メリー・オア・ノット!!!? ガテン系メイドは占いかぶれなボクっ子ご主人様の専属サンタをしたくないッッ ※アドベントカレンダーなのにクリスマスは消滅したようです

ヨドミバチ

Tale 1 (Dec. 11) クリスマスキップについて



 メリー・オア・ノット!



 結論から言おう。



 人類はクリスマスをやりすぎた!



 そもそも年間の幸福総生産量は惑星の生命数に応じて決まっている。

 誰もが原始的だったころはとても使いきれないほどの余裕があったものだが、文明の発展とともに余剰は少なくなっていた。ことグローバル化の現代にいたっては一国の祝いごとを世界が共有し合って毎日が記念日。中でもクリスマスの普及ぶりは目をみはるものがあり、しかも年明けの幸福量更新を前にしてほとんど枯渇状態の年末に集中的な幸福消費を発生させてくれる。年々逼迫ひっぱくする幸福たんの危機にこうすべく、世界はついに決意した。


 十二月二十五日、消滅。




    ★ ★ ★




 二十一歳無職の端柏はながしわヒタキはもしゃもしゃしていた。


 半年前に派遣の給料で買ったスーパービッグサイズのビーズクッションは通称人をダメダメにするソファだったが、女性にして身長170センチの長身がそこへ大の字であお向けに引っかかって本当にダメダメになっていた。

 シーリングライトの光を眼鏡のレンズごしに無心で見つめてモゴモゴ動く口に詰まっているのはフリルのついたヘッドドレス、だったもの。着ている服はメイド服だ。マンション五階の自宅には彼女しかいない。自分で作ったメイド服を自分で着て頭部からむしり取ったヘッドドレスをもしゃもしゃしながら端柏ヒタキは巨大なビーズクッションに雑巾ぞうきんのように引っかかっていた。


 マンションの五階だ。同居人もいなければ来客もない。彼氏もいるようないないような、いままで判然としたことがない。とにかくいまは自分の城でひとり、端柏ヒタキは誰にも見せられないような奇行をくり広げていた。誰にも見せられないような奇行を誰かに見せてしまった場合どうなるかといえば、いまベランダにいるサンタのお手伝い妖精のように見てしまったほうがその場にいることを後悔する羽目になる。


(な、な、な、なんじゃありゃぁでありスますっ!?)


 青リンゴのように小さな頭をガラスの引き戸にこすりつけ、銀の星くずが踊る金の目が車のヘッドライトのように部屋の中を覗いていた。十代の少女を40cm台まで縮小したような小さな体が震えているのは、十二月初めの肩慣らしのような気候でも地上15m夜8時のベランダではツンドラにする無臭の風のせいではない。なにを隠そう、万年雪と暮らす北欧の妖精ニッセ。古風な白黒ドレスにタータンチェックの赤いケープと赤いベレー帽をまとう彼女もまたその一体だ。


 ニッセには使命があった。本来的には種族をあげてクリスマス以外の三百六十四日サンタクロースの荷造りを引き受けるのがその使命だ。しかしながら十二月二十五日の消失によりサンタの顕現けんげんもなくなりきらびやかな梱包材こんぽうざいに触れる意義を失した彼女たちはいま『ニコラウ素』を持つ人間を手分けして探していた。


 ニコラウ素。


 恐れるなかれ。原子番号九番と十番の間にある観測されない元素。聖ニコラウスサンタクロースもとの略称。人が持っていたところでサンタになれはしないが、条件さえ整えばサンタ同様に、本来惑星だけが産生しうる〝幸福〟を


 そもそもクリスマスにサンタが顕現するのは子供にプレゼントを配ることで枯渇状態の幸福を増産できるという補助電源的な機能がゆえでもあった。それが焼け石に水と判断された結果が四年前からの『十二月二十五日の消失』、俗にいうクリスマスキップ現象だ。逆説的に言えばクリスマス前にサンタなしで幸福の増産、枯渇の解消ができれば十二月二十五日は復活する。その可能性がある。自らの存在意義をも回復すべくニッセたちは九十九万人にひとりと言われるニコラウ素の保持者を探しだし、各人が幸福を生み出す手伝いをすることを新たな使命とした。


 しかし、そんな保持者のひとり、端柏ヒタキのもとへ来たこのニッセ――青リンゴのような色の髪を三つ編みのふたつむすびにしたニッセ。彼女以外の個体は劇中に出てこないのでそのままニッセと呼ぶ――保持者の割り当てが初めて回ってきたせいもあっただろうが、彼女はコンタクトの直前でつまずいた。


 曲がりなりにも〝サンタの素〟を持つ者を相手にしに来たニッセが保持者にどんなイメージを抱いていたかは定かでないが、端柏ヒタキは現在進行形の奇行を差し引いてもあどけない子供が近寄りがたい容姿をしている。オレンジ猫目のカラコンを入れたツリ目の三白眼で無骨な太ぶち眼鏡の奥から世間を睥睨へいげいし、目もとには濃いシャドウをさし込み耳にはゴテゴテとカフリング。舌を突き出せば真ん中にもピアスが光り、ソバージュした髪は暗めのアッシュブルーに染めている。高めのツインテールは本来少女じみた髪型のはずだが、獲物を定めて飛びたつ寸前のフクロウの羽が盛りあがるさまを彷彿ほうふつとさせるのは樹齢ある木のごとく伸びきった上背のせいだけではないだろう。

 そこへ奇行を差し戻したものが、青リンゴのニッセの初めて見るニコラウ素保持者の姿であった。今年もクリスマスは来ないかもしれない。メリー・オア・ノット、完!




【つづく】



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