第34話 魔法少女と”それ”と貞操の危機



「…………ここ、どこ?」


 目を覚ますと見知らない天井だった。木目のある天井、ぶら下がっている電灯は、緋色の常夜灯がほんのりと部屋の中を照らしている。だから目を暗闇にならす必要がなかった。

 パッと見の印象は、旅館の一室。カーテンが窓を仕切っていて、外の様子は伺えない。私の寝かされていた布団もふかふかで寝心地が良い。畳もささくれ一つ無い。新品みたい。ほのかに甘い上品な香りが室内には漂っていた。安心する香り。部屋の隅で動いているアロマデュフューザーが元だと思う。

 安らぐ……。ぼんやりとする頭に襲いかかる睡魔に負けた後、そのままぐらぐらっと揺れた意識が布団に吸い込まれそうになって、


「……っとぉ、安心してる場合じゃなかった!」


 なんとか現実に帰ってきた。危ない。


「あれ、ていうか服……!?」


 よく見たら全裸だった。一瞬で、パニクりそうになる。だ、だめだ。落ち着かないと……落ち着け……落ち着け……。深呼吸、深呼吸。これでパニクったら相手の思う壺だ。


「……私、何もされてないよね……?」


 服を着ていないということは、誰かに脱がされたということ。寝てる間に服を脱ぐ癖とかはないし、自分で脱いだ覚えもない。だから誰かの仕業のはず。


「多分大丈夫……?」


 見える範囲をチェックしてみる。特に異常はないと思う。怪我とか、その色々。鏡とかで見たほうがいいかな……。いや、とりあえず、服とか何か着れるものを探そう。このままだと無防備すぎる。


『ピーンポーンパーンポーン』


「何……?」


 どこからともなく鳴り響く電子音。この前のラブホのこと思い出してちょっと嫌な予感。


『おはようございます。おはようございます。おはようございます』


 聞き覚えのない声だった。大人の女の人。しわがれた声。おばあちゃん? いっぱいいたけどあの中の人かな。判別はつかないけれど。


『朝の館内放送でございます』


 なるほど。そういうのね。でも私、朝こういうので起こされたらバチバチにキレちゃいそう。


『本日晴れ、時々精液になります』


 ……今おかしな単語聞こえなかった?


『これより朝食ビュッフェを食堂にて開始させていただきます。お申し込み頂いている方は、食堂にまで。ご希望の方は受付までお越しください。申し込み人数に限りがありますのでお急ぎください』


 ……特に申し込んでもないし、希望していないから関係ないね。いや、してても行かないけど。


『なお、黒霧ミハ様には、これより迎えのものを送ります』


 …………。


『ご準備の上、お待ち下さい』


 ぶつんとそこで館内放送は切れた。

 

「…………うわぁ」


 行きたくない。絶対行かない。というか逃げる。逃げなきゃ。


「服。服を探そう」


 全裸で逃げ出す度胸はない。何か無いかな……。


「なにもないとは……」


 服をちゃんと持っていってるんだからそりゃ無いよね。旅館でよくある浴衣とかも無い。しょうがないから寝ていた布団からシーツを剥ぎ取って体に巻き付けることにした。

 一応隠せているんだけどぺらぺらだからラインがもろ出てるし、下着もないから密着させるとかなり見える。だから三重くらいにしてみたんだけどそれだと動けない。だから二重で抑えてる。

 それでも結構見えてる。恥ずかしい。誰かに見られたら死んでしまうかも。


「恥ずかしさでは死なない」


 そう割り切るしか無いよね。と言い聞かせる。

 服探しついでに部屋の中を散策してみたけど外に出れそうなのは、窓と出入り口だけ。もちろん、窓は開かない。外も何故か見えない。まあそういうものなんだろう。

 出入り口は……まだ開けてない。場所だけ把握してる。

 正直開けたくない。


「誰か助けにきてくれないかなあ……」


 助けに来てくれるなら誰がいいだろう。ベリアル、アスモダイ。悪魔の顔が浮かんだ後、無いよそれは。となって。


「やっぱり、ココかな。うん、ココしか勝たん」


 ココは頼りになる。同じ魔法少女だからというだけじゃない。ゾンビの時も、スライムの時も、冷静に助けてくれた。


「でもココは友だちだしな……」


 こんなところまで着いてきてもらっちゃったけど。


「ま、あっちはあっちで目的があるから来たんだし、イーブンだよね」


 そうだ。こんなところで足踏みしてる場合じゃない。


「よし。行こう」


 覚悟が決まった。嘘。無理矢理動いてるだけ。でもやらなきゃいけないことがある。だから私は、部屋の外に出た。


「お待ちしてました」


「へ……」


 舌舐めずりされた。部屋から出て、いや出ようとして思わず固まった。これまた見覚えのある顔に出鼻をくじかれた。


「……ずいぶん早い、お出迎えですね」


 思わず踏み出そうとした足が引っ込んだ。つい、下がる。追い詰めるように、入れ替わりに踏み込まれる。なにかされているわけでもない、ただ彼女の圧が私を部屋の中に押し戻す。


「待ちきれなく、なってしまいまして……」


 まるで獣のように、カオルが異様なまでに長い舌をべろりと出して、舌舐めずりしていた。


「待ちきれない……?」


 よく見るとひどく薄着だった。バスローブ……よりも薄い。ほぼぺらっぺらの白い布で作ったものを羽織っている。私の比じゃないくらい体のラインが…………。


「…………あの」


 色々と頭の中で繋がってきた。

 例えば、栗の花の香りの正体とか。

 例えば、スカートを持ち上げていたものとか。

 それが今、私の前で、その姿を晒していた。

 腰の辺りから生えた”それ”は、カオルの豊かな胸や細い腰を覆う布を太い血管の走る長い体躯で持ち上げている。ぐぐっと上曲がりの”それ”は、大きくて真っ赤に張り詰めた頭を天井に向けて、先端を濡らしていた。

 あ、あれ、R18漫画で見たことある。

 それが何に使われているのかももちろん私は、知っている。


「高ぶりを、抑えられなくて……。みんな、最初を譲ってくれたんです。私が最初に会ったのでだから……」


「ひえ……」


 距離がまた詰められる。悲鳴が自然と出た。


「私、優しくするから」


「ひええ……」


 やばい。やられる。いつの間にか逃げ場がなかった。背中に壁が当たる。

 あまりに凶暴な”それ”に視線を釘付けにさせられた。お腹に触れるか触れないかのところなのに、異様な熱を感じた。熱い。熱した棒みたいな熱量をあるように錯覚するほど。

 両手が私の腕を抑える。振り払えないほどの力と熱が伝わる。


「ね?」


 カオルがそれらに負けずと劣らない狂熱を孕んだ瞳を大きく大きく、目玉が飛び出そうなほどに見開いて言う。

 ね? じゃない。こんなの、だめ。絶対に、だめ! こんなわけわからない状態で何も知らない相手に捧げるほど安くない。


「一番槍、頂きます」


 色欲に狂う、獣の息が鼻先を焼く。



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