Tale 2 (Dec. 12) メイド服について


 なにを隠そう、端柏はながしわヒタキはこの日面接試験だった。


 鹿はらてい使用人の採用試験だ。同市にゆかりのある実業家一族・鹿乃原家が持つ邸宅の総合管理。町内でも目立つお屋敷と呼ぶにふさわしい私有の洋館が年末に向けて臨時の使用人を募集していた。


 日給、三万。時給にして四千円に近い破格のアルバイト。

 半年無職のまま家具に散在して貯金が底をつきかけていた端柏ヒタキは賭けに出た。


 体力に自信はある。見かけによらず家事もこなし不得手はない。ほかにアピールできるものといえば気合いと意気込みだけだと悟ったヒタキは裁縫スキルもフル回転させ見事にえいこくふう正統派の瀟洒しょうしゃなエプロンドレスを縫いあげた。勝負服だ。回れば踊る入魂のフリル! 輝くようなヘッドドレス! 着こなしもアピールすべく自宅から着こんで着替えも持たずにバス代をケチり8ブロック歩いて試験会場でもある当の屋敷に乗りこんだ。


 応募者は全員スーツだった。




【服装:清潔感のあるもの。(募集要項より)】





 ★ ★ ★




 ニッセはガラスにへばりつくようにしてベランダから端柏はながしわヒタキの自宅を覗いていたが、本来妖精である彼女に物理的な障壁しょうへきは意味をなさない。


 今世紀最大の憂鬱に飲まれヘッドドレスをもしゃる機械と化したヒタキが引っかかっている特大ビーズクッションのそばのローテーブルにはヒタキ愛用のバックル付きスクエアバッグと並んで意外に目立つ装飾のないスマホが放り出されていた。すでに二時間以上も茫然ぼうぜん自失のヒタキはそこの通知ランプが延々鮮やかに明滅しようときっかり二十分おきにバイブレーションの駆動音が鳴り響こうと起きあがって取ろうとはしない。知る限りで七度目の着信があったとき、ついにいたたまれなさがまさってニッセはガラスをすり抜けた。


 赤い靴のまま、ニッセはフローリングをぺたりぺたりと決死の覚悟でスマホに近づいていく。ローテーブルによじ登り、自分の顔より大きな液晶に表示された緑の電話アイコンに手のひらでタッチした。



 んポッ



「も、もしもしぃ、ニッセでありスますっ!」

『おや?』


 バイブをやめたスマホのスピーカーからよく通る若い女性のげんそうな声がする。

 声が遠いのかと思ったニッセはマイクがどこかわからずとりあえず液晶に赤いほほを近づけた。が、なにか言いなおす前に同じ女性の声で「そちら、端柏ヒタキ様のお電話ですか?」とかかってきた。


「そ、そうでありスますっ!」

『娘さんで?』

「ニッセはニッセでありスます!」

『なるほど』


 冷静に納得してみせたあと、電話口の女性はしばし考えこむように間をあけた。ほどなく、


『ニッセさん。こんにちは』

「こんちはでありスます!」

『こんにちはでありすます。申しわけありませんが、ヒタキ様にお取り次ぎ……いえ、替わっていただくことはできるでありすますか?』

「い、いまは、つごーが悪いでありスますっ」

『左様ですか。では、伝言をお願いいたします。鹿はられい執事長しつじちょういくはるこうから、ご採用の件でおはな――』

「ヴぁいぼウッッ!?」


 大声をあげたのはニッセではない。

 むしろニッセはその至近距離からのだしぬけな圧倒的音圧にたちまち意識を刈り飛ばされ「こふっ」とよだれを噴き散らしてスマホの上につっ伏した。その液晶と人形サイズのケープの隙間を青いネイルが風のようにすべり抜け、その旋風でニッセもろともよだれを吹き飛ばすとともに妖精の体重で通話の終了アイコンをタップされる前にスマホを救出した。


「端柏です! 幾春さん!? はいッ、ハイッ! 全ッ然明日からでダイジョブです!! はいっ、ハイっ、ハイッ! わぁりやしたッ、よろしくお願いしゃっスッッッ!!」



 んポッ



「…………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………よし。……よし、ヨシ……よし、よし、ヨシ、ヨシヨシヨシヨシヨシヨシヨシヨシよっっっしゃあああああああああああああああああああああああぁぁらぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッッッ!!!!」



 ダンッダンッダンッダンッ



 ヒタキがフローリングを踏み鳴らす音だ。下の階にも住人はいる。


 床を伝う振動でニッセは目を覚ました。

 なにが起きたかわからず自分のヨダレでべちゃべちゃになったアゴもぬぐえないままフローリングを這いすすみローテーブルの脚にすがって立とうとしていた。とうのスタンピングをやめたヒタキがスマホを壁にたたきつける代わりに自分のヨダレでみちょみちょになったヘッドドレスを拾いあげエプロンドレスも脱いで抱えて洗濯機のある洗面所に突撃しようとしてニッセの青リンゴのような頭につまずいたのはそのときだ。


 下着姿で床に転がるヒタキ。往年のガメ〇よろしく水平スピンで宙を舞うニッセ。


 通常の人体の4分の1しかない小さな体は壁や天井を何度もバウンドし、ようやくフローリングに着陸してからも額を押さえて「んももももももももも!!」とうなりながらもだえ苦しんでいた。見事に小指でキックオフしたヒタキも「ぬごごごごごごごごごご!!」と長い足を抱えこんでガクガクと蠕動ぜんどうを続ける。


「ぐぐぐ……なんっの、くぉれっ……しきィッ……!」


 うめき声をあげつつも歯を食いしばって先に立ちあがったのはヒタキだ。明日への希望と日給三万円が彼女を奮い立たせた。責任感は特にない。そんなもので飯が食えるか。


 が、体を起こしたちょうど目の前に、まだ殺虫剤をかけられたコオロギのように床で悶絶もんぜつしているニッセがいた。ヒタキは自前のジトっとした三白眼で見おろしたまま固まって、しばらく口をひらきっぱなしにしていたあとにようやく閉じるとゴクリとつばをのんだ。


「よ……妖精さん?」

「むぬぬぬぬッ……すんごい普通の反応でありスますっ……」

「うぅわ、しゃべった! 語尾ダっサ……」

「ほっとけぇっ、でありスますぅ……!」




【クリスマスまであと13話!】



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