最終話 「太陽と銀世界」
「そのおかげで気付いたんだよ」
渡利は、初対面の伊達に対しては『嫌な感じがする』と言って毛嫌いしていた。しかし、それ以降に会ったときはいつも通り人懐っこく会話していた。
「思い出してほしいんだけど、伊達さんと会う前、僕と鎌田はチンピラに襲われたよね」
「ヤクザの舎弟だよな」
「うん。その時、僕はあるもののおかげでピンチを免れた。なんでしょう?」
「この野郎、馬鹿にするなよ! スタンガンみたいなやつだろ?」
「その通り」
寮に向かって走っていた碧海に、一人のチンピラが立ちはだかった。暴力沙汰とは無縁の碧海は防戦一方だったが、そこで円筒型のスタンガンがチンピラに突き刺さり、辛くも逃げ出すことに成功したのだ。
「そのスタンガンみたいな筒は、あのショットガンから発射されたものだったんだよ。少し銃口が大きく感じたのはそのせいだ」
「じゃあ、初対面のおっさん巡査を渡利が嫌がったのは……」
「伊達さんは襲われてる僕をショットガンで助け、すぐに寮に戻ってきた。だから、体にはまだ火薬のにおいが残ってたんだよ。渡利はそれを嗅ぎ取ったんだと思う」
渡利の『嫌な感じ』について説明した時点で、そのことには気付いていた。
渡利の止血をする最中でショットガンの存在に気が付いた碧海は、起爆スイッチに指をかけるキョウロウに向け、円筒型のスタンガン、正確には電極ユニットを放ったのだった。
「ショットガン型のスタンガンなんてあるんですね」
「あれか、海外の警察が使ってる……なんだっけ、なんたら銃みたいなやつか」
「テーザー銃のこと? テーザー銃は電極と銃本体が電線でつながってるから、射程距離は数メートルもない。でも、銃本体と電極が完全に分離してるショットガン型テーザー銃は、数十メートルもの射程距離があるんだ。なんかで読んだ」
読書家だった叔父の影響で、一時期碧海は手当たり次第に本を読んでいた。活字さえ並んでいればなんでもよく、今思えば活字中毒か何かだったのだと思う。
少なくとも、その時に得た知識はいま役に立っている。
「あれだな……だいぶあいつに助けられてたのかもな」
「そうかもね。本人にそのつもりはなかっただろうけど」
「しかし、どうしてすぐに離れなかったんだろうな」
「キョウロウに飛びかかったとき?」
狂犬のごとくキョウロウに喰らいついたとき、渡利は鎌田の警告を聞いても離れようとしなかった。
「……渡利、言ってたんだ」
止血をしている最中、渡利は絞り出すように言った。
「『爆弾』って」
「何だって? 知ってたのか!?」
「キョウロウに飛びついたとき、音が聞こえたらしい。たぶんだけど、リモコンから発せられたモスキート音か何かだと思う。それで、何かやばいものを持ってるって気づいたんじゃないかな」
だからキョウロウから離れなかったのだ。自分が攻撃をやめれば、爆弾か何かを起動させるのではないかと恐れて。
「僕がすぐにショットガンを構えられたのも、渡利からこの言葉を聞いたからだよ」
「くそ、ったく……ええかっこばっかしやがって」
どこかしんみりとした空気を肌に感じながら、さらに数十分ほど世間話を続ける。フィクションの世界なら、赤く点灯する『手術中』のライトを見つめながら指を組んで祈るのだろうが、医療関係者でもない碧海たちはそのライトが見える場所に立ち入ることはできない。
できるのは、閑散とした受付で言葉を交わし、気を紛らわすことだけだ。
そして、その会話さえも、のしかかる沈黙を追いやることはできなかった。
むっつり黙りこくり、三十秒おきに手術室へと続く廊下を見やる。
――もしだめだったら……。
いつも陽気にへらへら笑っていて、かと思いきや実は臆病で、それなのに無鉄砲に突っ走る渡利の姿が、走馬灯のように脳裏を駆け巡る。
神楽は無表情に窓の外を見つめ、鎌田は仏頂面で床を睨んでいる。
碧海は自分の手を見下ろした。血に濡れた手はよく洗ったはずだが、どこかべたついているようにも感じる。
渡利が死んでしまったら、一生この感触はとれないような気がする。
「先輩」
そのとき声が聞こえ、碧海たちははっと顔を上げた。首に白い絆創膏を貼った結城が立っている。
「ゆ、結城くん!」
「事情聴取の途中だったんですけど、無理言って抜けてきました」
結城は痛みに耐えるように顔を歪ませていた。
「痛むのか? ていうか、首、怪我したのかよ」
「思ったより深く切られたので、佐川先輩が作ってくれたカバーを貫通してしまったんです。ちゃんと手当てしてもらったので、痛みはあんまりないんですけど」
「そうか」
結城の表情は、決して首の傷の痛みによるものではないだろう。それは本人の口から発せられた。
「あの、渡利先輩は……」
「今は待ってる段階」
神楽と鎌田には話した、確率の話はしないでおいた。気の弱い後輩にするような話ではない。
「僕も待ってていいですか?」
「もちろん」
隣の椅子をたたくと、結城は遠慮がちに腰を下ろした。それからやはり碧海たちと同じように、手術室がある方をちらちらと見る。
またしてもやって来る沈黙。
「…………」
さらに数分が経過し、ついに待ち望んでいた人物が姿を現した。
「先生!」
渡利の治療を担当した医者は、無表情に碧海たちを手招きした。
「残念ながら頸動脈は傷ついていました」
「そ、そんな……」
「ですが、かすっただけです。だけと言っても、相応の出血はありましたが」
医者は壁掛け時計を見上げ、淡々と言った。
「若いですし、明日には普通に話せるようになるでしょう。何日か様子を見て、後遺症の類もないようなら退院できます。縫合も上手くいったので、そこまで大きな傷跡は残らないかと」
碧海たちは顔を見合わせ、歓声を上げながら飛び上がった。
――――――――――
今現在、第二部を執筆中です。
またしても碧海くんたちが事件に巻き込まれます。
今度の敵は殺し屋か政治家か、はたまた……。
投稿できるのは夏頃になると思いますが、気長にお待ちいただけると幸いです。もしかしたらちょくちょく短編を投下するかも。
フォローなどしていただけると、第2部執筆のモチベーションが激上がりするので、ぜひよろしくお願いします!
それでは、またいつか!
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