ゲームシステム暴走事件

プロローグ

 無数に連なる中でも群を抜いて天に近いビルの屋上。四方は金属製のフェンスに囲まれているが、下界は霧に覆われて見ることができず、霧が漂う空がやけに不気味だ。

 少女は周囲を見渡した後、十メートル先に立つ相手を見つめた。

 スカジャンを着たガタイのいい金髪の男。体格差は大きいが、この場においてそれは然程問題にはならない。

 どれくらいの防御力があるか、そして手に持っている拳銃の命中率がどれほどのものかが勝負の鍵となる。

 少女は自分が持っている金属製のバッドを持ち上げた。五十キロの重さを持つ武器をこの身体で扱えるようになるまで、随分と筋力を上げたものだ。


 3、2、1、スタート


 どこからか機械的な合図が聞こえてくると同時に、上空に三分間をカウントするタイマーが表示される。

 さらに二人の頭上には顔と同サイズ程度の赤い宝石のようなものが三つ浮かんでいた。

 少女は合図と同時に発砲された銃弾を軽々避けると、十メートル先の相手の懐に飛び込む。

「くっ」

 まずはバッドで腹を一突き。すると相手の頭上にあった赤い宝石が一つ割れた。体力はその程度らしい。

 残る宝石はあと二つ。これなら勝てると確かな確信を得た。

 次の発砲に備え、セーラー服のスカートを翻して距離を取る。素早さもかなり上げてきた。ちょっと高めのスニーカーがさらに俊敏さを強化してくれている。

「その程度ですか?」

「それはこっちの台詞だ」

 敢えて煽ってみると大声で煽り返されたが、それもまた勝負の醍醐味だ。

 男は再び銃を構え少女を狙って連射した。隠れるもののないこのステージで飛び道具を使われるのは怖いが、弾が掠った程度では傷つかないようになっている。これはそういう身体だ。

 それでも直撃は避けつつ相手の背を狙う。

「そこだ!」

 最後の踏み込みから一気に加速をかけスカジャンを狙う。しかし、次に感じたのは大きな痛みだった。

 身体が宙に浮いて、地面に叩きつけられる。

 一瞬何が起きたか分からなかったが、どうやら足で蹴りあげられたらしい。

 頭上に浮かぶ自分の宝石を確認すれば、既に二つ割れており残り一つ。蹴られた衝撃と落ちた衝撃でやられてしまった。

「まさか銃はフェイク……」

「ああ、俺は攻撃力に全てを注いだファイターだ。バッドと拳の殴り合いと行こうか」

 残り時間は半分を過ぎた。相手は銃を捨てて拳を構えるが自分はバッド一つで宝石も一つ。

 ただ、飛んでくる銃弾を意識しなくていいのは楽になった。

「だったらやられる前にやるまで!」

 助走をつけて相手の手前で大きく跳躍し、一発で宝石二個分のダメージを与えられる頭部を目掛けてバッドを振るう。けれど、相手だってそれを読んでいる。読んでいて腕で頭部を隠し防御の姿勢をとるのだって分かっているから……その防御の腕ごと割るような勢いでバッドを振り下ろした。

「な……っ」

 相手も、まさかこのまま突撃してくるとは思っていなかっただろう。その隙さえ命取りだ。

「私はこの一撃に全てを賭けているんで!」

 相手はあまり体力を上げていないことは最初の攻撃で分かっている。だから後は自分のバッドを信じてみた。

 このバッド一つにひたすら攻撃力を注いだのだから防御を貫通してごり押しすることだって簡単だ。

 相手の宝石が二つ同時に割れると共に、電子音が響き渡る。

『勝者プレイヤー2、あみゅーず』

 呆然とする相手プレイヤーを前に、少女は不敵に笑って見せた。


「はあ、終わった終わった」

 少女は耳に装着したイヤフォンを投げるように外すと、戦闘画面からステージ選択画面に移った自分のMCCを見ながらベッドの上で仰向けに寝転んだ。

 彼女がプレイしていたのは巷で人気の「バイオパンク_というゲームだ。

 DNAの改造が大々的に行われるようになった世界で、身体強化能力を得た主人公が生物兵器を作る悪の組織を倒してゆく……というのがメインのシナリオになっている。

 ゲーム内の衝撃や浮遊感といったものをMCCが発する電波を通してリアルに感じ取れるというのが売りだが、それだけではここまで爆発的人気は起きなかっただろう。バイオパンクが現在国内で激しい人気を博している理由は、オンラインでプレイヤー同士の対戦が出来るという点にあった。戦闘の衝撃がリアルに感じられる以上、対人プレイは倫理的に危険ではないかという意見もあるが、プレイヤーたちはこの仮想電子空間でバトルを行い勝敗を競うことに夢中になっている。

 少女もまたこのゲームの熱狂的ファンで、半年前からキャラの育成に励み今の能力を手に入れた。強化エネルギーの全てを愛用のバッドに注いだ武器頼りの戦闘型。頭脳戦はあまりしたくないので、力でのごり押しでそこそこ上位のレート戦に食い込んでいる。

