第26話 魔法少女と動画と原作

 


 ミハ家のリビングにある大型ディスプレイで、見覚えのある映像が流れていた。

 夜の街を駆けるベリ☆エルになったミハと、血飛沫を浴びた上半身裸のきりりとつり上がった凶悪な目付きをしてる殺人鬼。

 確かこれは殺人鬼の一体で、なんだっけ──あっ、そうだ。殺人鬼ホッパースタンプ。通りすがりの人を蹴り殺すことに執着する殺人鬼。これが普通の殺人鬼じゃなくて、何かと思えば体を義体サイボーグ化してたんだよね。特に、殺人に使う足にかなり金をかけてて、ミハ並みに早いし、バッタみたいに飛び跳ねて逃げ回るし、蹴りも凄いし。私も殺されかけるし。

 普通に魔物の影響を受けただけじゃないからほんとに危なかった。そのおかげでスピード感のある映像は、かなりスリリング。

 

「あっ」


 丁度、ディスプレイで私が悲鳴あげてる。ビビってるし、涙目。ここは映さないでよ。コメント盛り上がってるのムカつくな……。涙ぺろぺろじゃないし、ざまーじゃないのよ。まったく。野菜スティックのキュウリとってマヨネーズをつけて齧って苛立ちを抑える。


「ココスキポイント」


「アスモダイ?」

 

「けしからん動画ですね。削除依頼出しましょう。ええそれが良い。そもそも無許可ですしね」


「やめて! これ結構回ってるんだから! 再生回数!!」


 神妙な顔のアスモダイがどこからか取り出した端末を操作するのに、ベリアルが情けない悲鳴を上げた。おもしろ。キュウリの次……にんじんにしよう。

 というか無許可なんだから消されて当然じゃない?

 そうこうしてると動画が再生し終わって、自動再生が次の動画に向かう。へえ、お料理動画もあげてるんだ。普段と声が違う? 声真似してる?

 

「……それで、これをベリアルが投稿してるの?」


 ぼーっと見てるとミハが静かに言葉を作った。ひえ、こっわ……。


「ええ、ミハ様。デビチューブにて、ベリアルが運営するチャンネル、ベリ☆エルチャンネルでございます」


 ベリアルの代わりに、アスモダイが嬉々として語りだした。


「主なコンテンツは、魔拳少女ベリ☆エル、つまりミハ様の戦闘映像。次に声真似お料理動画。最後に一番回っていないゲーム実況になります」


「回ってないは余計だ、アスモダイ」


「失礼。私もチャンネルのおかげでマイアイドルに出会い、こうして会うこともできているので、チャンネルの存在自体には感謝していますよ」


「う、うむ……」


 不機嫌なベリアルも心のこもった感謝の言葉カウンターを食らうと戸惑ったような顔をした。


「しかし、事実は事実ですので」


「ぐ、ぐう……」


 今度は、ぐうの音も出なかった。


「……ねえベリアル?」


 ディスプレイに流れる動画を見つめながら言葉を作るミハの声は、とても冷たくクール。


「あっ、はい」


「……チャンネル名を私に名乗らせてるの?」


「…………あ、いえその……」


「ベリアル?」


「はい…………。そうです………」


 うわ、おもしろ。動画どころじゃなくなった。私たちの前で、「そう……」と呟いて、ゆっくり手元のグラスを傾けた。

 気まずい沈黙の中、ベリアルの声真似が響いてる。当事者だとしたら嫌すぎる。


「何か言うことがあると思うんだよね」


「……黙っててごめんなさい………」

 

「はい。よろしい」

 

 謝ったのと同時に、ミハが纏っていた怒りの空気が霧散した。ベリアルがほっと胸を撫で下ろした。

 

「ところで私のやつもチャンネル名とかじゃないわよね」


「もちろん違いますよ。私は見る専門ですから」


「じゃあよし」


 ……よしか? ほんとに? 首を捻って考える。いや、良くないよ。


「ところでこんな風に動画で私たちの活動公開しててもいいの?」


「むっ、ミハ。そこは問題ない。このデビチューブは、悪魔専用回線でしか接続できない。アカウント作成も必須だし、ダウンロードもできない。機密の保持は完璧だ。心配無用。絶対安全。完全無欠。だめだった時は桜の木の下に埋めてもらっていい」


「まあ、ベリアルがそこまで言うなら……」


 そこで、ミハの視線がすすっとアスモダイに移った。堅揚げポテトうまっ。

 

「見る専のアスモダイさんもそう思う?」


「ベリアルは兎も角、デビチューブのセキュリティは結構しっかりしてるので、不祥事はほとんど無いです」


「そっかな……ほとんど?」


 アスモダイ、さん付けなんだ。ぼーっとベリアルのゲーム実況を見流す。やってるのは、陣地を塗ったり相手を塗って倒すタイプのFPS。このシリーズも末永い。うーん、それにしても。


「下手だね」


 そこの角飛び出したらだめ……よしよし、よく見てね。ボムよく避けた。あ、そこは──あーあ、死んじゃった。


「手厳しいな……どうすればいい?」


「ふふ、知りたい?」


「ああ。原作でもココは、こういったゲームが得意だった。一度聞いてみたいと思っていた。渡りに船だな」

 

 授業料、高いよ? と言おうとして、引っかかる言葉が聞こえた。


「……原作?」


「……あっ」

 

「『あっ』てなんだ。原作ってなに?」


 しまったとベリアルの顔に、太く濃ゆく書いてある。これ絶対私が聞かされてないやつじゃん。

 そういえばさっきの動画にもちらほらあった気がする。原作とかけ離れてるとかほぼ原作陵辱じゃんとか。意味分かんないからスルーしてたけど。絶対聞いておいたほうがいい気がする。

 

「呆れた。伝えてなかったんですか?」


「ああ……。そっかもう隠す意味ないよね」


 って、知らないの私だけじゃない!! キッとベリアルを睨む。


「へへっ……」


「何笑ってんのよ」


「ッス……」


「詳しい話、聞かせてよ。うんん、聞かせてもらう。絶対ね」

 

 無理矢理にでも聞かせてもらうんだから。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る