第16話 籠城作戦

「王国騎士団、進攻開始!」


 セシルの号令によって、王国騎士団がヴァーマリン小王国の国境を踏み越えた。次々と足を踏み入れ、ヴァーマリン小王国の騎士団と剣をぶつけ合い、弓矢を浴びせる。


 のちに『紅蒼統一戦争』と呼ばれる戦いが、幕を開けた。




 激しく剣をぶつけ合う音が鼓膜を貫く。

 周囲はすでに血みどろと化していた。藍色の戦闘服と朱色の戦闘服が等しく戦場に転がっていく。


 ヴァーマリン小王国の、ガラス細工を施した涼し気な美しい景観が、今は煤けた煙や燃え盛る赤に染まっていた。ゆらゆらと燃えている赤をそのガラスに映し、そして砕けて割れていく。整備されていた街道に、ガラスの破片が無残に散らばっていった。


「怯むな!敵を押し返すのだ!」


 ヴァーマリン小王国の騎士たちが声を張り上げて士気を上げようとする。その中をスカルロート王国の騎士たちが切り込み、歩みを進めていった。


「はぁっ!」


 気合と共に、相手の剣技をすり抜けて腹に刃を斬りこむ。切り裂かれた腹を抑えて相手が吐血したところに、躊躇することなくとどめを刺した。エリーナは顔に飛んだ返り血を指で拭うと、つと顔を上げた。


 遠くに、小さく城が見える。晴天の青空のような色合いの城だ。


 目指すはあの城。場所は、中心に位置するこの国の首都ブラウメトロ。


 そこまで、何がなんでも辿り着かなければならない。

 エリーナは剣を強く握ると、敵陣に斬り込んで行った。


 開戦一日目で、ヴァーマリン小王国の南の街が陥落した。



 戦力は、スカルロート王国の騎士団が圧倒的だった。

 ヴァーマリン小王国の騎士団は、もともとスカルロート王国の王国騎士団に所属していた者たちが、ヴァーマリン一世と共に国を離れ、そして八年かけて作り上げた騎士団だ。もちろん構成員の人数はもとの王国騎士団とは比べ物にならないほど少なく、戦闘力も劣る。

 更に、ヴァーマリン小王国は建国からこの八年間、スカルロート王国分断戦争以来、戦いをしてこなかった。貿易として周辺諸国と交流はあったものの、比較的良好な関係を築くようにしていたため、戦争にならなかったのだ。


 最後に武器を取ったその分断戦争も、王国騎士団の主戦力であるノルディや第二、第三部隊は別の戦いでいなかったため、まだまだ未熟な騎士たちが参加していた。


 つまりヴァーマリン小王国は、スカルロート王国の騎士団の本気の戦力と剣のぶつけ合いをしたことが無かったのである。


 八年間、実戦をしたことがなく、仲間同士で剣の訓練をしてきたヴァーマリン小王国の騎士たち。

 対して、ずっと周辺諸国と戦いを繰り広げ、命のやり取りをし、死線を潜り抜けてきたスカルロート王国の騎士たち。


 どちらに軍配が上がるかなど、火を見るよりも明らかだ。

 開戦から一カ月。

 あっけなく、ヴァーマリン小王国の首都ブラウメトロが陥ちた。




「今すぐ閉門せよ!籠城作戦に移行する!」


 ヴァーマリン一世の指示が場内に響き渡り、すぐさま城の門が閉ざされた。


「国民の避難は?」

「大丈夫です。陥落した都市は、全て国民の避難が完了しています。他の街も、ほとんどが避難済みです」

「よし…。兄上の狙いは恐らく私だ。私がここに入れば、間違いなく王国騎士団はこの城を陥としに来る」


 ヴァーマリン一世は拳を強く握りしめると、この場にいる自らの家臣たちを見まわした。


「このような事態になったことは誠に遺憾ではあるが、もう少しの辛抱だ!この作戦を乗り切ったら…また皆で、祝杯でも挙げよう」


 穏やかな表情と共に言われたその言葉に、家臣たちは沸き立った。

 未来への言葉。約束。誓い。

 国王はまだ、この国の未来を諦めていない。

 ならば、家臣たる我らが膝を屈するわけにはいかない。




「籠城作戦に出たか…」


 ブラウメトロが陥落した日の夜、野営テントの中でセシルはううんと唸り声を上げた。

 籠城作戦は、守備側が補給物資、食料などを受け取れないなどのリスクがあるが、攻勢側もリスクが大きい。そもそも城に入るために近づいたところを、弓の雨が降り注ぐ可能性がある。

