第30話 青天の霹靂
自分を嘲るセイラに、きっとクリフは怒りの眼差しを向けた。
「お、おまえこそ、おまえこそ大聖女じゃなかったくせに!」
そうだよ! お前だって散々、自分が大聖女よねと言っていたじゃないか!
クリフがそう指摘すると、セイラは哀れむような目をクリフに向けた。
「ああん、そうねぇ、それは残念だけどぉ、残念じゃないわぁ。だって……」
もっさりドワーフの王太子様が勇者じゃ、くっつきたくないもの? こうなると、大聖女じゃなくて良かったわって思うわよ。あの王太子様は全然私のタイプじゃないもの。
セイラがクリフにそうひっそりと囁き、意地悪く笑う。
「ほーんと、あなたと一緒にならなくて良かったわよ。そこだけは感謝してあ、げ、る? うふふ、大魔法士様に暴言吐いて無事でいられるといいわね? 騎士の資格を剥奪されるかも?」
クリフがはっとなり、セイラがたたみかけた。
「ふふっ、将来にケチが付いちゃったあなたに言い寄る女なんていないと思うけど、ま、せいぜいがんばって? 二流の女なら相手にしてくれるかもしれないわよ? それこそ村に帰って相手を探したら? あはは、田舎者のあなたにはぴったりね?」
洒落た黒いドレスを翻し、セイラが背を向ける。大聖女じゃなくても、私は貴族で王都の女だもの、そう言いたげな自信に溢れた姿だ。艶やかな黒髪がふわりと揺れた。
クリフの拳が震えた。愛しかったはずのその姿が今や憎たらしい。その間にも周囲は歓喜に沸いている。勇者だ! 勇者様だ! ジュリアン王太子殿下ばんざいと、そんな声で溢れかえっていた。先程までちびで髭もじゃと自分が馬鹿にし、嘲っていた王太子は、いまや英雄扱いだ。いや、本物の勇者なのだから当然の反応なのだが……
それは自分がそうなりたいと思い描いた光景で……クリフは悔しさで涙がにじむ。
くそっ! くそっ! くそっ!
◇◇◇
同じように夜会に出席していた第二王子ランドールは、横手に美しい貴婦人を侍らせ、余裕綽々で極上のワインをたしなんでいたが、雷神剣を手にしたジュリアンを目にして、口にしたワインをぶっと吹き出した。
驚いたなんてものじゃない。まさに青天の霹靂だった。目の玉が転がり落ちそうな程目をかっ開き、手にしていたグラスを取り落とす。燦然と輝く雷神剣を手にしたジュリアンの姿は、ランドールにとっては、鈍器で頭を殴られたような衝撃である。
ゆ、勇者? あ、兄上が勇者?
あ、あああああああああありえなぁあああああああい!
そんな絶叫が、ランドールの胸の内から漏れた。
もっさりドワーフが! あの不細工が! 若年寄が! 品性の欠片もないあの男が! ゆ、ゆゆゆゆゆゆ勇者だとぉ! あり得ないあり得ないあり得ない!
放心状態のランドールの肩を側近が叩く。
「あ、あの、殿下、どうされましたか?」
「ありええええええええええええぇん!」
突如、ランドールに絶叫されて、側近がびくぅっと身を引いた。
「薬殺だ撲殺だ刺殺しろ! 今すぐに!」
ランドールの命令に側近が目を白黒させる。
「いえ、あの、だだだだだ誰を?」
「あの、もっさり……いや、なんでもない」
ぴたりとランドールは口を閉じた。流石に王太子を殺せなどと指示すれば、自分が牢にぶち込まれてしまう。輝く雷神剣を手にしたジュリアンとレイチェルの隣に立つブラッドを睨み付けた。
くそっ!
