第3話 物語の本筋からは外れたけれど、モブはモブなりにこれからも生きてゆく

 妊娠しているのに、婚約者が故郷から追いかけて来た元カレとヨリを戻してしまい、破談となった。


 とんでもない大惨事だ。


 大惨事には違いないけれど……私は人生投げ出してはいない。小説の中の仮面婚約者のように、行方不明になったりしないし、辺境の地で流行り病で死ぬつもりもない。


 幸いにも、物語の強制力なるものは、モブには作用しないらしい。主人公二人から離れた私の周りでは、ストーリーに関連するような動きは見られない。


 私はもうすぐ臨月を迎える。あの騒動のあと、多少のゴタゴタはあったけれど、私の希望通り婚約は解消された。ハオランはやっぱり父に殴られて、ボコボコになっていた。


 避けることなく父の拳を受け続けるハオランを、シャオと二人で見守った。これで人を傷つけるということの意味を、少しはわかってくれると良いなと思う。


 隣でシャオがブルブルと震えながら泣いていたので、ヨシヨシと頭を撫でてやった。


 ちなみにハオランは、謝罪のために故郷から駆けつけた彼の両親にも、やはりボコボコにされていた。咽び泣く母親から殴られるハオランはさすがに見るに忍びなく『もう良いんですよ』と止めた。


『この度は息子が、お嬢さんに大変なことをしでかしてしまいました。親子共々、一生をかけて償わせて下さい』


 揃って地面に頭を擦り付けるご両親を見て、ハオランは殴られている時よりも辛そうな顔をしていた。親が自分の愚かな行いのために頭を下げるというのは、頭で考えるよりもずっとキツイ。


「終わったことです。人の気持ちはどうにもならないんです。謝罪を受け入れますから立って下さい」


 私が何度そう言っても、二人は泣きながら、いつまでも頭を下げていた。故郷の代官の仕事については、父と共に続けてくれるよう説得したが、引き継ぎを済ませたのちに退職願いが届いた。今のところ、まだ保留にしてもらっている。



 鬼畜攻めについては……シャオが望むなら良いのかなとも思うけれど、お互いに身体も心も大切にして欲しい。





 私は、私に甘い父親と太い実家の恩恵を最大限に活用して、図太く逞しい未婚の母になるつもりだ。


 私はまだまだ若く健康で、それなりの美貌と良家の令嬢の持つ上品さを兼ね備えている。これに経産婦の胆力と前世の身分差に拘らない考え方が加わったら、鬼に金棒、獅子に鰭、竜に翼を得たる如し。


 私と生まれてくる子供をまとめて愛してくれる、とびきりの良い男を捕まえられないわけがない。


 今度こそ、お互いだけを見つめる大恋愛をして、都中に祝福される結婚式をして、泣いて笑って大団円の人生を歩んでみせる。


 もちろん、子供の作れない主人公カップルが、ハオランに似た息子を欲しがったとしても、絶対に渡すつもりはない。養育費を払っただけで親になれると思ったら、大間違いだと知るが良い。



 そして……。


 私にはやりたいことがある。



 この世界の福利厚生はまだまだ未熟だ。子供を抱えて、ひとりで途方に暮れている女性がたくさんいる。離婚したり夫を亡くした人、家庭内DVに苦しんでいる人、私のように未婚のまま母親になる人……。


 そんな女性たちを受け入れる場所を作りたい。弱っている人が元気に子供と歩き出せるまで、助けてあげられる仕組みを作りたい。


 そのためには、前世の現代知識にも自重しないで手を出すつもりだ。実家の地位や人脈も、遠慮なく利用する。


 シャオとハオランには、そんな私たちが暮らすこの国を、しっかり守って立派な英雄になってくれると良いなと思う。

 二人はこれから波瀾万丈、血風渦巻く怒涛の人生を歩んでゆくのだ。達者で暮らし、養育費をたくさん送って欲しい。



 私は物語りの大筋から、早々に外れたモブだ。これからは主人公の二人とは遠く離れた場所で、描写されることなく生きてゆく。


 けれど私の人生の主人公は、紛れもなく私自身なのだ。しっかり励んでゆこうと思う。


 そしていつか、ハオランの書く自伝で、恩人として存分に褒め讃えられるのだ。ハオランが生まれて来る子供の父親を名乗れるかどうかは、その時に決めようと思う。



 物語は、まだまだ序盤。はじまったばかりだ。





                おしまい


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BL小説の鬼畜攻め主人公の寝取られ婚約者に転生してしまった はなまる @hanamarumaruko

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