第19話 ファンファーレ
ヴァーマリン小王国の国王と王妃が捕えられ、スカルロート王国に連行されて1カ月後、二人の処刑が執行された。
ヴァーマリン1世は処刑台に立った時、不敵に笑ってこう言ったという。
『この国は必ず滅ぶ』と。
こうして、紅蒼統一戦争は幕を閉じた。
「エリーナ・レグリス准二等騎士。そなたの、ヴァーマリン小王国に秘匿されていた王位継承者を討った功績を称え、二等騎士に昇進とする」
「拝命します」
スカルロート15世の太い声を浴びながら、エリーナは膝をついて頭を垂れた。
スカルロート王国の王宮の謁見の間だ。統一戦争で、誰よりも大きな功績を挙げたエリーナは、スカルロート15世から直々の拝命式を催されていた。
スカルロート15世は、エリーナの腰に下がっている剣を目に映した。
騎士長と副騎士長以外の騎士団員が使っている剣と全く同じ、変哲の無い剣。
「報酬としてそなた専用の剣を与えよう。騎士にとって、剣は己の分身だ。何か、希望はあるか?」
スカルロート15世の太く平坦な声を聞きながら、エリーナはチラリと腰に下がる剣を見た。
どんな色でも目立たせてしまう、忌々しいほど澄んだ白い剣。
「では、赤い刀身の剣をいただきたいです」
驚くほどすんなりと、ほとんど無意識に言葉が口をついた。
「赤?」
エリーナの言葉を反芻した国王に、エリーナはニッコリと笑ってみせた。
「はい。この国の国色ですから。国を守る剣として、国の象徴を施したいのです」
エリーナの言い分に、スカルロート15世は納得したように頷いた。
「なるほど。女にも、心得のある者がいるようだな。その心意気、大変すばらしい。すぐにでも作らせよう。これからも、この国の剣と盾として尽くしてくれたまえ」
「ありがとうございます。誠心誠意尽くしてまいります」
頭を下げながら、エリーナは右手を見た。
血に濡れていた手は、今はもう何事も無かったかのように元の色をしている。
『国を守る剣として、国の象徴を施す』?
そんな崇高な思いは、微塵も持ち合わせていない。
赤い色は、血の色だ。死の色だ。
その色を全身にまとっている自分もまた、死に染まっているのだろう。〈リコリス〉という異名も、あながち間違いではない。
刀身が赤ければ、自分が斬った相手の血を意識しなくて良い。少なくとも、白い剣で斬るよりマシだろう。
エリーナはそっと目を閉じた。脳裏に、シオンの最期の姿が焼き付いて、離れなかった。
ふっと口元に笑みがこぼれる。
ペンダントはなくなったが、頭にこびりついて離れないからこそ、心の中ではずっと一緒なのかもしれない。
死人になったシオン。
死を纏う自分。
案外、近いところにいるのかもしれない。
「エリーナ」
拝命式が終わり、王宮の廊下を歩いていたところで、セシルから声を掛けられた。
「どうしましたか?おじ様」
「ちょっと話があってな。その前に、二等騎士昇進おめでとう。お前の養父として、私も鼻が高いよ」
「ありがとうございます」
柔らかい表情と優しい眼差しを向けられ、エリーナは頭を下げた。
「それで、お話とは?」
「ああ。エリーナ、お前が嫌なら断ってくれてもいいんだが…」
「何でしょうか?」
少しばかり言いにくそうなセシルに、エリーナはカクリと首を傾げた。口ごもるセシルに違和感はあるものの、そのまま待つ。
セシルはしばらくもごもごと何か口先で何か言っていたが、やがて腹をくくったのかエリーナの瞳をまっすぐに見た。
「エリーナ、君に、私の息子ラウスの婚約者になってもらいたいんだ」
「……なぜですか?」
口にしてしまえば後は楽になったのか、セシルは朗らかな表情で言葉を繋ぐ。
