第35話 魔法少女と悪魔と新たな魔法少女
「い、いや……!!」
「いやと言われてももう我慢出来ないんです」
私の拒否を聞き入れる素振りすら見せず、カオルは覆いかぶさるように迫ってきた。
「コ、コ……!」
無意識に、口走った──その時。
「へ?」
雷鳴が降ってきた。私の目の前に。
同時に、カオルが居なくなっていた。私の両腕を抑えている手と腰にあった”それ”が床に転がっていて、確かにそこに居たのが分かる。
ちょっと残酷に感じたけど、どうせ魔物だし気にしないことにした。
……魔物だよね?
床も焼け焦げている。降ってきたのは雷鳴だけじゃない。確かに雷も降ってきた。私には、ただの瞬きにしか見えなかったけど。
カオル──魔物の代わりに、人が一人。もちろんただの人じゃない。
もしかして、という期待は、一瞬現れて、一瞬でかき消えた。
「誰……?」
黄金と例えるべき髪を左右でぐるぐると縦ロールにしていて、体もまた、黄金の衣装を纏っている。
第一印象は、黄金で、第二印象は、ドレス。金と白を配色していて、長くてふわりとしたスカート、ウエストから胸まで覆う華やかな装飾がある。どこかのご令嬢のような様相。
そして、ドレスの胸元から覗く巨大な胸。
って、胸でっっっっか。いやでっか。ちょっとまってでかすぎるでしょ。私も大きいほうだけどこれはもっと大きい。私史上最高のサイズかも知れない。女の私でも流石に慄くサイズ。
「……魔法少女?」
「ご無事で何よりだ。ミハ」
「へ? え、あ、う、うん……。ありがとう?」
黄色い悪魔がいた。悪魔と分かったのは、ベリアルやアスモダイと瓜二つだったから。だけどこれなんていうか……。
「ピカチュ○?」
国民的キャラクターを彷彿した。東京が沈んでも、文化が途絶えたわけじゃない。
「やはりそうですわよね。貴方に同意するのは誠に遺憾ですが、私もそう思います」
仮称魔法少女の子に同意される。何故か敵意も感じるけど。
「まったくの偶然、というよりも多分そいつが僕をパクったんだね。許しがたい。僕のこの愛らしい姿を無断で真似るとは……」
「……まあツッコムの疲れたから聞いていい?」
「ええ、どうぞ」
「単刀直入に聞きます。君たちは何者?」
「僕は、悪魔フールフール。君の大大、大ファンさ!」
黄色の悪魔、フールフールは胸を張った。ファンと聞いて真っ先に思い出したのは、アスモダイ。アスモダイ、早く来て。
「わたくしは、エミリア・サンダーソニア。かの大悪魔ベリアル様を崇拝させて頂いているものです」
黄金の魔法少女、エミリア……さんは、微笑みながらスカートの端をつまんで持ち上げた。所作が様になっている。口調からして本当にそういうお嬢様なのかも。
「ベリアル様を貴方から解放すべく参上しました」
そして、突き刺すような敵意。ヘドロのように粘つく嫉妬。
目眩がしてきた。これ夢で済ませられない? 私は今もベッドの上で、ぐうぐう寝ている。ベリアルが起こしてくれて『あ、夢だったんだ。よかった〜〜』って感じになるの。
それは無理があるけどさ。
「おっと、エミリア。だめだよ。そうはさせない」
正しく雷撃のごとく。私の動体視力を遥かに超えた速度で突き出されようとしていたのは、細身の剣。寸前で止まっていた。
事実に気づいたら冷や汗がぶわっと背中に浮かんでいた。これが魔法少女。魔法少女というものの脅威。生身で見て、これが恐ろしいものだというもをようやく理解できた気がした。
「エミリア、言ったろう。そういうのは、
「人の生死を勝手に契約内容に盛り込まないでよ」
「失礼。しかし許してほしい。それをしていないと今、君は確実に犯されていた」
「むっ……」
まあ、確かに。……結果論だけど。
