第49話 「命懸けのレース」
「そらちゃん!」
渡利が声をかけると、夏目はぴくりと肩を動かした。ソファに座り込んでうつらうつらとしていたのだろう。また不機嫌になってしまうかと思ったが、渡利の無邪気な声にあてられたか、彼女はゆっくり身を起こした。
「あんまり話が長いと、帰っちゃうよ」
背を向けたまま声をかけられる。神楽と渡利は正面に回り、ソファに腰を下ろした。
「すみません、緊急事態だったもので」
夏目は呆れたように目を回した。膝の上に、大事そうにノートパソコンを乗せている。
「で、くだんの件だけど」
夏目はパソコンを立ち上げ、神楽と渡利を交互に見やった。
「GPSを追うことはできる。だけど、そこからどうするつもり?」
「そら、みんなで殴り込みに……」
「人生楽しそうだな、いぬっころは」
渡利の臆病なくせに無鉄砲な性格は、夏目も十分承知している。その子犬みたいな性格から、『いぬっころ』というあだ名を授かっているほどだ。ちなみに渡利が夏目のことを『そらちゃん』呼びをするのは、ちゃん付けで呼ばれることを嫌う夏目への仕返しである。
「そのことに関してですが、一つ考えがあります」
「へえ」
パソコンを操作しながら、夏目は気のない返事をよこした。とはいえ、体はこちらに傾けたままである。
「先ほどは話しそびれましたが、碧海くんが連れ去られる間際、『あらかわ、いえ』という言葉を残したそうなんです」
「あらかわ? いえ?」
「おそらく『荒川、家』ではないかと」
空中に漢字を書くと、夏目は合点がいったように神楽を見やった。
「荒川さん。昼間の警備員だ」
杜葉高校には三人の警備員がいる。一人が夜間警備員の飛騨で、残り二人が昼間の警備を担当する荒川と
「今回の事件に限って言えば、渡辺くん殺しの容疑者としてマークされていた人物です」
「発見されたのは夜中だろう。なんで荒川さんが学校にいるんだ?」
碧海は事件の概要を夏目に話していたが、ここまで細かいことは説明しなかったようだ。神楽はこの部屋に来る前に流し読みしておいた捜査資料を思い返す。
「飛騨さんが私情で休みを取っていたらしく、代打で夜間警備をすることになったそうです」
「よりによって、そこで殺人か」
「ええ。偶然にしてはタイミングが合いすぎている。だから警察の方々も荒川さんを重要参考人として引っ張ろうとしたようですが、なにせ証拠がない。渡辺くんの体からは、第三者のDNAが一切検出されなかったんですよ」
「当然、荒川さんは否認してるんだろうね」
「もちろん。殺人の容疑をかけられて嬉しい人なんかいません」
神楽はそこで言葉を切り、眉間を揉んだ。改めて、碧海の卓越した推理能力には舌を巻く。彼は限られた情報から必要なものだけを取り出し、それらを切って貼って新たな情報を作り出すのが上手いのだ。
「そんな荒川さんの名前を、碧海くんは口にした……」
「『家』というおまけ付きでね」
「荒川さんの家に何かあると、そう言いたいの」
神楽が一つうなずくと、夏目はタッチパッドをクリックしてから正面に向き直った。
「とすると、どうするつもり?」
「久瀬くんにも協力してもらい、二手に別れるつもりです」
今はとにかく人手が必要だ。善意を利用するようで心苦しいが、碧海の救出と銘打って手伝ってもらおう。
「二手に別れるって……全員でばーっと突っ込んだらええんちゃう?」
「人が多くても、我らがお侍さんにとっては足でまといでしょうし」
そのお侍さんは、いま部屋で仮眠をとっている。ただでさえ疲労が重なっているところに、神楽たちを守るという重荷まで背負わせたくない。
「ほんじゃ、もう片方は?」
渡利が片手をひらひら振りながら問う。
「碧海くんが拉致される羽目になった原因そのものを叩こうと思います」
「要するに、事件解決に動くんだな」
「はい」
一連の事件が解決しない限り、碧海は延々と狙われ続ける。
「碧海くんが敵の手に落ちてしまった今、僕らにとってはある意味で好機なんです」
今まで碧海自身が動くときには、常に敵からの襲撃を警戒していなければならなかった。何かしらの理由で、彼は二つの勢力から狙われている。一つはヤクザ、一つがキョウロウだ。
だが、キョウロウが碧海にかかりきりなら、神楽たちは比較的自由に動き回れる。今の碧海は、いわば鉄壁の要塞に守られているも同然なのだ。その鉄壁の内側には鋭い針が並んでいるが。
「攫われる直前、碧海くんは何かに気が付いたんです。それをギリギリのところで僕らに伝えてくれた。無駄にするわけにはいきません」
睨むように夏目を見つめる。
「これがラストチャンスだ」
神楽がつぶやくと、夏目はにやっと笑った。
「男子っていいね、熱くて」
「茶化さないでください。真剣なんです」
「分かってる。電話番号と機種だけ教えてよ」
「機種って……」
「ああ、そういう難しいやつじゃなくて。iPhoneいくつだとか」
「Androidなんですけど」
「へえ。嫌いじゃないよ」
リズムに乗るように体を動かし、夏目はノートパソコンの画面にさっと目を走らせた。マウスがないせいか、少しばかり操作しづらそうにしているが、それでも指先は目にもとまらぬ速さで動いている。
「……捕まえた」
夏目が満足そうに鼻を鳴らした。
「本当ですか!?」
「移動中だ。街の外れ、前回結城くんを拉致した時とは真逆の方向に向かっている」
「行き先は絞れそうですか?」
「空き倉庫とか空き家とか調べてみるけど、信号が動きを止めるまではなんとも言えない」
「十分です」
大体の方向さえ分かれば、救出隊を派遣することができる。
「渡利くん、久瀬くんを呼んできてください」
「分かった!」
渡利は力強くうなずいて飛び出していった。
――ここからは時間との勝負だ。
救出隊が居所を突き止めるのが先か、碧海が殺されるのが先か。
命を懸けた競走だ。
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