第25話 魔法少女と決着と帰路



「ココの必殺技、すごかったね!!」


 興奮した私に、ココは照れたようにはにかんだ。


「ありがと。ちょっと……すごく? ともかくグロテスクだけどね」


「そうかな。かっこいいと思うよ。私は基本殴ってドーン!だけどココのはテクニカルさがあるっていうかさ」

 

「私なんてまだまだ。ミハのがかっこいいよ。連続必殺技かっこよかった。普段も必殺技口上も気合入ってるしさ。炎も綺麗だし、ガントレットも力強くていい」


「そ、そう? えへへ」


 謙遜した後、急にベタ褒めしてきたからちょっとどもっちゃった。ずるいな。普通に嬉しくなっちゃう。ちょっと舞い上がっちゃいそう。


「そうそう。やっぱり先輩は違うな」


「先輩!? おお……後輩ができたよ、ベリアル」


 先輩か〜〜。魔法少女の先輩。なんだかとってもいい響きだ。


「ふん……。分かっているじゃないか。あれじゃあ、まだまだだ。もっと魔法少女として洗練されなきゃな……」


 すごい上から目線するね、ベリアル。張り合っちゃって。


「その衣装だって──」


「やっぱりココの衣装、可愛いよね!? さっきは一瞬だったけど近くでちゃんと見ると更に可愛い!」


 そう、その話がしたかった。したくてウズウズしながら隙を狙ってたくらい。


「フリル満載なのはもちろんなんだけど、このスカートとガーターベルト! めちゃくちゃえっち可愛いよね……。足が細くて白いから赤と黒のコントラストが完璧っていうか。正直、私だけに見せておいてほしい。こんなの他の誰かに見せたらだめだよ? ね? 約束して」


 思わず手をとって、戸惑うココにお願いしていた。じーっと見つめる。


「ね?」


「え、ええ……? 別に見せびらかす気はないけど……」


「あ!? ミハの方が可愛いが!?」


「なんで急にベリアルがキレてるの?」

   

「だって……ミハのが可愛いもん……!!」


 今度はこっちがびっくりさせられる。急に幼児化されたら誰だってびっくりするでしょ。子どもみたいに駄々をこねるベリアルに視線も意識ももっていかれて、ココの手がすり抜けた。


「おっと、負け惜しみですか?」


「なんだぁ……てめぇ……」


 空中で不可視の火花が散った。


「後から人のところに割って入ってきて、大きな顔するんじゃあないぞ。恥を知れ恥を」


「別に貴方の所有物ではないではないですか。それに、貴方には貸しがあったはずです。私が料理に裁縫のスキルを教えたからこそ動画の再生数も伸びてるんでしょう?」


「ぐ、ぐう……!」

 

「喧嘩やめなよー。ほら同じ悪魔なんだから」


「ミハ、同じ人間なんだからって言って喧嘩やめると思うかな?」


 確かに。でも私としてもベリアルに是非是非聞いておきたいことがあるので怯まない。にっこり笑って、尋ねる。

 

「それはそうと動画ってなに?」


「…………………………あの、その…………」


「ああ、なんとミハ様に伝えてない? 嘆かわしいなぁベリアル……。それでも悪魔の中の悪魔かい? 契約の基本を忘れたのかい? まったく……」


「く、ぐぅ……」


 人って、自分の正当性の無さを煽られるとこんな顔になるんだ……。あっ、悪魔だった。


「詳しいことは、家に帰って聞こっか」


 私も矛を収める気はさらさら無いんだけど。

 もう夕暮れが終わって、夜が来つつある。魔物の影響も消えて、人の気配も戻りつつある。ここは話すにはあまり適さない。


「クゥン……」

 

 そういう顔してもだめです。可愛くないし。


「今日の晩御飯何にする?」


「あーー……。何にしよっか……。デリバリーの一覧見て決めようよ」


「いいね。そうしよう」


「いえいえ。是非、私に調理を。ベリアルの師匠として腕を振るわせていただきたい」


「あ”!? もう俺は、超えてるが!!」


 

 ◇ ◇ ◇



 去りゆく2人と2体の背中を、物陰から見つめる熱い視線があった。

 うっとりと白い頬をほんのりと赤らめて、大きな青い瞳を潤ませる少女。歳は、ミハやココとそう変わらないように見える。繁華街には浮く、どこか上品さのある学校のブレザー。チェックのスカートは長く、膝の辺りまでを隠している。ブレザーを押し上げるのは、ミハよりも大きな胸、足元を見るのも大変だろう。絹糸のような艶のある金髪は、俗に言う姫カットで顔の周りで切り揃えられている。後ろ髪は背中を通り越して尻を覆い隠すほどに長い。

 

「…………ベリアル様」

 

 いや、その目が見ていたのは、ベリアルだけだった。

 ずんぐりむっくりな黒い背中をじっと見ている。他のものは何一つ入っていない。そういう熱量を秘めていた。


「ああ……、こんなに近くで見ていられるなんて……。動画で見た通りの神々しいお姿……」


 大きな瞳の端からほろりと一滴、涙が溢れて頬を伝った。


「モノレールから次にラブホテルに入られた時は、気が狂って、喉を掻きむしり、引き裂きそうになりましたが……」


 言葉の通り、細く白い喉には赤いミミズ腫れが十本あった。


「なるほど。なるほど。動画の撮影でしたか……浅ましいわたくしを許してください。ベリアル様……」


 膝をついて頭を垂れる。許しを請うように、少女は、涙で頬と道を濡らした。

 ……もちろん、ベリアルは彼女を認識していないので許しの言葉も何も無いが。


「俺が調理をする! ミハの体を作るのは俺の手料理だ!!」


 通りに響いた声に、びきりと少女の額に青筋が浮かんだ。


「───────ましい」


 何かしら呟くとゆらりゆらり少女の体が立ち上がる。まるで幽鬼のような足取り。金髪が顔の前にすだれのように垂れて表情を隠した。改めて桜色の唇が言葉を作る。


「──うらやましい」


 ねとりと、どろりと重たく粘着質な言葉がずるりと唇から落ちた。


「うらやましいですわねえ……」


 酷く甘い。なにより甘い。そして、なにより暗い。少女の中で熟成された嫉妬の念。実態があり質量でもあれば津波のようにベリアルを呑み込もうと押し寄せるだろう。


「うぐ!?」


 遠くでベリアルが背筋を震わせ振り向いた。


「ベリアル? どうかした? 風邪?」


「あ、いや、気のせいだ。後、悪魔は風邪を引かない」


 質量が無くともベリアルの背筋を震わせる事ができた……のだが嫉妬に燃える少女の視界、自身の髪で隠れていて気づかない。非情に間が悪かった。


「分かるよ、その気持ち」


「誰?!」


 少年の様な声がした。少女が振り返るとそこには路地がある。暗い路地には、人影はない。

 ──そう、人影はない。


「やあ。いい夜だね」


 夕日が消える。夜の時間が来る。夜の闇の中、ぽつんと浮かぶものがある。

 それは、黄色くずんぐりむっくりとしていて、翼と尾を持ち、宙に浮いている。

 そして、なによりベリアルとアスモダイに似ていた。


「貴方様は……!!」


「僕と契約しようよ、エミリア・サンダーソニア。君の願いを叶えるために」


 闇の中で、それは笑った。


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