したりにオヤジに借り出されて毎年人んちの庭で凍えて過ごす日だったし、彼氏もいっつも春にできちゃ秋ごろにはよくわかんなくなって、冬まで続いたことねーしなぁ……つーかなんだっけ、あの妖精。ローソンがどうとか……)


 おそらくニコラウ素のことだ。ニッセのしどろもどろな事情説明は日給三万に採用され浮かれきったヒタキの耳にはたとえおのれが妖精を目視している衝撃をはさんでも右から左だったらしい。なお疲れきったニッセはうしこくにはヒタキのベッドで勝手に寝始め、さっきヒタキが出がけに覗いたときには気味の悪い薄ら笑いを浮かべてやはり意識がなかったのでそっとしておいた。


(サンタと同じ才能とか言ってたか? んなモンあるわきゃねーだろ、このテキトー魔王のヒタキ様によ)


 いささか釈然としなさすぎて浮かれ気分も落ち着いてしまったころ、ヒタキは鹿はらていの門前に到着していた。




【クリスマスまであと12話!】



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