第31話 狂戦士覚醒
クリフは目を見張った。城の庭に現れたのドラゴンの中でも最強と言われている黄金竜だ。たとえ疑似生命体といっても、その強さは容易に想像出来る。
キュオオオオオオオーンッ!
黄金竜の雄叫びが空気をビリビリと震わせる。
一体だけでも倒すのは至難の業だ。なのに、黄金竜の数はどんどん増えていく。アウグストが虚空に生み出した巨大な魔法陣が輝くたびにドラゴンが飛び出し、翼を広げたそれらが城の庭を埋め尽くしていくのだ。
それは目を見張る光景だった。大魔法士……その名にふさわしい離れ業である。
「すげぇ……」
「流石大魔法士様だ」
騎士仲間達の呟きは、まさにクリフの心中そのままだ。
黄金竜が口を開き、その中に炎が踊る。炎をまき散らされれば大惨事だ。夜会に参加していた神聖魔法の使い手である聖女と聖神官達が、すかさず防御結界を展開する。その中には聖女カサンドラの姿もあった。ブラッドに好意を示した例の赤毛の美女である。
アウグストが笑った。
「大丈夫だって! ほーら!」
虚空に赤い煌めきが走り、黄金竜の首が綺麗に切り落とされる。残った体が断末魔の叫びを上げるように暴れるも、その体を赤い煌めきがさらに細切れにした。手、足、翼等々、見えない刃に切り刻まれ、細分化していくのだ。誰もがその光景に見入ってしまう。
攻撃者の姿が見えない。
見えるのは僅かな赤い煌めきのみである。
噴き出す血も叫びも本物と寸分違わす、地上最強生物であるドラゴンが細切れにされていく姿は、やはり恐ろしい。生み出された十体のドラゴンが全て細分化され、魔法光で照らされた庭園に再び静寂が訪れると、ふっとその積み上がった肉片の上にブラッドが姿を現す。
彼の両の拳から突き出すのは、血色のブラッディ・クローだ。禍々しく輝くその刃は、ドラゴンの装甲でさえ切り裂く。風にそよぐのは闇色の髪。白く浮かび上がる顔は鋭利で美しい。血色の瞳は今や爛々と輝き、魔性の気配が濃厚である。
それはぞくりと怖気を誘う光景だった。
なのに……目が離せない。虚空に充満している血臭に酩酊しているようなブラッドの表情が、なんとも蠱惑的で惹きつけられる。血のように赤い唇が、にぃっと笑みの形につり上がった。
「ひ、ひひ……ははは! アウグスト、もっとだ! もっとよこせ!」
歓喜してる。垣間見たブラッドの表情がそれを雄弁に物語っていた。再戦を望むブラッドの声に、嬉々としてアウグストが応える。
「あはは! そうこなくっちゃ!」
待ってましたとばかりにアウグストがブラッドの要求に応え、虚空に浮かぶ魔法陣の数が一気に増え、それらが同時に黄金竜を生み出した。それが瞬時に細分化されていく。赤い刃を閃かせるブラッドの手によって。
クリフはこくりと喉を鳴らした。
目の前の光景から目が離せない。
嘘、だろ……なんだよ、これ……フォークスはこんなに、強かった、のか?
圧倒的な力を目にして、クリフは愕然となった。
自分はずっとずっとフォークスを馬鹿にしていた。村を徘徊するだけの無害なヴァンパイアだって……。村を守ってやるなんて、ご大層なこと言って居座ったけど、ただそこにいるだけだって思ってた。仲間からつまはじきにされて、人間の村にやってきただけだろうって……
――今まで村が平和だったのも、ブラッドさんが村を巡回してくれていたからです! 魔物の群れが村を襲う前に、追い払ってくれていたからです!
レイチェルのこの言葉だって、まともに聞いちゃいなかった。都合のいいように解釈していた。
――フォークスがこの村にやって来た時の魔獣襲撃事件忘れたの? あれだってフォークスがいなかったら、村が全滅してたっておかしくない事件だったじゃない。
勝ち気な幼なじみエイミーの台詞に、自嘲の笑みが浮かぶ。
ああ、そうだよ。けど、そんなことつい最近までケロッと忘れてた。指摘されるまで、思い出しもしなかったんだ。あいつは自分の力を誇示なんて、したことがなかったから……
そうだよ、なんであいつはああなんだ?
俺だったら、俺だったら! 絶対自分の力を見せびらかしている。だから、大人しいあいつの行動なんて全く理解出来なくて……。弱いから大人しい、そんな風に思って見下していた、魔物のくせにって、ずっとずっと……
クリフは自分の前提が覆され、言葉も出ない。地上最強の筈のドラゴンが細分化されていく様子を見上げ、ただただ突っ立った。
これがブラッドの実力……
これなら……これだったらあいつは、俺達の村どころか、国の守護者にだってなれたじゃないか。なのに、なんだってあいつは……。あいつはあんなところで、くすぶっていたんだ? 分からない、分からない、なんでだよ、なんで……
クリフはふっと、レイチェルに目を向けた。
白金の髪に金色の瞳。虚空を見上げる横顔はふわりと柔らかい。
可愛くて優しくて自慢の幼なじみだった筈なのに……
金糸で装飾された白い豪奢なドレス姿の彼女は、祈るように両手を組み合わせている。身に纏う宝石は血の色で、あいつの色だ。その視線の先にあるのはやはり、ブラッドなのだろう。
嫌だ……
どうしてもそんな感情が沸き起こる。クリフは己の唇を噛んだ。血が滲むほど。
レイチェルは俺のものだった。俺のものだった筈なんだ!
嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ取られたくない! 俺のものだ、俺の……
――強くなりたいと願うんだ、強くなりたいと、いいね? でないと腕輪の力は解放されない。
そんな第二王子の台詞がクリフの耳に蘇る。
強くなりたいと願う……そうだよ、強くなりたい! そうすりゃ、レイチェルだって、もう一度俺を見るかも……あいつより強くなれるなら、なんでもする!
その思いに応えるように、黒い腕輪がぶんっと熱を持つ。
『なんでもか?』
ふっと地の底から響くような声が、クリフの耳に届いた。その声を訝ることなくクリフは受け入れる。まるで待っていたかのように……
ああ、なんでもだ。そんなクリフの心の声に、かの声は応えた。
『なら、力を与えよう。我を受け入れろ……我が器となれ』
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