第1話 燃えるアイドル

ライブハウスが燃えるのを忘れられない。


夜零時を過ぎた繁華街。静まった通りと爆発的にうるさい通りとが交差して混沌としている。私はなんとか「歩く」をやってはいるが、どこかに向かうことはできずにいた。

さっきまでは一時的に幸せだった。悲壮が煮詰まって酷い喜びとの境が無くなり、私は持ちうる限りの力を持って、今宵死んでも構わないとばかりに暴れて、見事魂を殺し切った。

あのライブハウスは私の墓。今までで一番大きな箱。狭い階段を登って地下から地上に出ると、排気ガスと下水の混ざったおそろしい臭いが私と私の仲間たちを襲い、一気に現実へ押し戻した。いつもよりずっとおざなりな挨拶。恒例なはずのファン同士の打ち上げも何故か誰も提案せず、私達は散り散りになった。


推しが、アイドルを辞めた。

私の人生で一番好きな人だった。


大学生の頃、つまりは五年前、彼女に出会った。

私は無趣味で、それまでの人生これといって打ち込んだことも無く、非常につまらない人間だった。女友達に合わせて見た目がかわいい食べ物を食べ、流行の服を着て、ほどよく授業を受けほどよくアルバイトをしていた。

きっかけは、バイト先で少し浮いた後輩の面倒を見たこと。内気なくせにいくら店長に注意されても水色のインナーカラーをやめない女の子で、扱いに困りつつも仕事を教えていたら懐かれた。段々よく喋るようになった彼女の話をウンウン言って聞いていたら彼女と出掛けることになっていて、いつのまにか小さなライブハウスの前にいた。古い雑居ビルの狭い入り口にぽつんと看板が出ていて、妙に派手なTシャツを着た人がたくさんうろうろしている。煤みたいな色の扉の先には狭い狭い階段が地下へ伸びていた。


「六グループ出る対バン形式なんです。あ、私の推しは三番目に出るけど、えっと、先輩は、現場初めてでよくわからないと思うし、せっ、せっかくだから全部見てみませんか。あ、コレ、サイリウム……先輩のぶんの……」


後輩の言うことはほとんどわからなかったが、職場で縮こまってるその子がきらきらした目で喋るのが面白くて、まあいいかと思った。つまらない人間は、楽しそうな人間に弱い。彼女の後に続いて階段を降りる。踏み外しそうで怖いほど狭い一段一段を、身体を斜めにして。


今思えば、その狭すぎる階段は、煙突だった。


あの子は、赤。

赤い髪。高い位置で二つに結んで、自慢げに振り回している。衣装も赤。大きく開いた襟とふくらんだ袖だけが白で、他は真っ赤。牡丹の花のように広がるスカートは短く、下から大量の赤いフリルが覗いている。音楽に合わせて赤の網タイツに包まれた脚を高く上げ、振り下ろす。軸足でくるっと回る。大きなリボンがついた赤いパンプスが小さなステージを震わせる。全てが、赤く、華やか。


「あっ、あっ、あの子、誰」

「えっ? どの子ですか。何色?」


後輩は、後輩の「推し」の出番が終わって気が抜けているようだった。私の発言でやっとステージに視線を戻す。


「あの、あの……」


指を差そうとして、両手にサイリウムを握らされていることに気付く。ぴかぴか光る棒でステージを差す。同時に、他の客もゆっくりとサイリウムを頭上へ掲げた。曲が終わる。まばらな拍手。


「あの、炎のような子」


これが、人生で一番好きな人との出会い。


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