「ラウスは今週でアミュリッタ学院を卒業する。あの子ももう15だから、そろそろ許嫁が必要だ。それに、エリーナもシャルティー家に入れば、私がはっきりとした後ろ盾としてサポートがしやすいし、エリーナの身も固まる。悪い話ではないと思う。今でもシャルティーの屋敷で過ごしているから、今までの生活と変化はないぞ」
セシルはいろいろな言葉を並べ立てたが、全て空虚なものに感じた。
つまり、早々に力をつけて昇進した自分を、どこかの誰かにとられる前に家に取り込みたいと、そう言うことなのだろう。
よく目にしていた、ラウスとフローティアの、互いを想い合っているからこそ生まれる、あの暖かな空気を思い出した。
何か歯車のかみ合わせが一つでも違えば、今でもシオンは、隣で笑っていてくれたのだろうか。
いや、考えても、もう遅い。
仕方のないことなのだ。
どれだけ力をつけても、想っている人がいても、抗えないものには抗えない。それが自然の摂理。世界の構造だ。
エリーナはニッコリとキレイに笑った。
「ええ、かまいませんよ」
もう、どうでもいい。何もかもが。
数日後、エリーナとラウスの婚約が、正式に国王に承認された。
「騎士長。少しよろしいでしょうか?」
朱評殿で書類整理をしていたセシルは、ノックをして部屋に入ってきたノルディに顔を上げた。
「何だ」
「あの…お聞きしたいことがありまして…」
エリーナ・レグリスについて。
セシルの片眉がピクリと跳ねた。
よりによって、この男からエリーナの名前が出てくるとは。
「エリーナがどうした」
「…もしや、彼女の本当の名は、エリーナ・クレイバーンではありませんか?レグリス騎士は、本当は、私の血のつながった娘なのでは…」
ノルディの発言に、セシルは身動き1つ、瞬き1つしなかった。全く動かない表情で、セシルはノルディを見た。
今更気付いたのか、この男は。
だが、もう遅い。
「だから何だ」
「は…?」
セシルは書類整理していた手を止め、机の上で拳を握った。
セシルの鋭い黄金色の瞳がノルディを射貫く。その眼光の威圧に、さしものノルディも、じり…と小さく後退った。
「お前は今まで、自分の実の娘のことすら忘れていた。ここ数年間の功績で興味が出たから、いろいろ調べたのだろう。なら、あの子が今までどんな道を歩んできたのか、もう知っているはずだ」
「それは…」
セシルの強い口調に、ノルディは口ごもった。
ノルディの女遊びの激しさは、セシルも知っていた。
妻と子がいながら、あちこちで女性を口説いていたことも知っている。
だが、その内の一人と子供ができていたと知った時には、さすがに驚いた。
そしてその女性が、ノルディは既婚者であり、自分は遊ばれたのだと気付き、ノルディとの間にできた子供を捨てたのだ。
それがエリーナだった。
母親に捨てられる前のエリーナを、ずっと昔に見たことがあった。
綺麗な服を着て、長い髪をかわいく飾ってもらい、その場をハッと明るくするほど輝く笑顔を見せる子だった。
だが、地下街であの子を見つけた時、エリーナの顔からあの笑顔は消えていた。屋敷に連れて帰って、侍女に風呂で身ぎれいにしてもらったエリーナの姿を見てようやく、ノルディの娘だと気付いた。
そして、今の彼女は、常に笑みを浮かべているのに、以前とは全く異なっていた。どこか中身のない、空虚な笑みなのだ。
それがとても辛かった。ただの勝手な大人の事情に巻き込まれただけの子供が、これほどまでに心を壊してしまったことが。
だから、そのきっかけを作ったノルディを、自分は人間として許すことはできない。
例え副騎士長としてのノルディは信頼しているとしても。
