第7話 ぼっちと悪魔と秘密の話
「────ということです」
「…………なるほど」
黒霧ミハの話が一区切り付いた時、私たちは教室棟の一階まで降りていた。既に実習棟は回ってる。問題なし。教室棟も今の所異常なし。魔物の姿もなく校舎が緑色なくらい。だからこうして雑談しても問題なかった。
「絶対変な人だと思われてる……」
「思ってないよ。助けてくれたじゃない」
ちょっと嘘をついてしまった。
でも悪魔の力で変身して、魔物と戦っているだなんて変だと思わないのが難しい。
「……優しい」
想像の数倍チョロい。私はただのクラスメイトなのに、聞いてみれば簡単に話してくる。この辺、やっぱり素人。嘘をついてる様子もない。ド正直。
だからこそ分かった。ほんとに何かに巻き込まれただけなんだ。
多分、巻き込んだのは……。
「それで、その腰のが……」
「あ、そうそう。ベリアル、ベリアルも挨拶したら?」
腰のベルトに引っ付いているマスコットをミハがぽんぽんと叩く。するとぽんっとマスコットがベルトから飛び出して、見慣れた紫ナスに姿を変える。
「俺は、悪魔の中の悪魔、悪徳の為の悪徳、地獄の悪魔にして二次創作の悪魔、ベリアルだ。よろしく頼むぞ、白銀ココ」
ああ、なんか悪魔っぽ……二次創作の悪魔ってなに?
「は、はい……。よろしくお願いします……」
突っ込まないでおこう。面倒くさそうだし。
(そんなに面倒くさがるなよ。寂しいな)
っ! 頭の中に声!? それにこの声……!! 思わずベリアルを凝視する。するとクククと声を出さずに笑っている。
(色々バレたくないんだろう? 表情は押さえた方がいい)
誤魔化す? しらばっくれる? いやこの言葉自体、確信があったからだ。それにこの思考自体読まれているに違いない。
「? どうかしたの?」
「い、いえ。なんでも無い」
「……ベリアル?」
首を傾げる黒霧ミハは、私の問題ないという素振りを見るとベリアルを咎めるように目を細めた。面倒くさい……! 気にしなくていいのに!
「ほんとに大丈夫。私が少し驚いただけだから」
「そっか。じゃあ、先に行こう。あんまり離れずついてきてね」
ふよふよとベリアルがミハの方へ戻っていった。そのまま私たちの歩みが再開する。ベリアルとの会話も一緒に途切れ……。
(ククク。庇ってもらって悪いな)
途切れない。続いていた。
わざわざこうやって内緒話をしてきたってことは何か用でもあるの? どうせ私の頭の中は筒抜けなんでしょ。
(うむ。一つお願いがある)
お願い……? 嫌な予感がする。だって悪魔だし。
(悪魔差別だぞ)
知らないわよ。悪魔にあったのなんて今日が初めてなんだから。事前にマニュアルでも配布しときなさいよ。
(むっ……。次回までに作っておこう)
いらない。話進まないから早く本題に移って。
(分かった。では……)
溜めもいらない。そう言いつつも自然と唾を呑んでしまう。一体どんな要求が……。
(ミハと友達になってほしい)
…………。
(? 聞こえてなかったか。ではもう一度言うぞ。ミハと──)
いや大丈夫。聞こえてる。え? 本当にそれが要求? 私のことをバラさない代わりの要求がそんなこと?
(誰もそんなバラすとかバラさないとかなどと言っていないが)
それはそうだけど普通、こんな場面でそんな変なお願いは出てこない。悪魔っぽくない。
(白銀ココ。悪魔観に偏りがありすぎる。これからの時代の悪魔はもっと柔軟なんだ。人間側も柔軟に対応してほしい)
ああ、そう……。努力する。
(助かる)
それで?
(うむ、俺は推しに幸せでいてもらいたい)
推し? 推し……? ああ、好きってこと?
(あまりストレートに言ってはいけない。デリケートな問題だ。とてもデリケートだ。軽率な発言は身を滅ぼす。気をつけたほうがいい)
そ、そう……。声の調子は変わらないのに、一瞬圧が増した気がした。
(だから報告せずに、ミハと友だちになってくれ)
(友だち?)
