第43話 「急転直下の急展開」

「…………」


 目を開きかけ、すぐに腕で覆った。時間を確認しようと、無意識のうちに手に取った目覚まし時計の光が目を刺した。瞼の裏側でちらちらと瞬く長方形の光を追い出しながら、そっと腕をどける。

 時刻は五時前。カーテンの隙間から見える外はまだ暗い。日の出まであと一時間くらいあるだろう。


——久しぶりにちゃんと眠れたな。


 ここ数日、夜に行動することが多かった。おかげで慢性的な寝不足になりかけていたが、それも昨夜の睡眠で解消されたようだ。頭の中の霧が晴れたような気がする。


 碧海は布団を跳ね上げ、真下のベッドを見下ろした。いつもならこの時間に起き出してくる鎌田は、手足を大きく広げていびきをかいている。やはり昨日は相当しごかれてきたようだ。


 ベッドを軋ませないように飛び降り、片膝をつく。カーペットが衝撃を吸収してくれたおかげで、物音はほとんどない。


 洗面所で顔を洗う。

 小型冷蔵庫からよく冷えたペットボトルのお茶を手にし、蓋を開けて喉に流し込む。ひんやりとした液体が意識をはっきりさせる。


——殺された二人の警官……。


 自分の椅子に腰かけながら考える。ペットボトルをこめかみにあてると、頭痛がすうっと遠のいていく。


——なんで殺されなきゃならなかった?


 キョウロウは猟奇的殺人鬼ではない。殺しには理由がある。それは二人の警官を殺害したことにも言えることだろう。


 ペットボトルの側面を水滴が伝い、ももに垂れた。滴が染みを作っていくのをぼんやりと見つめていくうち、抱いていた違和感が形をとり始めていくのを感じた。


 ペットボトルを机に置き、こめかみについた水滴を拭う。


「捜査資料だ」


 引き出しを開けると、拳銃入りの密閉容器の下敷きになっていた捜査資料を取り出す。最初に数十枚の写真、次に渡辺万太について、最後に竹蔵春生についての資料がある。

 カーテンを開け、月明かりを頼りに活字を見つめる。


——鍵は、結城くんの話だ。


 結城の話と、捜査資料に書かれた文言を照合させながら読み進めた碧海は、顔を上げて窓を凝視した。


——そういうことか。


 ずっと燻っていた違和感の正体がつかめた。


 結城の話と捜査資料。

 この二つの間に、決定的な矛盾がある。


 不意に冷たい風が吹きつけ、碧海ははっと顔を上げた。

 誰も触っていないはずの窓が開いていた。


「なんで……」


 碧海は立ち上がった。机の上からスマホを手に取り、電源を入れる。


 窓の前に立つと、雪のにおいを含んだ風が頬を撫でた。隣県出身の神楽と鎌田はなんのこれしきと笑っていたが、渡利のように雪好きでもない碧海は、初冬の頃から分厚い布団にくるまって寝ていた。


 冷たい窓枠に手をかけ、力を籠める。

 かすかに軋むような音がして、窓が動く。


 あと少しで扉が閉まるというところで、隙間からにゅっと腕が入り込んできた。


「ぎゃっ!」


 伸びてきた腕に胸ぐらをつかまれ、ベランダまで引きずられる。

 碧海の叫び声を聞きつけたのか、誰かがベッドから転がり落ちる音がしたが、碧海はただ呆然と見上げることしかできなかった。


 月明かりが目の前の人物の横顔を照らしている。


「キョウロウ……さん……」

「さん付けとは、光栄だ」


 キョウロウは息を吐くように笑い、尻もちをつく碧海の耳元でささやいた。


「後輩がなかなか手ごわそうでな。力を貸してくれないか」

「た、助け……」

「今日は、用心棒が不調らしいな」


 キョウロウが部屋を覗きこむ。ちょうど鎌田が竹刀を握ったところだった。その隣では神楽と渡利が折り重なって倒れている。神楽がいたところに、渡利が転がり落ちたらしい。


「てめえ……碧海を放しやがれ」


 声はいつも通り低いが、まるで覇気がない。いつもなら頭上に構えるはずが、手の中の竹刀は力なく下がっていた。


「断る」


 キョウロウは短く答え、腰の鞘から抜いたナイフの柄を碧海のこめかみに打ち付けた。

 悲鳴は音をなすことなく白い息となって消え、それとともに意識も薄れていく。


——た、ただじゃ死なないぞ……!


 碧海は一縷の望みをかけて、喉の奥から絞り出した。


「結城……荒川、いえ……」


 渡利がぴくりと動きを止め、それから脇目もふらずに部屋を飛び出した。


「させるかあ!」


 神楽の決死の声が聞こえたが、間もなくして碧海は気を失った。

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