星のイルミネーション
天城らん
星のイルミネーション
クリスマスの街は、光の洪水。
頬を切りそうな冷たい風の中で、俺を突き放すようにイルミネーションは輝いている。
この街には本当の空も、本当の星もない。
昼間は排気で灰色、夜空は街灯りで灰色。
俺の気分と同じだ。
大学進学のため上京した俺にとって、都会の空気は二年近くたった今でも慣れない。
俺の夢は、ロケットを宇宙へ飛ばすこと。
そのために、工学科で勉強している。
なのに、ここでは目指す空すら見えない。
(ふるさとの星空が懐かしい……)
俺は、バイト帰りの街角で白いため息を吐いた。
「北村君! なに疲れた顔してるのよ」
俺の背中を、手跡が残りそうな勢いでバシバシと叩いてきたのは同じ天文サークルの天野朝子。
天文といっても、夏に大勢でキャンプするだけの集まりだが、その中でも天野は本当に星が好きらしく、ギリシャ神話を織り交ぜながらプラネタ解説員さながらに教えてくれたのが印象に残っている。学科は、自然科学だか何かだったような……。
「天野さんも、バイト帰り?」
「『デート』帰りじゃないです! あはは」
なんだ? 会話がかみ合ってないぞ。
彼女の顔を見て、眉をひそめる。
いつもより妙に陽気だし、北国出身で色白の頬がほんのり染まっている?
「もしかして酒飲んできた?」
「バイトの人に誘われて、少しだけね。そこまで、タクシーで送ってもらったんだけど、北村君の姿が見えたから飛んできたの」
そういうと、天野がいきなり腕を組んできた。
何!? こういう大胆なことができる娘だったろうか??
夏のキャンプ以降は、学部も違いあまり話す機会もなかったが、星好きで田舎の澄んだ空気で育った真面目な彼女はこの街には馴染めない……俺と同類ではないかと密かに思っていた。
(彼女は、俺と違ってこの街にいても息のできる場所が、逃げ場があるのか……)
そう思うと、親しい仲でもないのに裏切られたような気がして、俺は乱暴に腕を振りほどいた。
「天野は、星の見えないこの街が嫌いだと思ってた」
無数の電飾に彩られた街路樹にデパートの外壁。
その下を俺以外はにこやかな顔で歩いている。
クリスマスがなんだというんだ。こんなに明るくしていたら星ひとつ見えやしないじゃないか。
「北村君は、この街が嫌いなんだ?」
「ああ、本物なんて何一つないこんな場所。大っ嫌いだ!」
完全に八つ当たりだ。
環境に馴染めないのは、天野のせいではないと分かっている。
「大嫌いか……じゃなかったら、あんなふうにクリスマスのイルミネーションを睨んでるわけないか」
「悪かったな」
「悪くはないよ。私もそう思ってたことあるし」
一緒だねといって、天野は笑った。
あっけにとられる俺に彼女は 酔っ払って暑いと言いながら自分のマフラーを俺にぐるぐると巻きつけてきた。
彼女のぬくもりのするマフラーは、酒ではない柔らかな香りがした。
「北村君は、『イルミネーション』の起源て知ってる?」
「は? あんな電飾に意味なんてあるのか?」
「あるある。500年前のドイツで、礼拝帰りの人が夜に森を通ったときに木々に輝く無数の星を見て感動したんだって。それで、なんとかそれを再現できないかって常緑樹に…ツリーに使うモミの木なんかね。あれに、ロウソクを灯したのが始まり」
――― 木に輝く星。
街を彩るクリスマスの飾りを考えた人は、裏山にある木に星が引っかかっているように見えて、取ろうとした俺と似たようなことを感じたということか……。
「イルミネーションは、『星』なのよ。
だから、そんな顔で睨まないで。
星好きでしょ?」
「ああ」
「私も、雪生君のこと好き」
「はぁ!?」
「ふふふ」
突然の告白に、呆れている俺をよそに天野は
足早……?
「ちょっと待てよ!」
声をかけると天野は背中を向けたままピタリとその場に立ち止まった。
俺が思っていたより、彼女は酔っ払っていないのかもしれない。
その証拠に、彼女は顔だけでなく耳まで真っ赤だ。
いつもとは違う、はしゃいだ彼女。
クリスマスの勇気だったのだろうか?
本心はわからないが、借りたマフラーは冷え切っていた俺を温めてくれるような気がした。
「朝子さん、マフラー貸してくれてありがとう」
キラキラと輝くイルミネーションを背に、天野が恥ずかしそうに振り返って笑う。
「本物の星空は消えたりしないんだから、一緒に見に行こうね」
俺も目を細め笑った。
「ああ、そうだな」
『満天の星』の中を歩けるのは、この街だけかもしれない。
そう思うと、煩わしかったクリスマスの彩りが、とても暖かく感じた。
★ E N D ★
* * * * * * * * *
イルミネーションの起源は、今から500年ほど前に宗教革命で名前の知られている、マルティン・ルターが教会帰りに森で星を見て感動してはじめたとされているそうです。
最初は、常緑樹にロウソクを灯していたとか。
常緑樹は永遠の命の象徴であり、飾ることで命への感謝などを表していたのかもしれませんね。
という雑学をプラネタリウムで聞いたことがありまして(笑)
その時に思いついたお話です。
星のイルミネーション 天城らん @amagi_ran
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