 また、籠城作戦は長期戦になることが多く、攻勢側も物資の調達が必要不可欠になるのだ。

 騎士の負担が大きくなると、騎士団全体の士気にも影響する。


 ヴァーマリン一世に開城させるにはどうしたら良いだろうか。


 いや、そう簡単に門は開かないだろう。ブラウメトロが陥ちた直後、すぐさま閉門したのだ。元から籠城作戦は考えていて、その上で準備をしていたはず。少しのことで開城するとは思えない。


 そういえば、と、ふとセシルは顔を上げた。


 ヴァーマリン一世がスカルロート王国第二王子であった頃、セシルも何度か彼とは言葉を交わしていた。兄のスカルロート一五世とは真逆の性格で、戦いを嫌い、国民のための国を創りたいと良く言っていた。


 そんな彼の心優しい性格は、今も健在だ。なんせ、この国に踏み込んでから、自分はまだ、一度も国民を見ていない。


 これは使える。

 随分と自分もスカルロート一五世に毒されたなと思いながら、セシルは笑った。

 何も、馬鹿正直に正門を開かせれば良いわけではない。

 要は、こちらが城の中に入ることが出来れば良いのだ。



 翌日の朝。

 王宮内は、騎士や家臣たちのパニックに陥った声が、悲鳴のように木霊していた。


「まずい!〈ヤマカガシ〉率いる第一部隊と、あと複数の部隊がヴァンスールに向かっているぞ!」

「なっ、どういうことだ⁉なぜ〈ヤマカガシ〉がそちらに行く!陛下は城にいるんだぞ!」

「おい、ヴァンスールには、陛下が避難させた国民がいるはずだろう⁉」


 部下たちの困惑した声を耳に、ヴァーマリン一世はサッと血の気が引いた。

  〈ヤマカガシ〉。

 ノルディ・クレイバーン。

 クレイバーン家は血の気が多く、また戦闘力が高い。彼もそれに漏れなかった。むしろ、代々のクレイバーン家の中でも、一際戦いを好み、勝利を好み、そしてそれを可能にする圧倒的な武力がある男だった。


 その彼がなぜ、殺傷対象のいる城には目もくれずにヴァンスールに向かう?


 ――いや。そもそも、その対象が自分ではなかったとしたら?


 ヴァンスールは、北方にある巨大な洞穴であり、自然の要塞だ。洞穴の周りは木々に覆われ、草が生い茂っている。

 そのため、洞穴の中にいても、草木がこすれることで何者かの接近が分かり、警鐘の代わりとなる。また、洞穴の中は暑すぎず寒すぎない、ちょうど良い気温になっていて、更に水も沸いていた。

 食料と簡易テントを持ち込めば、数週間は籠って生活ができる場所なのだ。

 そして、もともとヴァーマリン王国はスカルロート王国の領土の一部だった。だから、ヴァンスールという自然の要塞の存在も、場所も、確実に知られている。


 ヴァーマリン王国は少ないながらも国民がいる。ヴァーマリン1世は、スカルロート15世から宣戦布告があってすぐ、必死に国民を説得していた。そして、数日かけてヴァンスールに避難してもらったのだ。


 だから、今〈ヤマカガシ〉が向かっている場所には、ヴァーマリン王国の国民全員がいる。


 まさか、国民もろとも滅ぼしてしまえと、そういう算段なのか。


 顔面蒼白になった国王の姿に、王妃が慌てて声を上げた。


「落ち着いてあなた!〈ヤマカガシ〉が本当にヴァンスールに向かったのかどうかも分からないのよ!」

「でも、本当にヴァンスールに向かっていたらどうする⁉あそこには、私たちが守るべき国民がいる!だが、〈ヤマカガシ〉に対抗できるような騎士は、ヴァンスールにはいないぞ!」


 もちろんヴァンスールにも、国民を守る任務を与えられた騎士が何人か配置されている。しかし、王国騎士団の主戦力はこちらに割いてくるだろうと思っていたために、到底〈ヤマカガシ〉と戦える人数も実力を持っている者も、配置していない。