想定外過ぎて聞き返してしまった。なにそれ。それがあの子の幸せに繋がるの?
(ああ)
……従わなければ?
(ククク……)
含みのある笑い声が返ってきた。
ああもう……分かった。友達になれるかどうかは分からないけど報告はしない。黙っとく。これでいい?
(助かる。今後とも末永くよろしく……)
え? 末永く?
「教室棟は外れっぽいね」
どういうこと?とベリアルを問いただそうとした時、ミハの声で我に返った。しょうがない。今は、やるべきことに集中する。
一階の端から端まで見て回り、グルっと回って正面のエントランスまでやってきた結果、教室棟も外れだった。結構時間掛かったのに。
動いてるものが私たち以外居ない。教室も図書室も生徒会室も職員室も緑色なだけね。
吹き抜けのエントランスを見上げると私たちが通ってきた廊下とその向こうの天井が見えた。緑なこと以外静かなもの。
「残ってるのは体育館だけだね」
後、残っているのは、体育館。そこに緑の原因がいるはず。教室棟にいないんだからいてもらわないと困る。
こういう魔物の作った世界って、ほとんどもう胃袋の中みたいなもの。だからすぐに襲って消化してしまえるし、なんなら早ければ早いほどリソースの消費も少ない。
なのに何も起こらない。現れない。
一回倒された影響か?
──倒した。あのガントレットで、私を襲ったのも殴って倒したのかな。見れなかったから断言はできない。ただ他に武器らしいものも見当たらない。そうなると黒霧ミハは、あれで殴って魔物を倒せる。
恐るべき能力だ。私みたいな木っ端だと魔物を倒すなんて周到な準備がいる。銃も護身用に過ぎない。魔物を怯ませるのがせいぜい。
ちゃんと準備して、武装して、作戦を練らないと倒せない。
だから素直に羨ましい。私にもあの力があれば…………。
「ミハ、ココ」
「どうしたの、ベリアル」
私が考えに耽っているほんの数秒の間に何か進展があったらしい。自分の中からミハとベリアルの方へ視線をやる。
「悩む必要は無さそうだ」
ぷかぷかと浮かぶベリアルが指す方を見る。体育館へ向かう方の通路でいつの間にか跳ねているものがあった。さっきまで何もなかったのに……。
「バスケットボール……?」
いつの間にか現れたバスケットボールは、誰もいないのに独りでにドリブルされている。バウンド、ストップ、バウンド、バウンド、バウンド……。
ドリブルを繰り返した後、私たちの視線に気づいたのかそれとも気づかせたのか。分からないけどバウンドしながら私たちの前から去っていった。
不気味だ。なにより誘われているように感じる。明らかに罠の臭いがする。それでも目の前に現れた手がかりに食いつかずにはいられない。
「2人とも、追いかけろ。あのボールの先に居る。間違いない」
ベリアルはどうやら私たちよりも先が見えているらしい。流石悪魔というところだろうか。言われたミハが私を見る。答えるように頷いた。
そのままバスケットボールの消えていった方へ追いかけた私たちの前に広がっていたのは、体育館。
運動施設として普段は生徒に解放されている。クラブ活動や授業でも使われるし、併設されてる講堂だと講演会とかあったりする。その広々とした体育館が私たちの前に広がっていた。
ただやっぱり緑一色。
その体育館の中心で、バスケットボールがドリブルされている。床を打つ衝撃が体育館中に伝播している。
低く、重い音。
私を襲ったのと同じ人型がドリブルしている。
「ほんとに罠じゃない」
もう笑うしかない。だって10人もいる。それに体育館の応援席にも同じもの並んでいる。まるで試合中。そう普通に試合中であればよかった。
ただ、全員がこっちを見てなければ。ゾッとしない。つい後ずさってしまう。演技でなく自然と。
「──ココ。大丈夫、私が居る。私が君を守るよ」
私の前に、ミハが出てくる。私よりも少し低い背と背中。その肩はかすかに震えていた。
なにそれ。なによそれ。私は、湧き上がってくるものを抑え込んで、オブラートでぐるぐる巻きにした言葉を放った。
「ありがと、ミハ」
──ああ、なんて眩しい。
(そうだろう。そうだろう。分かる……)
うるさいよ……。
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