第4話 王国騎士団入団式

「本日より、王国騎士団に新たに加わる総勢四三名の騎士たち。我々は、諸君らの入団を歓迎する。この国のため、国王のため、騎士一人ひとり、我らが祖国の一員であることを誇りに思うのだ。この国の剣となり盾となれ!決っして努力を惜しむな!」

「はっ!」


 王国騎士団入団式当日の朝は、新たな騎士の誕生を喜ぶかのような快晴だった。


 青空の下、新品の朱色の騎士服に身を包んだ新米騎士を前に力説するのは、王国騎士団副騎士長ノルディ・クレイバーン一等騎士だ。


 王国騎士団には階級があり、それによって騎士の実力が分けられている。新米騎士は六等級から始まり、功績を挙げたものから階級が上がっていく。六、五、四、三、准二、二、准一、一までの八つの階級で分別し、更に国王にその実力を認められ、騎士道を極めた者は『聖騎士』という称号が与えられる。

 

 今の王国騎士団には騎士長のセシルが聖騎士を冠し、副騎士長ノルディが一等騎士として君臨していた。


 赤褐色の髪を風になびかせ、彫刻のような美しい造形の顔を惜しげもなく晒しながら、ノルディは目の前に並ぶ新米騎士たちの顔を順に見た。


「お前たちの活躍に期待している!それでは、それぞれの所属部隊に移動せよ!」


 ノルディの声に呼応して、騎士たちは右手で拳を作り、左胸に手を当てる騎士の敬礼をした。


 ノルディの命令を受けて、新米騎士たちは前もって通知されていた部隊へと移動する。

 だが、新しい騎士はまだ戦場に立ったことが無いため、一番下の第六部隊の所属になる者がほとんどだ。入団当初から一つ上の第五部隊所属になるのは、学院を一位から十位で卒業をした者たちくらいだろう。


 だが、今年は例年とは違っていた。


「おい、あれが今年の学院首席か?」

「なんで首席が第六部隊にいるんだよ。他の上位十位までの奴は第五部隊にいるんだろ?」

「女は実戦でどれだけ役に立つか分からないからだってさ」

「ああーなるほどな。ていうかさ、あんな細腕で剣振れるのかよ?」

「まだ十二歳だろ?俺たちの足引っ張ってきたら冗談じゃないよなあ」

「ていうかマジであいつ首席なのか?嘘だろ?」

「もし本当なら、今年の騎士は当てにならないな。女に負けるのは、もう騎士として使いものにならないぞ」


 ひそひそと噂されているのを聞きながら、エリーナは凛と背筋を伸ばして第六部隊の列に並んだ。


 第六部隊所属の通知が来た時から、いや、学院に入学した時からこうなることは分かっていた。


 この国は男優先の社会だ。女は後ろで守られていればそれでいい。前に出てくるな、足手まといだ。


 国を治める国王がまさにその考え方をしているため、それがどうしても王国騎士団にも浸透していく。王国騎士団に今まで女騎士が誕生しなかったのはそのためだ。

 だから、王国騎士団にエリーナより早く所属している騎士たちから、自分の存在が快く思われるわけがないことは分かっていた。第六部隊には六等騎士だけでなく五等騎士や四等騎士も所属しているが、彼らに良い目をされるわけがなかった。


 だが、そんなものどうだっていい。


 なめられているというのなら、実力を示せばいいだけだ。


 実際、学院でエリーナと試合をした者たちは、怯えたように彼女を遠巻きにしている。

まだ時間はある。周囲を黙らせるだけの力をつけて、自分の実力を証明していく。

 エリーナは長い深紅の髪をまとめて金糸で束ねると、涼やかな笑みを浮かべて前を向いた。


 こうして、エリーナ・レグリス六等騎士の、新たな生活が始まった。




「ヴァーマリン小国の今の動きは?」


 所変わって、スカルロート王国の王宮にある玉座の間。

 赤を基調として数々の宝石が埋め込まれ、菌を惜しげもなくふんだんに使用された玉座に悠然と腰掛けている人物が、この国の国王スカルロート十五世だ。


 五十歳近い彼は十五年間この国を統治し続け、そして五年続いているヴァーマリン小国との膠着状態に疲弊する様子は微塵も見せない。むしろ、噛みついてくるのであれば、情け容赦一切なく切り捨てる無慈悲さを持った王だ。


 そんな国王の前に膝を折って頭を垂れているのは、国王の腹心であるセシルだ。セシルは王国騎士団騎士長としての立場から国王に厚い信頼を向けられており、国王の次に発言権が強いとされている。


 セシルは国王の先ほどの問いかけに、小国を見張らせている部下からの報告を伝えた。


「ヴァーマリン小国に、今のところ目立った動きはありません。自衛のためか、この国と同じように騎士や軍人を育てているようですが、我々の兵力に比べれば敵ではございません」

