『折り紙おじさん』
九傷
『折り紙おじさん』
学校へ行く途中の小道には、少し変わった人がいる。
その人は、ブルーシートを広げ、その上に折り紙で折った作品を並べているのだ。
どうやら、それは売り物らしく、一作品100円で購入が可能らしい。
しかし、それらの作品が売れていくのを、私はまだ見たことがなかった。
「うわ、またいるよ……」
おじさんを見て、近所の女子高生が凄く嫌そうな顔をして距離を取る。
通勤途中のサラリーマンや主婦達も、それ程あからさまではないにしろ、やはり同じように距離を取っていた。
そんな中、私はとくに気にすることもなく、普通にそこを通過する。
すると――
「おはようございます」
「っ!? おはよう、ございます」
急に声をかけられ、思わずビクリと跳ねてしまった。
まさか、声をかけられるとは思っていなかった。
「…………」
おじさんはそれっきり、何も言わずに黙り込んでしまう。
私は、軽く会釈をしてその場を離れた。
一体何だったのだろうと思ったけど、私はあまり深く考えずそのまま学校へ向かうことにした。
◇
「ちょっと亜季! さっき見たよ!」
「見たって、何を?」
「『折り紙おじさん』に話しかけられてたでしょ! ヤバイって絶対!」
……一体、何がヤバイのだろうか?
ただ話しかけられただけで、別に何かされたワケじゃないのに。
ちなみに、『折り紙おじさん』とはさっき私に話しかけてきたおじさんの通称である。
折り紙を売っているから、『折り紙おじさん』。
まんま過ぎるけど、あのおじさんを形容するにはぴったしの名前だ。
「別に挨拶されただけだよ?」
「何それキモイー!」
挨拶されることの何がキモイのか、私にはわからない。
「なんでキモイの?」
「……亜季、アンタ相変わらず不思議ちゃんだよね。あんな怪しいおじさんから挨拶されたら、普通キモイでしょ」
……どうやら、私の感性は普通ではないらしい。
私から見れば、あのおじさんは折り紙を売っているただのおじさんだし、そのおじさんから挨拶をされたって、近所の人に挨拶をされるのと同じ感覚であった。……急に挨拶されたのには、少し驚いたけど。
「とにかく、あんな危ない人に近付くのはやめなよ! アンタ、可愛いのにちょっとボケーっとしてるから、下手すると攫われたりするよ?」
「いや、流石にそれはないでしょう」
確かに私はボーっとしていることが多いけど、別に意識が希薄だったりするワケじゃない。ちゃんと周りは見れている。
だから、いきなり攫われたりするようなことはないハズだ。
「ありそうだから言ってるの! 普通の人は、あんな怪しい人に近付いていったりしないんだからね!?」
そうは言っても、私にはどう見ても怪しくは見えないので困ってしまう。
まずは彼女達の言う怪しいの基準を教えて欲しい。
(……ひょっとして、あの作品が何か怪しかったりするのかな?)
確かにいつも通り過ぎるだけで、作品自体はちゃんと見ているワケじゃない。
もしかしたら、何か卑猥だったり禍々しい作品が飾られているのかもしれない。
(ちょっと、確かめてみようかな)
◇
夕ご飯を食べ終え、私は外出の準備をする。
「あら、どこかに行くの?」
「うん。コンビニに行ってくる」
「そう。気を付けて行ってらっしゃいね。あなた、ボーっとしているから変な人に近付いちゃ駄目よ?」
「……はーい」
少し複雑な気分になりつつも、私は一応素直に返事を返す。
まさか、お母さんにまで友達と同じような注意をされるとは思っていなかった。
やはり、素直に目的を言わなかったのは正解だったようだ。
「いってきまーす」
「いってらっしゃーい」
家を出て向かう先は、もちろん例の小道である。
目的は、あのおじさんの作品がどういうものか確かめるためだ。
本当は学校帰りに寄れたら一番だったのだが、残念ながらあの時間帯は友達だけでなく沢山の学生達の目があった。
それを避けるため、こうしてわざわざ夜になってから見に来たのである。
(問題は、まだ店を開いているかだけど……)
時刻は19時過ぎ。辺りはもう真っ暗である。
普通に考えれば、もう引き揚げていてもおかしくない時間であった。
ただ、あのおじさんは暗くなってからも目撃報告があるので、まだいる可能性は十分にある。
それでも少し不安になった私は、小走りで小道へと向かうことにした。
(おじさんは……、って、もういないや……)
小道の街灯の下、『折り紙おじさん』の定位置には、綺麗に畳まれたブルーシートだけしかなかった。
残念ながら、おじさんはもう帰ってしまったのだろう。
(まあ、確認するなら明日でもいいか……)
また友達に注意されるかもしれないが、朝確認することにしよう。
そう思い、私は来た道を引き返そうとする。
「っと」
すると、いつの間にか私の後ろに立っていた人にぶつかってしまった。
「すいませ……」
謝ろうとしてその人の顔を見ると、私は完全に固まってしまった。
その人の目が、なんだかとても気持ち悪く見えたからだ。
ざわざわとした怖気が背中を走る。
ほとんど無意識に後ずさると、その人はそれに合わせるように一歩前に出た。
なんだろう……、なんだかとても、気持ち悪い……
「あの……っ!?」
私が口を開こうとすると、それを塞ぐように手が押し付けられた。
ここまでされたら、鈍い私でも流石に気づく。
ああ、これが本当に、危ない人なんだと……
その人は素早く私の背後に回り込み、抱きかかえるように腕を拘束した。
その力は強く、私の力では振りほどくことはできそうにない。
手に噛みつこうと思ったけど、口を押えられているとそれもできそうになかった。
漫画やドラマでは、みんなそうやって抜け出していたのにな……
「はぁ……、はぁ……」
荒い息が耳に当たり、とても気持ち悪い。
体をまさぐるような手つきも、腰に押し当てられた下半身も、何もかもが不快だった。
今さらだけど、変な人に近付くなという母の言葉を、もっと真面目に受け取るべきだったかもしれない。
少なくとも、あのおじさんに近付こうとしなければ、こんなことにはならなかっただろうから……
「っ!?」
その時、藻掻く私の視界に、ボサボサ頭のおじさんの姿が映る。
幽鬼のように立つその人は、例の『折り紙おじさん』だった。
そのおじさんが、ゆっくりとこちらに向かって歩いてくる。
その手には何かカメラのようなものが握られており、私達を撮影しているようであった。
まさか……、おじさんも、共犯!?
