旅の始まりはいつだって唐突にやってくる

大河

始まり、そして終わらない

 その日も無事定時退社に成功したので、私は日課のストーキングを楽しむ。


 いくら開始時刻が遅くとも、ストーキングを始めるには準備を整えるだけの時間的・精神的余裕が必要だ。ゆえに定時で帰れるときだけ――おおよそほとんどの日がそうではあるのだが――私は彼女を付け回すことにしている。

 彼女は近隣の共学高校に通う女子高生である。その高校は進学校として地域に広く知られており、無論進学校というだけあって帰りの時間は遅い。

 月と街灯に照らされた道を、彼女と私は歩いている。

 対象にも、周囲にも、私がストーカーであることを気づかれてはいけない。誰にもストーキングを気づかれてはいけない。細心の注意を払って、女子高生の後をつける。対象者の日常を覗き見ることが目的だというのなら、私というストーカーの存在を認識した時点でそれは彼女の日常ではなくなってしまう。

 女子高生はいつも一人きりだった。そこには何らかの理由があるのかもしれないし、特に目立った理由なんてないのかもしれなかった。けれど彼女が一人である理由を問うことはできなくて、問う理由もない。彼女を知りたくてストーカーになっているのではない。私は単に、顔がいい女の尻を付け回せば快感を得られる、という世界の真理を知ってしまっただけなのだ。

 彼女はそこいらの女子高生と比べて遥かに顔がいい。

 ふと、女子高生が曲がり角の前で足を止めた。私も距離を置き、物陰に隠れて状況を窺う。すると女子高生は曲がり角から半分だけ顔を出し、先の様子を確かめているような素振りを見せた。拙いながらも、その動きはストーカーである私を思わせた。

 それからも彼女はところどころで隠れてから様子を窺う動作を繰り返した。まさか女子高生もストーカーなのか、と疑い出してから、気になって気になって仕方なくなってしまい、探ってみることにした。

 女子高生の家と帰宅ルートの差異をチェック。以前はしなかったはずのストーカーらしい挙動について原因を考察。女子高生が隠れた位置が死角となる座標を調査し、監視カメラのデータから特定時間帯の通過該当者ピックアップ。

 結果、女子高生はストーカーであり、三つ年上の女子大生をつけているということが判明した。

 そしてさらにもう一つ、驚くべき事実を確認することができた。

 女子高生がつけている女子大生は、別の誰かのストーカーだった。

 誰を付け回しているか、までは分かっていないが、しかしこのあたりで私はなんだか面白くなって笑いそうになってしまった。

 ストーカーは、どこかに向かおうとするのが目的ではない。誰かについていくこと、誰かを付け回すことそれ自体が目的だ。これが一般的かどうかは知らないが、少なくとも私はそう考えている。だから、自分がどこに向かっているのかということを基本的に意識しない。

 私は、自分が後をつけている女子高生がどこに向かっているのかという部分には一切触れず、今まで考えることもなかった。

 けれど、ここまでくれば話は別だ。

 私が辿る道は、誰が行く道なのか。

 どこのどいつがどういった目的でどこへ向かおうとしている道なのか。

 私たち「ストーカー」がたどり着く「果て」は――目的地は一体どこなのか。

 私は気になって気になって仕方なくなってしまった。

 もう、たどり着かなければ解消しようのないくらいに。




 ――――これが私の旅の始まり。


 今が何人目かなんて、とうに数えるのはやめてしまった。

 でも、まだ「果て」には辿り着いていない。いつかその場所を知るまで、私のストーキングと見知らぬストーカーの連鎖は続いていく。

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