エピローグ

「んー、難しいな」

 林道亜美は大きく背伸びをするとコンピュータの画面に向き合った。簡単なプログラミングであれば小学生の時に習っているが、まともに覚えようとしなかった。現在はそのさらに応用の先をやろうとしているのだから簡単にはいかない。

 ただ、頭を使う楽しさは分かった。事件のお陰でさらに知名度が上がりユーザーが増えたバイオパンク。亜美はその対人戦でトップに入るところまで実力を伸ばしていた。今までの力に頼ったプレイだけではなく、既に退会してしまった1060の戦い方も研究して頭を使ったプレイをするようになったためだ。今では彼女のアカウント「あみゅーず」が「1060」のスペアなのではないかという噂も流れている。

「スペアっていう点では正しいけど」

 一度パソコンに向き合うのをやめてベッドに転がる。そしてMCCの通知を確認した。連絡先を交換した恭人から、無事に那由が回復しているというメッセージが届いている。きっと彼がついているのなら那由は安心だろうと、そんな予感があった。だから「お幸せに」という言葉だけ送っておく。

 因みに那由が使っていたアカウント名の1060というのは、おそらく10の60乗からきているのではないかと思われる。10を60回掛け合わせたその膨大な数字を日本語では「那由多」と呼ぶらしい。ネットで調べて、無機質な1060というプレイヤー名の持ち主が自分の姉であると確証を得た。


 自己を犠牲にしてまで効率よく勝ちを掴む戦い方なんて、本当は望んでいないはずだ。それなのに、環境の所為でそうするしかできなかった。険しい道を歩んできたからこそ、今度は安全な道で生きて欲しいと願う。勿論自分だって裏社会のようなところに堕ちるわけにはいかない。血は繋がらないけれど自分を大切にしてくれる両親と暮らして、普通に高校に通いながら、名前のないプロジェクトに関係するデータを片っ端から消去していく。それをやってのける自信はあった。何せ自分は破壊魔と呼ばれた優秀な少女の妹なのだから。

「え、何々? 名前のないプロジェクト解体疑惑?」

 いつもより深く潜り込んでいたネットの掲示板でそんな言葉を見つけてしまう。

「もう……そんな名前の組織なんて最初から存在しないのに、ってことにしておかないと」

 左手を首に添えて暫し考えた後、パソコンの前に戻る。

「掃除、開始」

 まずは手始めにこの掲示板に残る全ての名前を削除しよう。

 こうして亜美の新しい日常は始まった。

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