第7話 レッツ・グールダンス

 クリフの叫びに、村の若者達が顔を見合わせる。


「そりゃあ、まぁ……仕方ないんじゃね?」

「そうそう、だってあいつヴァンパイアだし、あんなもんだろ?」

「魔物なんだからさ、不気味で当たり前?」


 そう言って取り合わない。


「ダンスうまいしな? 俺もあんな風に踊りたい」

「あ、お前もそう思った? 俺も俺も」


 和気藹々と楽しそうだ。レイチェルの結界のおかげで教会内は安全なので、危機感は綺麗に消えているらしい。クリフがぎりぎりと歯を噛みしめれば、セイラが囁いた。


「あの不気味なヴァンパイアは、男にはモテるみたいね?」


 女にはモテないと暗に言えば、クリフは機嫌を直したようだ。


「ん? ああ、そうだな、女には相手にされないけど、男には人気か! ははっ!」


 クリフが小馬鹿にしたように笑う。



◇◇◇



「グールが村に大量に押し寄せてきて……」


 ブラッドが住む邸へ知らせに走ったのは、酒場の女将とその従業員達だった。当初、村人達の対応をした鬼人のイライアスにビクビクである。緑の肌をした巨体はやはり魔物のそれだ。ぱっと見は、ブラッドよりも恐ろしく見えるかもしれない。


「あのう、フォークスさん、こちらは……」

「ああ、俺の使い魔だ。気にしなくていい」


 びくびくする村人にブラッドそう告げれば、一応ほっとしたようだ。

 グール……遺体に悪鬼が取り憑くと、人を食う生ける死者になる。そんなに強いわけでもないが、普通の武器だと切っても突いても死なないからやっかいだ。


「……レイチェルは教会か?」


 ブラッドの問いに酒場の女将が頷いた。

 だろうな。レイチェルの神聖魔法なら、グールを退けられる。安全だ。

 ブラッドが霧に姿を変えて教会へ急げば、綺麗な輝きがすっぽり教会を覆っていた。レイチェルが張った神聖結界である。その輝きに押しのけられたグールが、教会の周囲を未練がましくうろうろ徘徊していた。


「にゃにゃにゃーーーー!」

「はいやぁああああああ!」


 聞き覚えのある声にブラッドがそちらを見れば、ピンク髪の猫獣人ニーナが跳ね回り、大柄な女剣士ジョージアナが手にした大剣で、グールの脳天をかち割っている。

 わざわざ教会から出て来てグール退治か……。中で大人しくしてりゃいいのにな。レイチェルの結界はまずもって破れない。


 ブラッドは体を霧に変えたままグールに突進した。彼は死霊を直接攻撃できる。なので、取り憑いた悪鬼の幽体を直接ぶった切って、地獄へ強制退去出来るというわけだ。グールの遺体を行動不能なまで切り刻む必要がない点が、他の者達と大いに違っていた。


「ひゃははははは! おらおらおら! 邪魔だてめぇら! とっとと地獄へ帰れ!」


 ブラッドは歓喜した。純粋に切り刻むのが楽しいからである。

 グールの顔面に拳から突き出すかぎ爪をぶち込めば、ビクンと悪鬼の震えが武器を通して伝わってくる。どうしたって口角が上がる。ブラッドの拳から突き出す武器はブラッディ・クロー、赤いかぎ爪だ。それが閃き、赤い軌道を描くと、グールの体を支配していた悪鬼は、奇声を上げ霧散する。


 ブラッドの攻撃は直接幽体を破壊するので、死者達にとんでもない苦痛を与える。悪鬼達が痛みに悲鳴を上げ、身をよじるたびに感じるのは、心地よさ、陶酔だ。悪鬼どもを切り裂くたびに、その感触に、上げる奇声にブラッドの体が震え、ダンスを踊る時のように気分が高揚する。

 ひ、ひひひ、ああ、駄目だ。楽しくて仕方がない。


「レッツ、ダンス!」


 ブラッドは赤い催眠派で死者達を支配し、操った。遺体に取り憑いた悪鬼を支配すれば、当然、グールはブラッドの言いなりである。彼と同じダンスを踊りながら、同じグールを攻撃する様はなんとも奇妙だった。完全な同士討ちである。

 グール同士の攻撃なので、これまた悪鬼の力が直に伝わり、負けた方が霧散する。悪鬼の支配から解放された遺体は、ただの死体に逆戻りだ。


「凄いにゃー! 凄いにゃー!」


 興奮したニーナが、周囲でぴょんぴょん跳ね回っている。


「おいおいおい……」


 大剣を振るっていたジョージアナが呆れたように動きを止め、眼前の光景を前に苦笑する。ブラッドとグールと猫娘のゾンビダンスである。滅多に見られない光景だ。


「ジ、エンド!」


 ブラッドが拳を左右に突き出せば、赤い刃――ブラッディー・クローが二体のグールの頭部に深々と突き刺さる。ビクビクンとグールの体が震え、ブラッドが赤いかぎ爪を引き抜けば、どさりとグール化していた遺体がくずおれた。もはやただの死体である。

