エピローグ
前世の記憶が蘇った事とは関係なく、自分は家を出ることにした。著作権は生きているうちは切れることもないし、一生食べるのには困らないぐらいの貯蓄もある。
家では何をするでもなく日がな一日ぶらぶらしている自分に両親が小言を言う事はなかった。母親は三度の食事を用意してくれて、食卓を囲めばたわいのない会話が交わされる。そこで自分の事について、特に両親から何かを言われることはなかった。しかしそれが逆に責められているような気がして、居心地の悪さから逃げるように一人暮らしを始めたのだ。
一人で暮らせばやらなければいけないことも増える。掃除も洗濯も自分でしなければならない。食事の用意や片付けも同じことだ。家では全くそんな事をしてこなかったので、当然どうやっていいのかはよく分からない。それで最初のうちは、借りた部屋の近くにあったコンビニ通いが続いた。
二週間が過ぎた頃、自分はあることに気が付いた。近所にあるそのコンビニにいつも同じ店員がいるのだ。年の頃は多分自分と同じくらいの女の子だった。最初は学生のバイトだと思っていたが、夜だけでなく昼もカウンター内に立っている。
そうして更に三週間ぐらいが過ぎると、彼女が水曜日の夜だけコンビニにいないことも分かった。何も考えないでただぶらぶらと生きているので、どうでもいい事がらで頭の中が埋まっていく。それが不快かと言えばそうでもなかった。
その夜自分は相変わらずすることも無いので、地下鉄の駅の方へとあてもなく散歩をしていた。駅に近いところにある公園の、大通りに面したところで彼女を見かけた。そう、その日は水曜日だった。
彼女は簡素な椅子に座って、ギターを弾きながら歌を歌っている。自分はしばしその歌を聴くことにした。曲の切れ間に自分の存在に気が付いたのか、彼女は自分に向かって軽く会釈した。その後も彼女が立ち去るまで、自分は何曲も彼女の歌を聞いた。
それからは毎週水曜日の夜は、その公園で彼女の歌を聴くのがお決まりになった。彼女が歌うのは新旧取り混ぜたテレビやラジオでも流れているような曲だった。中には自分が作った曲も混ざっていた。
そこである願望が心の中で湧き上がる。既に作曲する才能は枯渇しているのにも関わらず、彼女の為に曲を書きたくなったのだ。
その夜は彼女の歌を最後まで聞かずに自分の部屋に帰ってきてしまった。自分の真ん中の方で、絞り出されるかのように旋律が染み出てくるのを感じていたからだ。
<了>
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