第5話 匿名冒険者の現状

「六冬さん。今のは、どういう事なんですか?」

「どういうこと、とは?」


訪ねてきた男に逆に聞き返す。


「あんななんの変哲もない弓でミノタウロスを倒せるなんて思いもしませんから。特別なものなのかな、と思いまして」

「そういうことか」


俺は一度呟いてから答える。


「毒だよ」

「毒?」

「あぁ。あの矢は特別で、毒の効果が強いんだ」


出てくるモンスターが強いのであればもう少し違った方法を取ったりするがミノタウロス程度ならこんなものでいい。

他に何かあるかと思い目をやるが


「そ、そんなに強い毒どこで手に入れてるんですか?ボスをこの速さで倒せる毒なんて聞いたことも見たこ……」

「やめろ。詮索するような真似は寄せ」


男の言葉を二階堂が遮る。

こういう相手を探るような詮索は本来はマナー違反だ。


「六冬はかなりのやり手だ。彼だけが知るダンジョンも世界のどこかにはあるのだろう」


そう言いこれ以上の詮索をやめさせる。

ありがたい話だ。


もっとも俺も聞かれたところでこれ以上口は割らないが。


「悪かったな六冬。まぁ俺もお前の正体については気になるが……自分から明かしてくれるのを待ってるよ」


そう言って二階堂はクリア者だけが辿り着けるクリアエリアへと向かおうとしていた。


「ねぇ、六冬」


その時真白が俺に声をかけてきた。


「どうして正体教えてくれないの?」

「俺は正式な冒険者じゃないから」


今の俺は正式に冒険者登録されてる訳じゃない。

今と言うより昔からそうだが。

俺の本当の冒険者ランクは最底辺のEランク。


俺の能力は世間じゃ評価されていないし本当はここに立っててはいけない冒険者だ。

だから正体を隠して活動している。


「ふーん。でもいつか教えて欲しいな」


そう言って真白は俺の手を掴むとクリアエリアへと連れていく。


「ほら行こ」

「あぁ」


クリアエリアへと入った俺に


「報酬はいつも通りでいいか?」

「あぁ」


二階堂は現金を俺に手渡してくる。

現金である理由は俺の情報をなにか一つでも握られたくないから。

それだけだ。

既に現金など廃れた文化だが、こういう場面ではいまだに非常に便利なものだ。


「いつも悪いな」

「いや、構わんよ。それよりまた来てくれるか?」

「あぁ。今日みたいにどこかでダンジョン攻略をするという意思表示をしてくれたらな」


今回で言うとネットの生配信に出たのは、こいつが俺に来て欲しい。という合図だった。


「じゃあ俺は先に戻るよ」


そう言って俺は先にクリアエリアにある転移結晶に手をかざす。


これを使えばどんな深いダンジョンからだって地上に戻れるというわけだ。



地上に帰り寮の部屋に戻ろうとした時だった。


「こんばんは、瀬奈。待っていたよ」


寮の部屋の前で声をかけられた。

目をやると髭を蓄えた男が立っていた。


声の主は広瀬ひろせ 海斗かいと。俺や陽菜の義理の親だった。


今では誰もが知る冒険者用の道具などの製造に携わる企業の社長。

企業の名前はブルーオーシャン。


冒険者道具のメーカーとしては最大手と呼ばれている。


「こんな時間に社長が来られるとは。思ってもおりませんでした。準備ができておらず、すみません」


この人には頭が上がらない。


この人は自腹で孤児院を作り、そこで親のいなくなった俺を育ててくれた。

命の恩人だ。


一昔前の感覚で言えば悲惨な過去かもしれないがダンジョンが現れて時間が経った現代では見慣れた光景になってしまっていた。


「構わんさ。アポも取っていないからな」


とりあえず社長を部屋まで案内する。


こんなところで立ち話など論外だ。


部屋に招き入れるが普段人なんて来ないからベッドしかないが、それに座ってもらう。


「悠木ダンジョンにはお渡しできるような価値のあるものはありませんでした」


「そうか。まぁ、Aだものな」


「はい、そうですね」


俺は普段Sランクダンジョンを主に攻略している。

そこで取れる鉱石などと比較すれば今回のダンジョンで取れる素材など取るに足らない存在。


「そう気に病む必要も無いぞ瀬奈。今のブルーオーシャンがあるのはお前の功績なのだからな」


俺はSランクダンジョンが新しく出現するたびに誰よりも先に攻略に向かいそこで取得したもののほとんどを社長に渡している。

だからブルーオーシャンは常に新しい素材などを使って商品開発をすることができる。


その結果こうしてブルーオーシャンは超大手、最前線のメーカーとして走り続けることができている。


丁度俺が黒の殲滅者として活動し始めた頃と企業が成長し始めた時期は一致する。


「それと黒の殲滅者、六冬がお前ということは知られるなよ」

「はい。正体がバレないように注意しております」

「お前に言うまでもないと思うが。二階堂、特に二階堂真白はお前に興味があるようでいろいろと探りを入れているようだ。決してバレないように、な」

「分かっております」


黒の殲滅者は正式に冒険者登録をしていない。

本来登録しなくてはいけないものを無視して俺は活動しているわけだから、他の冒険者や世間にはいい顔をされていないのが実情だ。


中にはそんな俺のような人間がいるからこそ、もっとダンジョンの監視を厳しくしろ、との声が出ているほどだった。


こんな泥棒みたいな行為を許していいのか?

というものだ。


そんな現状で正体が俺だとバレるのは、俺にとっても俺を育ててくれた広瀬社長にとってもリスクでしかない。


だから一度隠した以上最後まで俺は正体を隠すつもりだが。


「学園の方は問題なさそうか?」

「はい。学園に入り込めればこっちのものです」

「ふむ、そうか。ならば瀬奈の名前を正式な冒険者として聞く日も遠くなさそうだな。制限なし、なんでもありの実戦においてお前に勝てる冒険者は世界で見ても​────存在しないからな」


俺が学園に通っているのは保険だ。

仮に匿名冒険者の締め付けが厳しくなったり、完全に違法化した場合、正攻法で冒険者ランクを上げてSランクまで辿り着かなくてはならない。


そうなった場合学園卒業者、という方がいろいろと優遇してもらえるのだ。


それが俺が学園に通う理由。


「最後にひとつ」


そう言って広瀬社長は帰るのかベッドから立ち上がった。


「新たに確認されたSランクダンジョンだが。いくつかのSランクパーティが手を組んでお前を出し抜こうとしているそうだ。お前一人に勝つためにSランクのメンバーが何人も動く。注目の的、だな」

「イヤな話ですよ」


ふっと笑って俺は最後に宣言する。


「分かりました。計画を立てて攻略しますよ。初回攻略は誰にも渡しません。それで二階堂や、正規のSランク冒険者たちと敵対することになっても。馴れ合いはここで終わりです」

「頼むぞ。我が社の秘密兵器」


俺はその言葉に重く頷いた。



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