第45話 「希望」
その手品らしい喩えに、神楽は顔を輝かせた。
「ええ。この運動音痴の僕が、闇雲に突っ込むわけがないじゃないですか」
「じゃあ、その時に?」
「渡利くんのスマホを、キョウロウさんのレインコートに忍ばせておきました」
渡利には申し訳ないが、あの土壇場では彼のものを使うしかなかった。渡利のスマホには黒いカバーがつけられており、黒いレインコートと似た光沢を放っているのである。
神楽のスマホには白い本体に透明のカバーをつけているため、キョウロウのレインコートに忍ばせるには不適格だと判断したのだ。
「実際、鎌田くんの提案はそう的外れでもないんですよ。馬鹿にしましたけど」
「したのかよ」
「ちょっとだけね。それはそれとして、スマホにはGPS機能があります。夏目さんにこれを追ってもらえば、監視カメラに頼ることなく、彼らの正確な位置を割り出せるはずです」
徐々にいつもの大胆不敵な態度が戻ってきた鎌田を見つめ、神楽は腕を組んだ。
「鎌田くん、きみはとにかく体力の回復に専念してください。すぐにきみの力が必要になる。汚名をそそぐときですよ」
「……一時間くれ。五分で決着をつける」
一時間に対して五分。不釣り合いなように見えるが、実際はまるで逆だろう。決着の五分には、何時間もかけて体を整えても足りないほどの集中力と体力が詰まっているのだ。
「分かりました。時間稼ぎが必要な時には、僕の方で何とかします」
椅子にかけて干しておいた羽織を手に取り、身に纏う。
「希望のタネを潰えさせやしませんよ」
キザな物言いに鎌田が顔をしかめたが、珍しく何も言ってこなかった。
代わりに、二段ベッドに寄りかかって質問を口にした。
「それで、お前はどうするんだ」
「とりあえず、朝早くで夏目さんには悪いですが、無理にでも協力してもらいます」
「女子をたたき起こしたりしていいのかよ?」
鎌田はかすかに狼狽した表情を見せた。好きなやつは好き、嫌いなやつは嫌いという態度をとっているだけに、男子だからどうとか、女子だからこうとかはあまり気にしないのかと思っていた。
「何だ、意外と奥手ですね」
「うるせえよ! 行ってこい、行ってこい!」
奥手という言葉が刺さったようで、すっかりふて腐れてしまった。ぶつぶつとつぶやきながら竹刀をいつもの場所に戻し、ベッドにもぐりこむ。
本格的に寝入ってしまう前に、神楽は鎌田の隣で腰をかがめた。
「ちょっとスマホを貸してもらっていいですか?」
「もってけ、もってけ」
一直線にスマホが飛んでくる。神楽はわっと驚きの声を上げ、反射的に腕を持ち上げた。その手にたまたまスマホが当たり、なんとかつかみ取る。
不満の一つでも言ってやろうと鎌田の方を見ると、彼はすでにいびきをかいて寝ていた。
「まあ、いいか……」
神楽は息を吐き出し、メッセージアプリから追加した連絡先に電話をかけた。
十コールほど辛抱して待っていると、いつにもまして淡々とした声が聞こえた。
『朝っぱらから女子に尻尾振ってる暇があるなら、一本でも多く素振りしたらどうだ』
「すっ、すみません、竜さんです」
『なら、私に浮気なんかしてないで、トランプと手でもつないでいるといい』
朝五時にたたき起こされて、相当ご立腹らしい。一分ほど平謝りをして、ようやく夏目は態度を和らげた。
『それで? わざわざ鎌田くんのスマホを借りてどうした』
「並々ならぬ事態が発生しまして」
『聞こうか』
一連の流れを説明し終えると、夏目は一瞬の沈黙を挟んで提案した。
『談話室で会おう』
部屋には佐川がいる。あまり騒ぎたくないのだろう。
「了解です。渡利くんと待ってます」
通話が切れたスマホを見下ろし、神楽はほっと息を吐いた。第一関門突破だ。毎朝夏目を起こしている佐川の苦労が分かった気がする。
「それじゃ、行ってきます」
聞こえないと知りつつ鎌田に声をかけ、神楽はそっと廊下に出た。足音を忍ばせ、存在感を消しながら歩き、食堂にたどり着く。
指示通り食堂で待っていた渡利が、ぱっと顔を上げた。
「竜さん! 碧海は……」
「だめでした。けど、諦めたわけじゃありません」
「だよな! さすが竜さんや!」
ぱたぱたと駆け寄ってきた渡利は、真っ黒な目で神楽を見つめた。
「それで、どないするんや」
「夏目さんに協力を仰ぎました。談話室で待ち合わせてます」
「よし、ほな行こか!」
渡利はまっすぐ前を見据え、談話室に向かって一歩を踏み出した。
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