第24話 魔砲少女とスライムと必殺技


「すご……」


 思わず、感嘆の声が溢れていた。

 ミハの叫びと同時に、スライムが地面方向へぐしゃりとひしゃげたのを私は、離れたところから見ていた。

 もちろん、ただ見ているだけじゃない。観察している。

 ミハの立てた作戦の中で、もっとも危険なのはミハ自身。もっとも重要な役割は私に割り振られた。

 彼女の計画は至極単純明快。

 

『スライムを叩くから砕けた破片がどこに集まるかを見て欲しい。そして、その集まっているものが』


「あのスライムの核ってことね」

 

 視線の先で、スライムがミハのベリアルインパクトを受けてひしゃげていく。伝播する衝撃が体を砕き、吹き荒れる炎がスライムを焼いていく。

 あれだけでも倒せそうだな、と感じさせるほどにその光景は壮絶だった。

 ただ──、

 

「……だめだ。分からない」


 分からない。砕けた傍からスライムが結合していく。総量は減っているかもしれないけれど、目に見えて減っているようには見えない。

 どこに核があるのかまだ見極められない。

 

「っつ……」

 

 ミハが一旦、必殺技を叩きつけ直した反動で空中に戻った。仕切り直すつもりだ。拳銃を向けて、スライムがミハに伸ばした触手を撃ち抜く。

 たんっと軽いバックステップで、ミハが私の近くに来る。がしゃんと重々しい音をたてて、ミハの右手のガントレットからパーツが外れた。スライムに溶かされて脆くなったパーツを外して、ひと回り小さくなる。


「もう一回!」


「援護するよ」


 直後、だん!っと舗装にひび割れを作るほどの踏み込みでミハがスライムへと走り出す。

 その道を遮ろうとスライムも触手を打ち出す。巨木ほどに太い触手が柔らかそうな見た目を裏切るような暴力性を伴って打ち付けられていく。道もただじゃすまない。

 好き勝手破壊して……!! 撃って撃って撃ちまくる。弾いて弾いて弾きまくる。


「砕けろ、スライム野郎!」


「マイアイドル、テンションが上がると口調悪くなるんですね」


 しまったゲームやってるときの癖が出た。これで何か幻滅したりしないわよね……。もらってる力ではあるから悪魔の機嫌次第なところがある。それはちょっと怖い。


「素敵です……。新たな魅力発見ですね……」


「ああ、そう……」


 悪魔たちのことがよく分からない。今度、ミハに相談しよう。


「相談するならここを切り抜けなきゃね……!」

 

 そうこうしている内に、スライムの懐に大きく、ほとんど触れてしまいそうな距離まで潜り込んだミハが2回目のベリアルインパクトを発動した。

 

「ベリアーーーール!!」


 打ち上げるような姿勢、アッパーの構えだ。え、それ行けるの? ほんとに? ハラハラする私の前で、ミハが叫ぶ。


「インパクトォ!!!1」


「やった……」


 呆然とする私の前で、強烈な激突音と共にスライムが大きく浮いた。しかもそれだけじゃない。


「はぁぁぁぁぁぁぁああああああああああああ────!!」


 ベリアルインパクトの吹き出る炎を推進力に、そのままスライムを浮かせ続ける。それに僅かだけど高度も上がりつつある。この状況を実現させるために上昇した出力により吹き出る炎がスライムを焼き焦がす。今までにない攻撃に、スライムは悲鳴代わりに空中で体をよじらせていた。

 間違いない。今のミハは、全身全霊を振り絞っている。

 だったら、私だって答えなきゃいけない。


「!! あれだ!!」


 ベリアルインパクトに、大きく弾き飛ばされた大きな破片に元の本体が急いで触手を伸ばした。他の破片も釣られてそっちに向かっていく。

 小さな半透明の球体が中央に浮く破片、間違いない。あれこそ核だ。


「では、必殺技を!」


 高らかに、歌い上げるようにアスモダイが叫んだ。


「早く!」


 ミハの努力に報いるために、彼を急かす。


ワン! トゥー! スリー! 


 小さな指を1、2、3と刻んだ。直後、かざした2つの銃口それぞれの前に、変身の時と同じ魔法陣が3つ、三角形の頂点になるように現れた。


悪逆幻想アスモ・エレメント装填セット!」


 三角形が立体を作る。魔法陣から伸びた光が空中で交わって、三角錐になった。無数の三角錐がその表面から突き出して回る。


「汝ら、厚顔無恥の醜悪なるもの! 今すぐ我が愛の前より去るがいい!!」


 愛、愛かあ……。微妙な顔を浮かべそうになったのを堪えて、ふっと、まるで知っていたかのように浮かんだ言葉を放つ。 


悪逆弾頭アスモダイ群れなす牙トライアングラー!」


 私の声を合図に、悪逆弾頭アスモダイ群れなす牙トライアングラーは、まず三角錐から生えた小さな三角錐を射出していた。それがスライムの核を空中で捉えた。

 正二十面体が空中に浮かんだ。パチンパチンと内側でスライムが逃げ出そうと虫籠の中の虫のように無意味に跳ねている。


「──シュート!」

 

 一言で現すなら飛翔する鈍器。高速回転する三角錐は、自ら作った正二十面体と中に捕らえた核を貫く寸前で真っ二つに裂けた。裂けたんじゃない、まるで生き物みたいに口を開いた。三角錐は口の中の無数に生えた三角錐、つまり牙で正二十面体ごと喰らいつくとその場で咀嚼。断末魔すら放てず核は粉々、いやそれ以下になるまで粉砕された。


「ええ……」


 ドン引きする私の前で、最後にトドメとばかりに三角錐が白い光を放って、爆発した。後には欠片も残らない、完璧な消滅。文字通りの必殺技だった。

 私の必要に完璧に応えてるけど生き物には絶対使えないな……。

 なにより、これってほんとに魔法少女名の技? 夢も希望もないよ。

  

「……あっ、魔少女だったっけ」


「毎アイドル……お見事……ブラボー……エクセレント……」


 アスモダイは、感極まってハンカチで目元を拭いてる。これでいいの? ほんと?

 

「ま、いっか」


 倒せたわけだし。


「ココ!」


 声の方を見ると手を振りながらミハが笑顔で走ってきていた。元気そうな姿にホッとする。

 ミハの背後で、力なく地面に広がったスライムが蒸発するみたいに徐々に体積を減らしていっていた。よかった。ちゃんと倒せてる。

 これで私も魔物を倒せるようになった。

 ……父さんの役に立てるかな。


「よかった!!」


 今は、それよりも。


「私のセリフよ」


 興奮で上気した顔で私を抱きしめるミハに、応えたい。


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