 想定外のことになった。

 ヴァーマリン1世は、ギリッと奥歯を噛みしめると、勢いよく振り返った。


「ヴァンスールに何人か騎士を送りたい!誰か、志願してくれる者はいないか!」


 ヴァーマリン1世の言葉に、信じられないと言わんばかりの表情で、第一団隊隊長が詰め寄った。


「陛下のお側を離れるなんて、そんなことはできません!我ら騎士団員の命は、陛下と王妃のためにあるのです!」

「だめだ!」


 ヴァーマリン1世の鋭い刃のような声が空気を激しく揺らした。気圧されたように、数人の騎士たちがたじろぐ。


「騎士団は、国民の命を守るためにある。国は、国民のためにある。国民がいなければ、国は成り立たない。国民があるから、国は形を保つことが出来るのだ」


 ヴァーマリン王国の頂点に立つ国王は、その場を揺さぶるような威圧のある声でそう言うと、ぐるりとこの場にいる騎士たち一人ひとりの顔を見た。


 自分を信じ、ここまでついてきてくれた彼らだ。今まで自分が何を大切にしてきたのか知っている彼らなら、自分の考えも分かってくれる。

 これは、彼らに対する自分の信頼の形であり、また同時に甘えでもあるのだろう。

 そして、彼らが嫌だと思うことでも命令を下すのが、国王の務めだ。


「だから、今優先するべきは、私ではない。では、何を優先するべきか。分かってくれるな?」




 じめじめと湿り気を帯びた狭い通路を、なるべく足音を立てずに進む。先頭を走る第一団隊隊長の持つ小さな蝋燭一つが唯一の光源だ。外から太陽の光が差し込むことが無いために、薄暗く、かび臭い匂いが充満していた。正直、鼻が取れてもおかしくない。


 この通路は、いざという時のための脱出経路の一つ。つまり隠し通路だ。このような道は他にもいくつかあり、今通っている道は、王宮からヴァンスールまでかなりの近道になる。

 ヴァーマリン1世はあの後、第一団隊全員をヴァンスールに送りこむことを決断した。

 本当はもっと人数を割きたかったようだが、それは騎士団が全力で止めた。

 王宮に戦力を残さないのはまずい。国王がいるから、国は国として機能することが出来るのだ、と。


 そして今、第一団隊所属の騎士は、王宮のそれぞれの隠し通路から外に出ようと歩みを進めていた。

 正門にはスカルロート王国の王国騎士団が集まっている。正門を守っている騎士が、スカルロート王国の騎士の注意を引き付けるため、外壁から弓を放っているのだ。

 急いで外に出なければ。スカルロート王国の騎士たちの注意をいつまでも引くことは難しい。疑惑を持たれる前に…!


 数人の靴音が厚い石造りの壁に反響する。すぐ耳元で鳴っているかのような音を聞きながら歩いていると、重々しい扉が目の前に現れた。

 隠し通路の出口だ。

 出口の扉は厳重で、外からは開けられない。内からレバーを回してロックを解除することでしか、外に出ることはできないのだ。


 第一団隊隊長は、手に持っていた蝋燭を部下に渡すと、扉のレバーを握った。横向きについていたレバーを起こす。

 カチッという軽い音と共に、扉がわずかに開いた。漏れ出る陽の光に思わず目を細めながらも、辺りを警戒しながら身体を出した。


「よし、全員出ろ。急げ!」


 小声で鋭く指示を飛ばす。

 隊長と同じ通路を通った騎士全員が外に出た、その時だった。

 上から赤い何かが目の前に降った。

 それが何かを認識する前に、赤い閃光が駆け巡り、全員の喉元をかき斬った。



「うっわ…。レグリス騎士、あなた暗殺の才能があるって言われたことありません?」


 全力で引いた声を出され、エリーナは血のついたナイフを片手に後ろを振り返った。

 弾けるように鮮やかなオレンジ色の髪から得る印象とは裏腹に、盛大なしかめ面を披露しているのは、エリーナの一年後輩アーロン・モーセ四等騎士だ。後輩と言ってもエリーナより十歳年上であり、結婚して子供もいる。

 ヴァーマリン1世は、恐らくヴァンスールに複数人の騎士を派遣するだろう。そして、正門を使わず出られる隠し通路を使うはずだ。

 隠し通路にも必ず出口はある。

 ヴァンスール方向のいくつかのポイントで待ち伏せし、騎士が出てきたところを叩いて、城に潜入する。

それがセシルの立てた作戦であり、見事に的中した。恐らく他の待ち伏せに抜擢された騎士も隠し通路を発見しているだろう。


 エリーナは先ほどのアーロンの言葉に軽く肩をすくめると、ナイフの血を振り払い、太腿のベルトになおした。

 このベルトには、他にも毒針などを仕込んでいる。確かに、暗殺が得意なのかと言われてもおかしくない装備ではある。


「別に、何も言われたことないわ。それより、早く行くわよ、モーセ騎士。無駄口を叩いている暇は無いでしょうから」

「はいはい」


 エリーナとアーロンは、先ほどヴァーマリン小王国の騎士が開いた隠し通路に駆けこんだ。

息絶え、流れた血の海に沈んでいる十人ほどの者たちに、二人は目もくれなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る