「今までもこれからも、私があの子の父親として面倒を見る。お前は、あの子に必要以上に関わろうとするな。もうエリーナは、シャルティー家の一員なのだから」
「第六九期卒業生代表、ラウス・シャルティー!前へ」
麗らかな陽射しが降り注ぐ中、アミュリッタ学院の卒業式が執り行われていた。卒業生代表として登壇したラウスが、ピンッと背筋を伸ばし、胸を張って敬礼する。
「第六九期卒業生一同、スカルロート王国のため、そしてこの国を治められている国王陛下、王妃様のため、身命を賭して国の剣となり、盾となることを誓います。卒業生代表、ラウス・シャルティー」
重々しく講堂に響いた宣誓に、ワッと湧き上がった拍手が会場を包む。ラウスは学院長から卒業の証である大剣を力強く受け取った。
「やっと卒業だなぁ。今度から王国騎士団の服に腕を通してるとか、実感湧かないな」
「まあ、そうだな」
卒業証書を手に、ラウスとカルヴィンは並んで正門を出た。
カルヴィンはラウスと同じ時期に学院に入学しそして今日、同時に卒業した。
同時期に入学しても、卒業の時に、必ずしも入学時のメンバーがいるとは限らない。
更に、ラウスとカルヴィンは、入学からまだ四年しか経っていない。同時期に入学した面子の中で、この日卒業式を迎えたのはこの二人だけだ。まさに、同期中の同期であり、歳も比較的近かったので仲が良いのだ。
ちなみに、5,6年在籍していた20歳~22歳の卒業生が大半を占める中、15歳のラウスが首席、17歳のカルヴィンが次席で卒業している。
晴れやかな気持ちになるはずだというのに、ラウスの表情は曇ったままだ。その理由はすぐに察することが出来たため、カルヴィンは小さくため息をついた。
「この間の、レグリス二等騎士と婚約させられたことに、まだ納得してないんだな?」
「当たり前だろ。納得以前に理解ができない。なんであんな奴と…」
苦々しく、吐き捨てるように言ったラウスに、カルヴィンは肩をすくめた。
ラウスが公爵令嬢のフローティアと良い雰囲気なのは、4年間一緒にいて良く知っている。
互いにまんざらでもない様子だったので、いつ付き合うのかと楽しみにしていた。まさか、卒業前にこれほどの変化球が投げ込まれるとは思わなかったが。
予想外のことに気持ちが追い付かないのは分かるが、これほど嫌悪感を露わにしては、さすがにエリーナに失礼なのではないだろうか?
そう思ったカルヴィンは、なだめるつもりでポンとラウスの肩を軽く叩いた。
「まあまあ。以前レグリス騎士にお会いしたときは、そんな悪い人に見えなかったぞ」
「1つ屋根の下で一緒に生活してみろ。あの笑い顔が全然動かないんだぞ、1日中。不気味を通り越して気持ち悪いんだよ…彫像と生活してる方がまだマシだ」
舌打ちの1つでもしそうなほど機嫌の悪いラウスに、カルヴィンは苦笑した。
これから王国騎士団所属の騎士として、エリーナと顔を合わせることもあるはずだ。
しかも彼女は、同僚であると同時に大先輩でもある。
これほど彼女のことを嫌っていて、騎士団でうまく意識を切り替えることが、果たしてラウスにできるのかと心配になった。
それにしても、ラウスは完全に嫌がっているが、エリーナはどう思っているのだろうか?急に婚約しろと言われて、彼女自身はイヤだと思わなかったのだろうか?
上からの命令は絶対だ。
どうやら、騎士長自ら請われたらしいので、一介の騎士である彼女には、拒むことはできないだろう。国王の承認を得てしまっては、今更破棄なんてこともできない。
互いの意思を完全に無視した婚約だ。
カルヴィンの父ノルディと母テレインも、契約結婚だと聞いている。
上流階級ではこのように当然のように行われていることだが、果たして、それで良いのだろうか?