私が始末したかったのは、大聖女を横取りしたあのヴァンパイアだが! それもこれもあの邪魔な第一王子を蹴落としたいがためだ! いっそまとめて始末出来れば……
ランドールは蜂蜜色の頭をかきむしり、はっとなる。起死回生の逆転劇を思いついたのだ。あの勇者もどきが、腕輪の力を開放出来れば、両方始末出来るかもしれない、と。
そうだ! もし、あの腕輪の力が解放されれば、あの勇者もどきは狂戦士となる。邪魔なヴァンパイアと王太子がそろっている今こそ、最大のチャンスかもしれない。
そんなことを考え、ほくそ笑んだ。
「クリフ・ハントをここへ呼べ」
第二王子ランドールは従者にそう告げ、にやりと笑った。腕輪の力を自分で開放出来ないなら、私が手助けしてやると、そう考えながら。
◇◇◇
「ね、ブラッド、提案なんだけどさ。僕が作り出す疑似ドラゴンとやりあってみる? 多分、それで多少は君の力を示せると思うけど」
アウグストの提案に、ブラッドが顔をしかめた。
「……なんで俺がそんなことしなくちゃなんねーんだよ?」
めんどくせー、そう言いたげだ。
アウグストがにっこりと笑う。
「一度ばしっとやっておいた方が良いかなって……ほら、周り見てみなよ。神官達は君が気に入らないみたいだよ? ヴァンパイアである君をね。ブラッドはレイチェル嬢と結婚したいんだよね? 周囲から二人の仲に、この先なにかとちょっかいかけられて、君、面白い?」
夜会会場である大広間には、神官達も多数出席している。確かに友好的ではない視線も多い。ブラッドが舌打ちを漏らせばアウグストがたたみかけた。
「ほら、ね? 僕や大神官がいっくら言っても、聞き分けのない者っているもんだよ。だったらさ、君に絡むのは無謀って示しておいた方がいいんじゃない? これはね、親切心だよ」
ブラッドの無言を了承のしるしと受け取ったか、アウグストは早速、王太子ジュリアンに向き直り、恭しく頭を下げてみせた。こういう時の仕草は流石に手慣れている。
「ジュリアン王太子殿下、庭園での戦闘の許可をいただけますか? ちょっとしたデモンストレーションです。ブラッドとレイチェル嬢の結婚に異を唱える連中に、僕達四大英雄の功績を思い出してもらうにはちょうどいいかと……」
ふむとジュリアンがふさふさの顎髭を撫でる。
「それが疑似ドラゴンとの模擬戦かね?」
「ええ、大丈夫ですよ。僕がコントロールしていますから、危険はありません」
「……許可しよう」
「じゃ、どーんっと疑似ドラゴン十体行こうか? 派手な方がいいよね?」
嬉々としてアウグストが声を張り上げた。
目を剥いたのは周囲の人々である。ドラゴンは一体でも強敵だ。なのにそれを十体も同時に出現させるという。大丈夫なのか? そんな声が飛び交った。
慌てふためく周囲は完全蚊帳の外で、大魔法士アウグストはコツンと手にした杖で床を叩く。ふわりと光が飛び散った。魔力光だ。
レイチェルの手がブラッドの腕を掴んで引き止めた。
「ま、待って! あ、あのあの! 危ない真似は!」
「んー、心配してくれるのか?」
「あ、当たり前ですよぅ! なに、にやけてるんですかぁ! 真面目に聞いてください!」
レイチェルが必死の様子で叫ぶ。
ああ、つい嬉しくて顔が緩んだか?
ブラッドが身をかがめ、ちゅっとレイチェルの唇にキスすれば、これまた可愛い反応だ。目の玉がこぼれ落ちそうなほど目を見開き、固まったのである。みるみるうちに彼女の顔が真っ赤になった。まるでリンゴのよう。
ブラッドが相好を崩す。
ああ、駄目だ、やっぱり顔が緩んじまう。レイチェルは俺が好きか? 好きなんだよな? ことあるごとにこうして確認したくなっちまう。嬉しくて、嬉しくて……
大丈夫だから、ブラッドは身をかがめ、レイチェルの耳元でそう囁いた。
そう、君を悲しませることはしない、絶対に……
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