「それで君らは何しに来たの? 別に私を助けに来るのが目的じゃないでしょ」
「いえ、助けに参りましたわ」
貴方はついでですけどね。と毒のあるセリフが付け加えられる。
「……というと?」
「君たちをつけてきたんだ。ただ大穴に入った時、ここと別の場所に送られたんだ」
「ほんと面倒なところですわよね。わたくしとベリアル様を引き裂くなんて、許しがたいですわ。醜い、見るも悍ましい化け物ばかりですし」
「……そんなに化け物居た?」
見た限りは、まだ普通の田舎風景だったけど……。
「あらあら」
「何よ」
「いえ、その目は飾りなのですね」
「……私、喧嘩売られてる?」
嘲るような響きと嘲笑った瞳が私に向けられた。つい、睨んでしまう。
「言わなきゃわかりませんか? どうやら耳も飾りのようです」
普通に喧嘩売られてる。正直、喧嘩の売り買いなんてしたことない。どうしよう。漫画とかだとどうしてたっけ。
「はいはい。ストップストップ。ミハさん、ちょっと手を」
「? はい」
割り込んできたフールフールに思考が遮られる。丁度良かった。言われたままに手を差し出す。
「ふふ、お体に触りますよ……」
なんか気持ち悪いな……。
「事前に言っておくけど、少しばかりビリっとするからね」
「え? っつ……」
先言ってよ! もう!! 指先からびりりと電撃めいたものが走る。思わぬ痛みに目をぎゅっと閉じてしまった。
「これがな……──」
嘘、でしょ。
「なにこれ」
呆然とした。目の前に広がる景色は、理解し難いというか、やばい。意識がぐらつく。なにこれ。
「──大丈夫? ミハ。ごめんね。ちょっと刺激が強かったかも」
「うんん、大丈夫。ちょっと衝撃が強くて……」
いつの間にか折っていた膝を立たせてから改めて私は、部屋の中を見渡した。そして、率直な感想が零れた。
「グロテスクすぎる……」
和の雰囲気はどこにやら。そこにあるのは、けばけばしいピンクと赤褐色。素足の裏に伝わる嫌に生々しく気色悪い。ブヨブヨグネグネとしたよく分からない生物的なものが部屋を形作っていた。
転がっているカオルの腕や”それ”も同じように、元の形こそは保っているけど構成しているものは、部屋と同じブヨブヨグネグネとしたものになっていた。
何よこれ……。
「幻覚を解かせてもらった。ここは、魔物の腹の中さ。おそらく、穴の中に待ち構えていたんだろう」
「つまりこの素材も……」
「魔物の肉だろうね」
「気持ち悪いったらありませんわよね。ほんと」
見ると布団もやっぱりブヨブヨとしたものに置き換わってる。ってことは……うわ。
「これもか……」
私が体を隠すのに使ったシーツも何か薄皮めいていた。キモい。でも脱ぐと……。
「脱いでしまっても構いませんわよ? そんな貧相な体、誰も気にしませんから」
胸を持ち上げて見せつけるようにセシリアは、腕を組んで笑う。いちいち絡んでくるな、この子。
しかし、これを着ているのも気持ちが悪い。ここは意を決して……。
「大変お待たせしました、ミハ様」
と、私がそのシーツだったものを脱ごうと手をかけた時。聞き慣れた声が駆けつけた。
「もうやっときた! 遅いよ!」
「本当に、誠に申し訳ありません、ミハ様……。なんの申し開きもできません……。この愚図な下僕に罰をお与えください……」
部屋の中に入ってきたアスモダイが申し訳無さそうに深々と頭を下げていた。やっと知ってる人……もとい悪魔が来た。つい安堵の息が零れた。
「いいからさ、そんなことよりも他にお願いがあるんだけどいい?」
「なんなりとお申し付けください、ミハ様」
「じゃあ、服」
私は自分を指して。
「服ってどうにかならない?」
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