(た、助け――)
口を押えられながらも必死にそう叫ぼうとした刹那、おじさんが腕を振りかぶるのが見えた。
そして次の瞬間――
「ぎぃあぁぁぁっっ!!」
叫び声とともに、腕の拘束が弛む。
その隙を突いて、私は変質者を突き飛ばし、走り出す。
そしてほとんど無意識に、おじさんの背後に隠れていた。
「……もう大丈夫。俺が、守るから」
「は、はい!」
私を見つめるおじさんの目は、純粋そうで、とても綺麗だった。
やっぱり私には、このおじさんが危ない人だなんて思うことはできない。
「ぐっ……、お前、何をした……」
変質者は、右目を押さえてうずくまっている。
その足元には、やけにカラフルな何かが落ちていた。
(あれって、手裏剣……?)
よく見ると、それは折り紙で折られた手裏剣であった。
どうやら、おじさんはそれをあの変質者に投げつけたらしい。
「しょ、傷害だ……。訴えてやるぞ……」
「それはこっちのセリフだ」
そう言っておじさんがポケットから取り出したのは先程のカメラ……ではなく、なんとスマートホンであった。
「写真は撮った。これを提出されて困るのは、そっちだと思うぞ」
「ぐっ……、クソっ!!!」
それを見た変質者は、慌てたように荷物を抱え、走り去ってしまった。
辺りは真っ暗なので、街灯の下から出るとあっという間に見えなくなってしまう。
「ふぅ……」
おじさんはそれを見送ると、肩を落としていつもの猫背に戻った。
「……夜に一人でこんな所歩いちゃ駄目だ」
「は、はい……。その、助けていただき、ありがとうございました……」
おじさんが助けてくれなければ、私は今頃どうなっていたかわからない。
今になって恐怖がこみ上げてき、僅かにふるえが走る。
……だというのに、私にはそれ以上にどうしても気になることがあった。
「おじさん、スマホなんて持ってたんですね」
私がそう言うと、おじさんは少しびっくりしたような顔で私のことを見てくる。
私、そんなに変なことを言っただろうか?
「俺は、おじさんって年齢じゃない。これでもギリギリ10代だよ」
「え、ええぇぇ!?」
本日一番の衝撃だった。変質者に襲われたことよりもである。
「そ、そんなに驚くようなレベルか?」
「お、驚きますよ。だって、髪も髭もボサボサだし、猫背だし」
「そ、そうか……」
私がそう言うと、おじさん、もといお兄さんはシュンとしてしまう。
そこまでショックだったのだろうか。
「もしかして、だから人に避けられるのかな……」
「た、多分……? あと、折り紙売ってるのも、友達は変だと言ってました」
「そうだったのか……」
どうやら、このお兄さんは本当に変わり者のようである。
全く、鏡を見ればすぐ気づくだろうに。
「あれ、じゃあなんで、君はいつも俺を避けないんだ?」
「え、だって、私は変だと思っていないので?」
「……そう、なのか」
お兄さんは、私の回答に対して何故か首をかしげている。
確かに、今の会話の流れで私が変だと思わないというのは、ちょっとおかしいかもしれない。
「……ところで君、こんな時間に、こんな所に、何をしに来たんだ?」
「それは、おじ……、お兄さんのお店の商品を見に、です」
「…………」
今の沈黙は、私にもわかる。自分で言ってて、私大丈夫かって思ってしまったから。
「君、よく変わっているって言われないか?」
「……言われます」
でも、お兄さんにだけは言われたくなかった。
「とりあえず、見てく?」
「……はい」
広げられた折り紙作品は、どれも何の変哲もない、普通の作品ばかりであった。
――――翌日。
「ちょっと亜季! さっき見たよ!」
「見たって、何を?」
「なんか、カッコイイお兄さんとお話ししてたでしょ!」
「……別に、格好良くないよ?」
たんに髭を剃り、髪の毛をまとめただけの『折り紙おじさん』である。
昨日彼女達が言っていたヤバイ人と同一人物だ。
「また亜季はそんなこと言って! 一体誰なのよ!?」
「……『折り紙お兄さん』、かな?」
――おしまい。
『折り紙おじさん』 九傷 @Konokizu2
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