「あ…」
ラウスが小さく声を上げて、歩みを止めた。
思考に没入していたカルヴィンは慌てて意識を浮上させ、半歩後ろで立ち止まった親友を見返す。目を見開いて固まっているラウスの目線を辿って前を見て、カルヴィンも身体をぎくりと固めた。
「…ラウス」
そこには、小さな花束を持ったフローティアが立っていた。いつもきれいに身支度を整えている彼女だが、今日は、どこか乱れているように感じた。
いや。乱れているのは、身だしなみではない。彼女の纏っている雰囲気だ。
いつもははじけるような明るく澄んだ空気を纏っているのに、今日はどんよりと曇って重く感じる。
鼻や目元が少し赤くなり、薄紫色の透明感あふれる瞳がぼやけているのは、きっと気のせいではない。
「フローティア様…その…」
ラウスの言葉が届いたのか、フローティアの肩がピクリと跳ねた。しまった喉から無理矢理声を絞ったラウスだが、肝心の次の言葉が出てこない。
その場に重苦しい沈黙が降りる。
さすがにいたたまれなくなり、また、二人で話したいだろうとカルヴィンは、そっとこの場から離れた。
カルヴィンがいなくなっても、ラウスとフローティアは向き合ったまま動かない。
周りの卒業生たちが、何事かとラウス達を見ながら通り過ぎていく。
時が止まったような時間が過ぎる中、フローティアが手に持った花束に力を籠めると、ぐっとラウスに押し出した。
「…卒業、おめでとう、ラウス。こんなものしか用意できなかったのだけれど…」
そう言って差し出された花束を、ラウスは恐る恐る受け取った。
フローティアの声は少し湿り気を帯びていて、ふるふると震えていた。
「ありがとう、ございます…。あの、フローティア様…」
何か話を、と思っても、喉が封じられたかのように声が出ない。
今までフローティアとどんな会話をしてきたのか思い出せない。単純な世間話すら出てこなかった。
何か、大切なことが喉までせり上がっているというのに、別の何かが急いで蓋をしてしまう。そのせいか、言葉が何も出てこなかった。
ただ浅い呼吸を繰り返し、ヒュッヒュッと頼りない音が出るだけだ。
互いに、何も言わなかった。顔を向け合って、こうして二人で向かい合っているというのに、音1つ出てこない。
いつまでも、今までのように過ごせると思っていた。
アミュリッタ学院を卒業したら、むしろこれまでより会いやすくなって、たくさん話ができると思っていた。
その認識が甘かったのだ。
もう15歳だというのに、いつまでも、言うべきことを言わずに過ごしてしまった。
ここにきて、自分がやってしまったことを後悔した。いや、むしろここは『やらなかったこと』と言うべきか。
これまでの関係を壊したくなくて、たった二文字の言葉を、自分は彼女に伝えることが出来なかった。
そしてもう、これから先、伝えることは許されない。
フローティアもラウスも15歳だ。
ラウスはすでに婚約者ができてしまった身であり、フローティアも、これから婚約者を持っていない男性とのお見合いが、頻繁に行われるだろう。
自分がしでかした取り返しのつかないことを自覚するには、あまりに遅すぎたのだ。
「…ラウス」
目元を腫らしたフローティアが、両手を握りしめて声を絞った。
「婚約って、本当なの…?何かの、間違いじゃなくて…?」
か細く紡がれた言葉に、ラウスは顔を歪めて俯けた。
それは、言葉よりも雄弁な答えだった。
フローティアはハッと息を吞むと、くしゃりと表情を崩した。
「そう、なのね…」
口元を震わせ、瞳に薄い水の膜を張りながら、それでもフローティアは懸命に笑った。
「婚約者がいるのは、良いことよね。…おめでとう、ラウス」
見ているこちらまで痛々しくなる笑顔に、ラウスは胸が締め付けられた。
自分が情けなかったせいで、臆病だったせいで、フローティアにこんな顔をさせてしまった。
自分が勇気を出して、一歩踏み出せなかったせいで――。
フローティアが一歩後ろに下がった。追うように、思わずラウスも一歩踏み出す。
しかし、それでも声は出なかった。言うべき言葉は喉に引っかかって張り付き、こびりついて離れない。
「…っさよなら…‼」
小さく悲鳴のようにそう告げると、フローティアはくるりと背を向けて走り去っていった。
「フローティア様…!」
無意識にその背に向かって手を伸ばすが、手は空を掴み、やがて力なく落ちた。
何も言えず、彼女にあんな顔をさせてしまった自分には、追いかけることなんてできない。
心が限界になり、ラウスの前から逃げ出したフローティアは、走りながら両手で顔を覆った。両目からぼろぼろと涙が零れ落ちる。
こんなことになるくらいなら、ちゃんと自分の気持ちを言葉にすればよかった。
自分の思いを言葉に乗せることが怖くて、ずっと逃げていただ。そのツケが回ってきてしまったのだろう。
もう、自分の思いをラウスに伝えても、ラウスを困らせてしまうだけだ。彼に、そんな迷惑はかけられない。
「好き…好きだったのに…‼」
涙と共にあふれた出た言葉は、風に乗って消えていった。
「残念だったな。俺みたいな奴を婚約者にあてがわれて」
シャルティー家の屋敷の中、自室に戻ろうとしている深紅の髪を見つけ、ラウスは後ろから尖った声を浴びせた。
そもそもあの婚約は、エリーナが拒否を示せば立ち消えになるはずのものだった。エリーナが了承したから、こんなことになったのだ。
その苛立ちをそのままぶつけるように、口調も目線も自然と棘のあるものになった。
この数年ですっかり追い越し、今では背丈が自分の目下にあるエリーナを睨みつける。
エリーナはチラリと目だけでこちらを振り返った。
「せっかくヴァーマリン小王国の秘匿後継者を討ち取る功績を挙げたのに、学院を卒業したばかりの、業績も功績も何もない奴が婚約者って。どうせなら、オーサー伯爵みたいな権力者が相手ならよかったのにな!」
「…ああ」
エリーナは思い出したという表情で振り返った。ちなみにオーサー伯爵は、すでに70代の老人で、権力と知能と金があるだけの男である。
エリーナは身体ごとラウスの方を向いた。そして、口角をあげて、目で弧を描いた。
「別に、誰と婚約しようと構わないわ。ただ関係性に名前がついただけで、特に影響があるわけでもないんだし」
その口調と表情に、ラウスはそこはかとない違和感を覚え、眉をひそめた。
出会った当初から、人間味の薄い少女だった。
しかし、今目の前に立つこれはなんだ?
