第112話

~シンイー・ウェン伯爵令嬢視点~


ウォルシュ様に母の『日記帳』を渡してから2日後にお茶会に招待された。


その時に約束通り感想を聞かせてくれると招待状の下に『日本語』で書かれていた。


この2日間はジン様との時間を大切にした。

きっと2度と会えなくなるから・・・

母の犯した罪を知れば、私を婚約者に選んだことを後悔させてしまうだろう。

大好きな彼を傷つけてしまう。

彼の思いに答えなければよかった・・・



ウインティア王国に気持ち良く送り出してくれた優しい父にも会えなくなる。

1人残される父のことを思うと泣きそうになってしまう。

愛する妻を亡くして、次は娘の私まで・・・


でも私は逃げない。

前世で間違えた私は後悔に苛まれ続けた。

もう間違いたくない。

逃げるつもりは最初からなかった。



結果たとえ処刑されたとしても、お母様は私を褒めてくれるかしら?







お茶会当日、王宮のメイドにウォルシュ様の待つ部屋に案内された。


ウォルシュ様の隣には見たこともないほどの大きな犬が大人しく座っていた。


「お呼び立てして申し訳ございません。彼女は私と同じ転生者のレイチェル・ウォルシュ夫人です」


華奢な身体に可愛らしいお顔の夫人から、私たち3人だけだから畏まった話し方は止めましょうと提案された。

ちなみに犬の名前はランちゃん。


名前もウォルシュが2人いるからとエリーと、レイの愛称で呼ぶようにと言われ、予想とは違う出迎えに少しだけ肩の力が抜けた。

もちろん私のこともシンイーと呼んでもらうことにした。



「シンイーはお母様にとても大切に育てられたのね」


「ええ、貴女を見ていたら分かるわ」


一口お茶を飲んだところでエリー様とレイ様は微笑んでそう言ってくれた。


「は、はい。私が母と同じ間違いを起こさないようにと、優しく、時に厳しく愛されながら育ててもらいました」


そうよ。

母は友人を信じて毒を渡してしまったけれど、決して悪用する為に作った訳では無いの。

母は人を殺せるような人では決してなかった。

そんな母は最後の時まで後悔で苦しんでいたはず。


「も、申し訳ございません。私はどんな処罰も受け入れます。母の毒を「誰もシンイーを責めてなんかいないわ。貴女のお母様の事もね」


最後まで言う前にエリー様に言葉を遮られた。


「それよりもシンイーは強いわね。黙っている事も出来たはずよ」


え?


「コウカ国の王太子の婚約者なのに、正直に告白した貴女を尊敬するわ」


・・・レイ様


「そう育てたのお母様も立派よ。20年前の真相が分かったのはシンイーのおかげよ」


エリー様。


尊敬するって・・・責めないの?

私を育てた母が立派だと言ってくれるの?

2人も亡くなったのに?


涙が止めどなく溢れてきた。

安心した事よりも、母を認めてもらえた事が嬉しかった。


「わ、私は、もう二度と間違えないと誓ったのです」


私は前世で犯した罪をエリー様とレイ様に話した。


高校の受験日に試験が行われる教室まで行ったが、緊張のあまりトイレに行きたくなった。

トイレに行き用を済ませたはいいが、教室とは反対方向に行ってしまい迷子になってパニックを起こしかけた所に、試験会場の案内係の腕章をした可愛らしい1人の先輩が声をかけてくれた。



『落ち着いて大丈夫よ』


そう言って震える手を優しく両手で包み込んでくれた。

その先輩は手を引いて教室まで送ってくれた。


『4月に貴方が後輩になるのを楽しみにしているわ。頑張ってね』


そう微笑んだ彼女に同性なのにドキドキした。


おかげで試験に無事合格して、入学してからお礼が言いたくて彼女を探した。


直ぐに見つけられたが彼女はいつも周りを友達に囲まれて楽しそうにしていた。


お礼を言うタイミングを見計らっている時に気付いたのは、彼女を陰から見つめている男の人や、すれ違う時に彼女をさり気なく見る男の人がとても多いこと。


たまに勇気を出して声をかける男のひとも彼女の友人たちに阻止されていた。


彼女はそんな異性からの視線には気付いている様子もなかった。


私は人の目を気にして、友人に囲まれた彼女にお礼も言えない弱虫だった。

入学してからもまだ友達も出来ていなかった。


彼女に憧れた。

彼女のようになりたい。


私の間違いが始まったのはこの時だ。


彼女を観察して何もかも真似た。

話し方、服装、髪型、持ち物。

家までこっそりと後を着けたこともある。

大きなお家のお嬢様だった。


やっと私の存在に気付いてもらえたと思ったら、気味悪がられていた。


担任に注意をされてから気付いた。

彼女は私のことを覚えていないことに・・・


無性に腹が立った。

後輩になるのを楽しみにしていると言ってくれたのに!


今までの彼女に対する尊敬や憧れが無くなるのと同時に殺意が芽生えた。


そして、背中を押してしまった。


彼女の死の間際に目にしたのは私だった。

やっと、やっと私を見てくれた。


彼女が最後に目に焼き付けたのは私。


高揚感に包まれた。




彼女のお葬式には本当に沢山の人が参列していた。

泣いている男の人も多かった。

彼女は誰からも好かれていた。

そんな事は最初から知っていた。


もう彼女に会えないことを理解して胸にぽっかりと穴が空いた気がした。


お葬式の翌日、警察官が私を迎えに来た。

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