第30話 魔法少女と悪魔とある日、森の中
「どこ、だぁぁい」
地面が揺れる。鈍く低く。ずしんずしんと何かが地面を踏み歩く音が耳に響く。草葉が揺れて、地面に転がる小石が跳ねる。それほど大きな何かが動いている。
”それ”は、私を探している。一瞬、視界に入っただけの私に狙いを定めて、執拗に探している”それ”を見上げていた。
”それ”は、高い木々の先端に頭を届かせるほど巨大で、体の幅もある。けれど木をなぎ倒さない精密さがあるから、今こうして私は隠れていられる。
その顔は……暗くてよく見えない。ただ大きな目が2つ、鼻、口があるのは一瞬見えた。人と同じような顔つきをしているのは間違いない。ぎょろぎょろと黄色い目が動いている。
……私を探して見つけてどうする気だろう。
「っ……!!」
答えは、”それ”の体にあった。
死体が埋め込まれている。ピアスみたいに人の体の部位を肉の中に埋めて、固定させている。アクセサリーのようだ。
きっと私もああいう風にするんだ。恐ろしい。おぞましい。特に今、私はなんの抵抗もできない。
私は、今、変身することができない。
「なによ、あれ……」
思わずベリアルを抱える腕に力がこもる。ベリアルは動かない。返事もない。助けてくれない。立ち向かう力がない私は、ただ恐怖を噛み殺して、”それ”が去っていくのを待つしか無い。
「私を見つけないで」と願いながら、今は待つ。
「──みぃつけたぁ……」
声が降ってきた。私は、ただ待つことができなくなった。私の喉が干上がる――走った。転びそうになりながら前に、この先に何があるのかも分からないまま、ただひたすらにがむしゃらに。
「キャハハハハハハハハハハハハ!!!!」
迫る笑い声を、地面を揺らす足音を、振り切ろうとただ前に。
どうして、こうなったかというと──ほんの少し前に遡る。
「……どこ、ここ」
「お、『ココ』と『ここ』をかけた激ウマ「それ以上言ったらしばくよ」ッス……」
「もう……。しょうもない話はやめてここがどこか教えてもらえる?」
「……どこだろうな、ここ」
「お手上げ……」
気がつくと私とベリアルは、森の只中に立っていた。左右前後。どこを見ても木、木、木。草、時々石もしくは緑の苔むした岩。
冷たい霧が薄っすらとかかった森の中は、木々の影に覆われていて薄暗い。見通しが効かないし、奥に何があるかも分からない。生き物気配もない、耳が痛いほどの静寂。
この状況を一言で言い表すなら、
「最悪、だな」
心読むな。まあ、そうとしか言いようがないよね……。
「どうする? 枝の倒れた方に進んで見る?」
どの道、救助なんて来ない。ミハだって今きっと大変だ。私を探しに来る余裕なんてないと思う。アスモダイが向こうにはいると思うけどそれでも。なによりここがミハの居る場所とどれだけ離れているかも分からない。
だとしたらこっちから合流できるように動かなきゃいけない。
「そうだな。行動するしか無いか……。だが闇雲というのもな」
確かに。と言っても。
「こんなのもう森……樹海じゃん」
深い、ふかーい森のど真ん中は、方向感覚どころではない。
「しかたないな」
「何か手段があるの?」
「ある。少し時間をもらいたい。その間、俺の体が無防備になるだろう。見ていてもらっていいか?」
よく分からないけど……。
「ちゃんと打開してよね」
「ああ、約束する」
力強く頷くとベリアルは近くの岩の上に座り込むと動かなくなった。つんと指でつついてみる。ぷにっと柔らかくて弾力がある。つんつん。動かない。本当に無防備だ。
「こうして動かないとほんとに人形みたい」
独り言になっちゃった。
「さてどうしようかな」
どうしようもないか。散歩して迷子になっても馬鹿みたいだし、でもただ待つのもなあ……うーん。
「あっそうだ」
スカートのポケットから端末を取り出す、電波は圏外だけど中のアプリは使える。端末を横にして、ぽちっとな。ベリアルの隣に座って画面を覗き込む。
「オフラインのゲーム、入れておいてよかった」
こういう時の時間つぶしにぴったりの積みゲーがあるんだよね。去年のウインターセールで買って、そのまま積んでたやつ。結構前のゲームをほぼそのまま移植したやつだけど侮れない。ベストセラーはいつだってベストセラー。
イヤホンをつけて、音量を上げて、指の体操。うん、準備OK
「やるぞ〜」
独り言もそこそこにして、意識がゲームに埋没する。このゲームはハクスラ系のFPSで──?。
「……なに?」
怪訝と画面から顔を上げると……揺れた。私だけが揺れたんじゃない。地面が揺れてる。森が揺れている。木々がざわめいている。きょろきょろと見回すうちに、地面はまた揺れる。
「なにこれ……」
ズン、と地響きがする。遠くない。おかげで方向が分かっ──!?
ベリアルを掴んで、近くの草むらに飛び込んだ。私とベリアルくらいなら隠してくれる丈がある。
「──にんげんだ」
足音に隠れない声は、まるで地を這う雷鳴のようだった。
「ひひ、おいでえ」
絶対に出ちゃいけない。見つかったらいけない。見て分かる事実。私は懸命に息を殺し、足音からどうにか遠ざかろうとして──結局見つかってしまった……!!
「ぎゃははははまてぇぇぇ」
子どもみたいな声をあげて、楽しげな足音が迫ってくる。正直、歩幅や速度から考えてもう捕まってもおかしくない。
「遊ばれてる!」
確実にそう。きっとこの巨人みたいなのは、人を見つけてはこうして追いかけて遊んでいる。あのアクセサリーも成果物だ。
「ベリアル! まだ!?」
小脇に抱えたベリアルから反応はない。うんともすんとも言わない。
「ひひひひひひははははは!!」
一際大きな音が後ろから聞こえた。目の前が一瞬前より暗くなる。嫌な予感、走りながら上を見上げるとそこに巨人がいた。うつ伏せで降ってくる。背の低い木とか枝をなぎ倒しながらのボディプレス。
「やば──!?」
走って逃げる。いやもう逃げるしか無い。せっかく変身できるようになったのにこんなのあんまりだよ!! 必死に範囲から逃げようとして。
「うびゃ!」
巨人の落ちてきた衝撃に吹き飛ばされた。地面を転がる。膝も肘も擦りむいたし、制服もぼろぼろ。あーもう。散々だ。
「……潰されなかっただけマシっ……!!」
巨人と目があった。うつ伏せになった巨人の目が私を見て――口が開かれた。生臭く、腐敗の臭いがする
逃げる暇を与えられてない。逃げる暇がない。相手の方が早い。
────逃げられない。
絶望は、すぐそこに。
「待たせたな」
──に
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