第31話 魔法少女と悪魔とおいでませ、トロールの森



「ベリアル!?」


「──緊急事態故に、諸々省略。契約執行!」


 牙がギロチンみたいに振り下ろされる、寸前。


「強制変身!!」


 光が巨人の顎を叩き上げた。光だけじゃない。これは、私の拳だ。頭上へいつの間にか拳を振り上げていた。黄ばんだ汚い歯の破片が跳ぶ。粘ついた唾液とか血の飛沫が散る。肉と骨を砕く衝撃が拳を伝ってきた。


「ぎゃああああああああ!!!!」


 巨人が痛みにのけぞり叫ぶ。ひっくり返って、バタバタと木をなぎ倒す。でも私はそれどころじゃない。


「これって!」


 ミハが変身した時の衣装だ。間違いない。私はずっと傍で見てきたから絶対間違いない。紫の花がらの和装に、袴とブーツ。腕にはもちろんごついガントレット。お〜〜。すごい。くるっと回ってみる。可愛い。


「遅くなってすまない。調べるのに時間がかかった」


「いいけど……これは?」


「簡易契約。緊急事態なため、一時的にココと契約させてもらった」


「一時的……」


「緊急的な処置だ。現状を切り抜ければ解消される。心配しなくていい」


「いやまあ別に心配してないけど」


「俺はNTR趣味はないからな……NTRなんて恐ろしい……」


「そう……」


 性癖の話はおいといて。


「それでだけど、倒せる?」


「うむ。これ一体なら問題ない」


……嫌な言葉が聞こえた。


「調べた結果?」


「おそらく原作でのタイトルは『おいでませ、トロールの森』。

 魔物に取り憑かれた富豪の殺人鬼マンハンターにより生成された怪物、通称トロールたち・・によるハンティングゲームがこの森では行われている。無辜の市民や借金まみれの人間、ワケアリの人間を放り込み、生き残ったものに賞金を与えるゲームを行っていた」


「それに私は巻き込まれたってこと?」


「おそらく。他に参加者がいるかどうかは分からないがな。ココ。それよりも」


「いたい、いたいぃぃ!!」


 逆上した巨人、もといトロールが起き上がる。私を見る目は血走っていて、怒り心頭なのが分かった。今にも襲いかかってきそう。だけど、私に歯を吹き飛ばされたのが効いてるのか様子を見てる。賢い。油断できない。


「ココ、やれるか」


「やれる。私、これでもミハの戦うとこ何度も見てきたんだから」


 見様見真似。ミハの構えを思い出す。これなら委員会で習った護身術も役に立つかな。


「俺が一番近くで見てたが!?」


 うるさいなあ……。アスモダイもこんな感じだし、悪魔ってみんなこうなの?


「はいはい、そうですね」


「うむ、よろしい」


 なんだこいつ。いやいや、どうでもいいよ。さっさとこのトロールを倒していこう。


「……待て、ココ」


「え?」


 踏み出そうとした足をベリアルの声が止めた。ベリアルの方を見ると森の奥の方を見ていた。


「逃げるぞ」


 なんで? と聞こうとして、私も気づいた。


「この足音って!」


「トロールの援軍だ」


 まだ距離はあるけどまっすぐこっちに迫ってきている。もう程なく到着するだろう。援軍なだけあって、一体じゃない。二体、三体はいる。


「他にもいるの!?」


「さっきトロールたち・・と言っただろ」


 言ったっけな……。


「でも変身してるなら──なんで顰めっ面してるの」


「……簡易契約と言っただろう。本契約に比べると出力がかなり低い。一体ならどうにかなったが流石にこの数はまずいな。だから早く」


「分かった。逃げよう」


 真剣なベリアルに私も頷く。そんな私たちを見て、トロールはにやにやと笑っている。こいつ……私たちの言ってることが分かってる。賢い。このまま置いとくときっと追いつかれる。

 ごめん。論理的なことよりも顔がむかつく。


「うん。ボコっておこう」


「怖いなあ……。でもそういところも素敵だ」


 散々追いかけ回してくれた恨みを晴らしておこう。


「それはありがとう」


 ばきんごかんがきんと手早く片付けて、ささっと脱兎のごとく足音の聞こえない方へ逃げ出した。

 道なき道を駆けて、岩を蹴って、頭上の木の頂上まで上る。

 その時、遠くから怒りに満ちた咆哮が聞こえてきた。おーこわ。


「それでこれからどうしたらいいの? ミハと合流できそう?」


「難しい。俺たちは他の魔物の領域に取り込まれている。領域空間も無限ではないから境がどこかにあるだろう。ただそれを探して領域を壊すよりも中心になっている存在であろう殺人鬼マンハンターを倒すほうが手っ取り早いだろう」


「了解。殺人鬼を先に倒そう……それでどこにいるの?」


「あの城だ」


「……え? あんな目立つとこに?」


 視界には入ってたけどまさかあんな分かりやすく豪華で大きな屋敷にいるとは思わなかった。

 木の上に登ったことで、私たちの視界はひらけていた。一面、木、木、木って感じで緑一色。

 だけどその一角に、城がそびえ立っている。そびえ立つ、というには小さめだけど古びた西洋の城で、歴史を感じさせた。トーキョーメガフロートではまず見れない。

 

「あれに辿り着ければゲームクリアというのが原作でのシナリオだった。だがその城に近づけばトロールの数も増え、更に罠も現れる。つまりはあの城自体が参加者への罠だ」


 趣味が悪いな……。


「とりあえず、行ってみようか」


 木から木に飛び移って移動する。下に降りるとまたあのトロールたちがいる。それに絶対迷う。


「うむ。気をつけてくれ。無事で居てくれないとミハにどんな目に合わされるか分からない」


「そんなことしないでしょ……」


「してほしい」


「キッッッッッッッショ…………」


 心の底からの本音が出てしまった


「うお……ココは普段から遠慮がないな。ミハと違う魅力だ。高めていこう」


「ミハ、大変だなあ」


「アスモダイも対して変わらないぞ、ココ」


「…………まあね」


 どうして悪魔ってのはこう……。


「しかし、何故また外伝シナリオが続いて現れる……?」


 首を捻るベリアルの言葉に、私は嫌な予感を禁じ得なかった。


「ミハ、無事だといいけど」



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