 残ったのは、腐りかけの遺体遺体遺体の山だ。腐りかけの遺体を踏み越えてブラッドが歩き出せば、猫娘のニーナが目を輝かせた。


「お前、凄いにゃー!」


 そういって抱きつこうとするも、やはり失敗に終わる。さっと避けられ、いい加減にしろと頭をはたかれた。不満げな瞳でニーナはブラッドをじっとりと見るも、彼は素知らぬ顔だ。


「ブラック・ジョークか?」


 グールどもが踊るとは思わなかったと、ジョージアナが苦笑交じりに言う。


「面白かったろ?」


 ブラッドが口角を上げれば、ジョージアナが頷いた。


「そうだな。お前が凄いのは分かった」


 三人で教会の中に入れば、わっと歓声だ。避難していた村の者達がブラッド達を取り囲む。


「凄いよ、フォークス!」

「ああ、グールが踊るなんて、一体どうやったんだ?」

「精神操作だ。お前達にもやったろ?」


 ブラッドがそう答えると、さらに周囲がざわついた。


「へー……ヴァンパイアってほんっとすげー」

「お前が味方で良かったよ」

「ああ、本当に凄い。助かった、ありがとう!」


 口々に村の若者が褒めそやす。


「はっ! どこが凄いんだよ!」


 声を荒げたのはクリフだ。


「あれくらいなんだよ! 俺だって剣が持てればあれくらい……大体襲ってきたグールを操れるなんておかしいぞ! 今回の騒動はフォークスが引き起こしたんじゃないのか? お前達もよく考えろよ! グールを操れるのなら、襲わせることも可能だろ?」

「え?」

「いや、でも……」

「それはちょっと、なぁ?」


 村の者達が困惑気味に顔を見合わせる。


「フォークスだぜ? 人間を襲わない奇特な奴だ」

「そうそう、無害なヴァンパイアだよ」


 クリフが叫ぶ。


「どこが無害だよ! 俺はフォークスのせいでこの有様だって言うのに! そうだよ、俺はフォークスのせいで、肉離れを起こして戦えなかったんだ! きっとわざとだ! 俺を戦えないようにしておいてから村を襲わせて、英雄を気取っただけだ! 今回の襲撃事件は全部そいつの仕業に決まってる! お芝居だよ!」


 クリフが俺に指を突きつけると、エイミーが目を吊り上げ反論した。


「ちょっと、あんた、それ言い過ぎよ!」


 腰に手を当て睨み付ける。


「だいたいフォークスは十一年間、ずっとあたし達の村を守ってくれたじゃないの! フォークスがこの村にやって来た時の魔獣襲撃事件忘れたの? あれだってフォークスがいなかったら、村が全滅してたっておかしくない事件だったじゃない」


 ジョージアナがずいっと進み出た。背が高いので迫力がある。


「そうだな、言いがかりにしか聞こえない」

「クリフそれ、駄目にゃ。ブラッドは良い奴……じゃなくて、えー……今までずっと村を守護してきてくれた奴にゃ? ちゃんと感謝するにゃ?」


 友達だと思っていた三人の女から責められて、クリフはたじたじだ。


「お、お前ら、なんでそんな奴を庇うんだよ? 俺とは友達だろ?」


 エイミーがびーっと舌を出す。


「ばーか、レイチェルを振った時点で、あんたなんんか、べーよ、べー!」

「……まぁ、評価は下がったな」

「あちしはクリフ、嫌いじゃないにゃ? でも、レイチェル好きにゃ? 優しいにゃ? ブラッドはお気に入りにゃ? ダンス上手くて最高にゃ? もう酒飲み友達にゃ? 友達の悪口言う奴、嫌にゃー」


 三人の女達の言いように、クリフが目を剥く。


「なななな、なんだよ、お前ら! そりゃねーだろ? そんな奴のどこがいーんだよ!」


 そこへ、寄り添っていたセイラがクリフを庇った。


「クリフの言うことももっともよ? あなた達、どうかしているわ。もう少し考えなさいよ。グールを操れるなんて恐ろしいじゃない。そもそも彼はヴァンパイアだもの。何かを企んでいてもおかしくないわよ。少しは疑った方が……」

「止めて下さい! なんにも知らないくせに!」


 声を荒げたのは、今まで教会に結界を張っていたレイチェルだった。

 全員の視線が教会の深奥に向く。

 見ると、奥の祭壇からレイチェルが、こちらへ向かって歩いてくるところだった。ひらひらとした白い神聖服を身につけ、手には聖神官から与えられた杖を握っている。神々しいとはこういうことだろうか、歩くごとに白金の長い髪が揺れ、大きな金色の瞳にはうっすらと涙がにじんでいて、今にも泣き出しそうだ。


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