目の光が全く動かない。
ラウスの煽りにも、全く動じない。
ただ笑っている顔をつけられた人形が、そこに立っているだけのようだった。
エリーナの異様さにぞっと寒気がした。
だが、頭には血が昇っていて、冷静に考えようとしなかった。
ただ、いつもと変わらない、張り付けた笑顔を見せる少女が、何も考えていないように思えて腹が立った。
同い年なのに、功績を挙げ、たった3年で6等騎士から2等騎士に昇進したことが気に食わなかった。
先の統一戦争では、自分はまだアミュリッタ学院の学生で、何の役にも立てなかったというのに!
自分は父親が決めた婚約にこれほど腹を立てているというのに、本当にどうでも良いと思っているかのように動じない、その落ち着き払った態度が気に食わなかった。
感情をむき出しにして怒っている自分を、心の中であざ笑っているのではないかと思ってしまうほどに。
だから、いつも澄ました顔をして笑っているエリーナが気に入らなかった。
「ヴァーマリン小王国の秘匿後継者を討ったからって、いい気になるなよ!あんたは、たまたま、運良く、そいつを見つけただけなんだからな!」
突然、何の感情も乗らなかったエリーナの瞳にヒビが入った。
いつも憎たらしくなるほど涼しい笑みを浮かべていた彼女から、初めて笑顔が消えた。
代わりに、紅い瞳の中、激情の炎が燃え盛る。
いつも何も映していなかった瞳に、初めて感情の色が乗った。
それは、ラウスが初めて感じる。エリーナの心の底からの『怒り』だった。
「両親から本物の愛情を注がれて、愛する人に愛される、そんな幸せを当たり前のように享受してきたあんたには、私の気持ちなんて一生分かりっこない‼」
悲鳴のような叫びが廊下に木霊する。
エリーナがここまで感情を露わにしたことは無かった。
気のせいだろうか。
語尾が震え、泣いているようにも聞こえた。
そんな叫びに、ラウスは声を失くして立ちすくんだ。
エリーナは唇をきつく噛みしめると、自身を落ち着けるように深く息を吸い込み、吐いた。
そして、鼻を鳴らして笑った。
「…あんたこそ、私を将来の伴侶に仕立て上げられたことに、せいぜい苦しむがいいわ」
自嘲するような、全てを諦めたような、そんな皮肉めいた笑みだった。
紅蒼統一戦争での勝利を祝い、盛大な凱旋パレードが開かれた。
赤を基調とした大きな馬車が引かれ、その中でスカルロート15世が満面の笑みを浮かべながら手を振る。その隣で、王妃も控えめに小さく手を振っていた。
その前後には王国騎士団が付き従い、一切の乱れの無い動きで行進をする。
パレードの開かれている街道には、多くの国民が押し寄せ、勝利に対する歓声を上げていた。
王室付きの交響団が音楽を奏で、町中に盛大なファンファーレを鳴らす。
「国王陛下万歳!スカルロート王国に栄光あれ!」
「栄光あれ!」
「ばんざーい‼」
国民たちの喜びに湧く声が、国中に響き渡った。
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