「さて、と。今日のトップは……と」

 今度はうつ伏せに寝転がると、MCCの画面を切り替える。勝てば勝つほど強いプレイヤーと当たることができるレート戦。その勝負はゲーム上で録画され、バトルビデオが一般に公開されている。その中でも上位プレイヤーのバトルは、実際オンライン対戦には参加しないプレイヤーからも視聴され再生数が桁違いなことになっている。

 今日もいつもの常連がトップにランクインしているのだろうか……少女がそう思ってビデオ一覧を開くと、一度も見たことのないプレイヤーがランキングの上位に表示されていた。

「え……なにそれ」

 少女はこのゲームの熱狂的なファンのため、毎週トップに上がるようなプレイヤーのアカウントくらいは覚えていた。しかしこのアカウントにもアバターにも一切見覚えがない。

 しかも驚くべきことに、そのプレイヤーのプレイ時間はまだ一日だというのだ。どんな技術を使えば一日でトップに上り詰めることができるのか。

 プレイヤー名は1060。アバターの見た目は女性で、青い長髪に白いワンピースというシンプルな容姿。特別なアイテムを身に着けているようには見えない。武器は短剣が二本だ。

 少女は恐る恐るバトルビデオを再生する。

 ステージは少女が先ほど対戦をしたステージ「ビルの屋上」だった。

 障害物が一切ない分、近距離型のプレイヤーにはなかなか厳しいステージだが、このプレイヤーは一体どのように戦うのだろう。


 1060の相手はカナリアという女性アバターだった。軍服に身を包んでヘルメットや帽子も装備した完璧な防御態勢。武器は背の丈ほどある巨大な鎌だ。

 合図が鳴ってもすぐには動かず、二人はじっと相手の出方を伺っていた。

「あなたね、プレイ初日でどんどん上位プレイヤーを蹴散らしている悪魔というのは」

「別に、周りが弱いだけ」

 MCCを通した音声入力は敢えて質が落とされているため、声だけではプレイヤーの素性はおろか年齢すらはっきりしない。

 言葉を発した後もお互い様子を伺っていたが、暫くして先に動いたのはカナリアだった。

 装備によって強化された素早い動きで1060の頭上へと鎌を振り下ろす。

 1060は、それを避けなかった。

 攻撃を受ければMCCが発する電波を通して自分の身体にも多少痛みを感じるはずだが、避ける動作や防御の姿勢を一切見せない。

 頭部を攻撃され、残り体力を表す宝石が一度に二つ割れる。アバターにも演出程度の出血が見られた。しかし、そのことを気にする素振りを見せず、手にしていた短剣を攻撃の反動で隙が生まれた相手の顎に下から突き刺す。直後、カナリアの宝石が割れた。

 さらに、思わぬ痛みで体制を崩した相手の額にも一突き。的確に急所を狙ったため宝石が同時に二つ割れ、あっという間に勝負はついてしまった。


「なにこれ……」

 攻撃がきても一切避けず真っ向から刺され……それに気を取られることなく相手をしとめる。

 特殊な技術も課金装備もないはずなのに、あまりにあっさりと勝負を決めてしまっていた。

 他にも1060の戦闘動画を見てみるが、やはり全て同じで自分から攻撃は仕掛けず、相手の攻撃を受けた上で冷静に反撃している。

 その無駄のない動きはプレイのお手本動画のようでもあった。

 ただ、このゲームはMCCを通してプレイヤー自身にも痛みが伝わるはずだが、それを一切恐れないのはどういうことか。本当はテスト用に作られたNPCなのではないかと疑ってしまう。名前もやけに無機質なことが気になった。

「1060ってなんだろう……千六十……10足す60、10かける60……いや、もっと何か……あ、」

 少女はゲーム画面を閉じ、そのままインターネットを開くとある言葉を検索した。

「やっぱり……」

 再び画面を開いて1060のアバターを見つめる。

 青い長髪に白いワンピース。目も同じように青色で、キャラメイクには一切凝っていない。

 まだゲームを始めたばかりでアイテムが揃えられないのかもしれないが、彼女はアイテムが入手できるようになっても基本のプレイスタイルは変えないのではないかと思った。もしこの1060が自分の知っている人であるならば、という話だが。

「あなたに、会いたいな」

 少女がそっと画面を撫でていると、急に画面が切り替わり、MCCに着信が入ったことを知らせてきた。ゲーム中であれば速攻で切っていたが……残念ながらそういう訳でもない。

 躊躇いがちな指が、ゆっくりと画面をタップする。

「もしもし、どうしたんですか……金田さん」

 月の部屋が電子ブラインドを通って部屋に差し込む。少女は勉強机の横に吊るしてあった自分のセーラー服をチラリと見つめた。

 もっとゲームをしていたかったのに、そんな余裕もなくなるかもしれない。

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