「そうか。引き続き監視をしておくように」

「はっ」

「ではしばらくブルトファン帝国へ戦力を割けるわけだな」


 国王の言葉に、セシルは眉をピクリと動かした。


「陛下、本当に帝国へ戦争を仕掛けるおつもりですか?」

「何か不満か?」


 国王の絡みついてくるような陰湿な目線に、セシルはグッと足を踏ん張ってこらえた。カラカラに乾いた唇を湿らせて、掠れそうになる声を絞る。


「恐れながら、時期尚早ではありませんか?ブルトファン帝国の戦力は底をしれません。新しい騎士たちも入ったばかりですし、もっとこちらの戦力を底上げしてから…」

「戦力の底上げを戦いまでに間に合わせるのが、騎士長の仕事であろう?」


 違うか、と。


 静かでありながら威圧を掛けてくる声音に、セシルは言葉に詰まった。


 ブルトファン帝国はアランチア王国とファランファ公国の二つの国で構成された、スカルロート王国の南東に位置する国家だ。世界最大の広大な土地を持ち、その分戦力も大きい。帝国を守る軍人たちは『鋼の鎧』と呼ばれるほど防御が硬く、そして重い。


 セシルが束ねている王国騎士団は二つの群に分かれている。

 他国との戦いに向かうための攻勢群と、自国の守りに特化した防衛群の二つだ。


 戦いに向かうのは攻勢群であり、ブルトファン帝国と戦うのも彼らということになる。戦力としてはもちろん日々の鍛練の成果もあって高いが、帝国の鎧を貫けるかと言われるとまだ分からない。

 懸念を持ったまま戦いに行けば、無駄な死人が出てしまう。


 だが、この国王を止めることは至難の業だ。それはもう何十年と使えてきてイヤというほど身に染みている。


 セシルは国王にバレないよう小さく息をつき、頭を下げた。


「かしこまりました。最善を尽くします」

「よろしく頼んだぞ、騎士長」


 ニヤリと不敵に笑った国王は、ふと思い出したように口を開いた。


「セシル、この間入った騎士団の新入りたちはどんな様子だ?」

「日々稽古に勤しんでおります。騎士たちの士気も大変高く、あと一月もすれば、かなりの功績を挙げられるでしょう」

「お前が後ろ盾についていた子どもも、この間入団したそうだな。女の身で、訓練はできているのか?」


 国王の言葉の裏にある、彼の言いたいことを読み取ったセシルは、一瞬目をすがめた。


 つまり、今の発言は。


 『女の分際で、しかも子どもが、男ばかりの世界でやっていけるわけがない』と。そう言っているのだ。


 スカルロート十五世は昔からそうだった。

 女性は家を守る者。勉学も武術も、身に付ける必要はない。力を持っている男性優先は当たり前。女は男を立て、後ろに下がっているべきだ、と。そう考えているのだ。


 そのせいか、この国の女性の地位はとても低い。


 スカルロート王国全体としては、一部を除いたほとんどの人たちが、一定水準を満たした豊かな生活をしている。だがほとんどの家庭において、男性が外で働いて収入を家に入れ、女性は家に閉じこもって家事と育児を引き受けている。

 それで良いと考えている人たちは、まだいい。本人たちがそれで納得しているのだから。


 問題は、自分の子どもの面倒を見る時間が欲しいという男性や、働きたいと声を上げる女性がいる場合だ。以前その旨を書いた書面が届いたことがあったが、王は「くだらない」と一喝して破棄してしまった。


 今は王の権力が絶対であるとされ、それで国の統治はできているが、いつか通用しなくなるだろう。

 その時、この国は一体どうなる?


 必ず、この王の考えを改めさせねばならない時がくる。その鍵となるであろう少女は、もう用意できている。


 彼女の第六部隊派遣を決めたのはセシル自身だ。騎士団の中にも、王と同じ考えを持っている騎士はたくさんいる。


 彼らを黙らせるには、彼女の実力をその目で確かめてもらうしかない。


 実例を見てしまえば、少しでもあの考えに穴を開けることができる。まだ幼い彼女には重い負担がかかってしまうが、きっと跳ね返すだけの力を持っているはずだ。


 彼女を小馬鹿にしたような王の言葉に怒りが頭をもたげるが、無理矢理に抑え込み、セシルは晴れやかに笑って見せた。


「ご心配には及びません、国王陛下。あの子は…エリーナは、きっと立派な騎士になり、あなた様の剣となり、盾となるでしょう」


 アミュリッタ学院を最年少で入学し、首席で卒業した彼女の実力を、決して侮らせはしない。


 たとえ一国の王であろうとも。

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