第32話 魔法少女と悪魔と原作未履修二次創作
「……なんとか逃げ切った?」
「……そうですね。こちらには来ていません」
「はぁ〜〜……」
廃屋に逃げ込んだ私は、外を見てきたアスモダイの言葉で、その場にへたり込んだ。
「もう走れないからね」
そんなこと言ってる場合じゃないのは分かってるけど足が悲鳴を上げている。いくら殺人鬼を追いかけ回していても私は元々文化系。限界がある。喉乾いた。
「ミハ様。こちらを」
「へ? あ、ありがと」
「はい。おそらく喉が渇くと思って用意しておきました。どうぞお飲みください」
「では、遠慮なく」
気が利くなあ。渡されたボトルを口につけると冷たい麦茶が一気に流れ込んできた。カラカラの喉に気持ちいい。半分は飲んでしまった。
「ぷは……ありがと……かなり助かったよ」
「お役に立てて恐悦至極……」
「ちなみにどこにしまってたの?」
「企業秘密……というのは冗談で、衣装や武装を召喚するのと同じで別の空間に保管してるのを取り出しただけですよ。お食事もありますけどいかがです?」
「なるほど。今は遠慮しとく」
悪魔って便利、とまで思って引っかかったことがあった。
「……衣装とか武装みたいに?」
「はい」
「こんな静かに取り出せるの? ベリアルも?」
「もちろん。常にBGMを鳴らすのは風情がありません。単純に五月蝿いですからね」
「……ねえ」
「ミハ様」
「……なに?」
「言いたいことは分かります。しかしです。変身バンクは必要なのです」
「理由は?」
「可愛らしく美しい少女がかっこよく、時に愛らしくポーズを決めるのは見ていて気持ちいいからです。ばえます」
聞いた私が馬鹿だった。だけど頷けるところはある。
「まあ確かに、ココの変身は可愛い」
これだけは否定できない。変身バンクを大穴の中に飛び降りる前、ガン見したけどあれは可愛い。あのセンスだけは認めざる得ない。悔しいけど。非常に遺憾だけど。
「ふふん、でしょう?」
胸を張るアスモダイ。今度、私のほうが可愛くできるってことを証明しないと。
「……はいはい。それでどうしよっか」
「そうですね……。どう致しましょうか」
「そんな困った顔されても私も困ってるんだけど」
原作未履修で二次創作に頭を突っ込む。褒められたことじゃない、というのが世間一般の認識だと思う。私だってそう。二次創作に半端な覚悟で突っ込んでくるんじゃない!ってキレちゃうかも。
だけどそれを恐れないのも一つの強さ……あ。
「申し訳ありません……。私もちゃんと履修しておくべきでした……」
「そうだ。それだよ」
「? それと言いますと……」
「今から履修するの。アスモダイ、今から原作読んできてよ。未履修卒業しちゃおう。そんでもってこの状況も解決しちゃえばココからの評価もうなぎのぼり!」
かも。保証はしかねる。普段の動きが気持ち悪いのでプラマイゼロくらいかも。
「!! 確かに、名案です! 当たり前すぎて何故か思いつかなかった!!」
「それで履修できるの?」
「お時間を頂きますが問題ありません。かまいませんか?」
「なるはやでね。お茶とか置いてってもらえると助かります」
「もちろん! お菓子もありますのでどうぞ」
「ああ、これはご丁寧に……」
渡された手提げ袋の中に、クッキーやらフィレンツェやらが詰まったタッパーが入ってる。容器越しにもバターのいい匂いがする。
「では、少々失礼いたします!」
「いってらっしゃい〜〜」
「そうそう。体は置いていくのでちょっと見ておいていただけますか?」
「え? あ、うん」
そう言って廃屋の中心に座ったままアスモダイが動かなくなった。近くに寄ってじっと見てみる……動かない。つついてもやっぱり動かない。
「そういえばベリアルもたまに動かないことがあったな」
こういうことだったんだ。悪魔の生態系なんて知らないからおかしくなったのかなってちょっと心配だったんだよね。
「とりあえずゆっくりしてようか。アスモダイがお菓子とお茶残していってくれたし」
静かな廃屋で、タッパーに入れられていたクッキーを齧りながら時間を潰す。潰して、潰して。お菓子に飽きて、端末を触るのも飽きた頃。
「遅い……」
廃屋に差し込む光も弱くなってきた。外も暗くなってきたらしい。時間の概念もしっかりしているこの空間はほんと不思議。ほんとどこなんだろう。
それよりも、アスモダイだ。
「全然帰ってこない……」
ここまで待ちぼうけ食らうことになるとは思わなかった。どうしよう。いや、どうしようもなにもアスモダイがいないとまともに外を動けない。そもそも迂闊に外に出……。
「……やば」
生理的な危険信号が突然やってきた。我慢できなくはない。けどいずれ出さないと確実に決壊して、酷いことになる。
「……これは、まずい」
ここで済ます……のは嫌。もしも最中にアスモダイが帰ってきたらってのを考えると嫌だし、帰ってこなくても帰ってきた後に色々と残っているのを察せられるのも嫌。他人に嗅がれるという現実に耐えられない。
じゃあどうするかなんだけど。
「外に出るしか無い、か……」
廃屋の出てすぐそこに茂みがあったはず。そこに隠れれば多分大丈夫だと思う。
「……大丈夫だよね?」
自分に言い聞かせるように呟いて、廃屋の入ってきたところから外を覗き見る。
ほぼ夜になっている。周りに人の気配はない。これなら問題ないはず。というかそろそろ限界だから早く行かないと大惨事になってしまう。主に私が。
抜き足差し足忍び足。草を踏む音すら五月蝿く感じる。
「誰も来ませんように……」
祈りながらそろりそろりと茂みの中にしゃがみこむ。
「なんとか間に合った……はぁ……」
ついついほっと息が出る。危なかった。もう少しでちょろっと出てた。用を足せたし、早く戻ろう。腰を上げて、下着をあげようとして。
「こんばんわ」
突然の声に体が凍りついた。聞いたことのある声。しかも、これって……。恐る恐る見上げるといつの間にか目の前に、さっきの女の子――カオルが居た。
凍りついた私は、半笑いでオウム返しするしかなかった。
「…………こんばんわ」
……何故か知らないけど、スカートの全面が大きく持ち上がってる。手で持ち上げてない。何かが中にいる? でもそういう感じじゃない……。じゃあどうして?
というかどこから見られてた? 最初から? かっと頬どころじゃなくて顔全体が赤くなった気がする。
「ごめんね?」
まったく謝罪の意志を感じない謝罪をされた後、私の意識は後ろからきた衝撃に飲み込まれた。
「我慢よ、私」
獣の息遣いが意識を失う寸前、聞こえた。
◇ ◇ ◇
「ふう、おまたせしました。いやはやまさかサイトから削除済みの作品とは知らず、探すのに随分と時間が──ミハ様?」
誰も居ない廃屋の中を見渡した後、アスモダイは、「おっと」と呟いた。
「これは、やられましたね」
ベリアルに殺される前に見つけなくては。焦燥感に駆られたアスモダイは、廃屋を出た。
無論、左右どちらを見てものどかな夕暮れの片田舎の風景だけで、ミハの姿はない。
ミハの残り香を感じる。どうやらこの茂みで襲われたらしい。早く助け出さなければ……。焦燥がアスモダイを焼く。
「本体同士で殺し合いになるとベリアルに勝てませんからね……」
運がいいことに、事前に自分の料理を食べさせている。これなら追跡も問題ない。
「待っててくださいね。必ず私がお助けいたしますから……!!」
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