第34話 「襲撃のウラ側」
「とりあえず、結城くんは無傷で救出した。今は僕らの部屋で寝てるから、起きたら事情を話して部屋に戻ってもらうつもり」
『そうか』
夏目はそっけなく相槌を打った。
碧海はスマホを握り直し、見えないと分かっていて頭を下げる。
「今回は助かったよ。警察と消防を遅らせてくれたおかげで、ちょっと情報が手に入ったんだ」
本来なら五分から十分ほどで到着するはずの消防車やパトカーが、なぜか二十分以上たってから例の倉庫に到着した。おかげで碧海と伊達はそこそこ長話をすることができたわけだが、伊達も不思議がっていたこの遅延は、なんと夏目によって引き起こされたものだったのだ。
碧海たちを送り出したはいいものの、夏目は心配になって付近の監視カメラを巡回していたらしい。そのうちカメラ越しに爆音が聞こえ、慌てて一一九番がつながる消防指令センターのネットワークや警察無線に侵入、情報を撹乱して回ったのだ。
間違った住所を伝えられたり、突然無線が使えなくなったりといった障害に惑わされたため、両者とも到着が遅れたというわけだ。
『礼はいいよ。警察に来られて困るのは私もだから』
監視カメラをハッキングしていたら、偶然にも拉致の現場を目撃してしまった、などとは言えないだろう。
『それはそうと……まさか碧海くんが命を狙われてるなんてね』
「僕が一番驚いてるよ」
夏目には、事の詳細を洗いざらい話した。もしかしたら今後も夏目の力を借りことがあるかもしれないし、それ以前にこれ以上隠し続けるのも無理があると判断したからだ。
『薄々、碧海くんが渡辺くんや竹蔵くんの死と関係しているんじゃないかとは思ってた。だから監視カメラの映像をさかのぼっていたんだよ。何か映ってるんじゃないかと思って』
「結果は?」
『黒いレインコートを着た男が一人。結城くんのときと同じくカメラで追ってみたけど、カメラの映らないところで車に乗ったようで、すぐに行方知れずだ』
「まあ、そうだよな……」
カメラに映っていただけ万々歳といったところか。映ったところでせいぜい背格好しか分からないと踏んで、わざわざカメラを避けるようなことはしなかったのだろう。むしろ、非常口をこじ開ける方が証拠を残しやすい。
「とにかく、今日はありがとう。またこっちから頼むかも」
『うん。あ、結城くんには私のこと内緒にしろよ。お礼に来られても面倒だ。……それと、頼まれてた件』
夏目の声が愉快そうに弾んだ。
『やっぱり削除はできてなかった。どうする? 完全に削除もできるし、逆にこっちから向こうを荒らすこともできる』
帰ってきてすぐに、碧海は夏目にとある頼みごとをした。とある懸念があったためだが、どうやら的中していたらしい。
碧海は少し考え、一つ注文を出した。
『……やってみよう。あとで取りにおいで』
「分かっ……切れた」
こちらが言い終える前に切られてしまった。マイペースなのか、せっかちなのか。たぶん両方だろう。
「碧海くんを殺そうと企てるなんて、一体どこの不届き者でしょうね」
長く息を吐き出しながらスマホを放ると、神楽が面白がるように言った。
碧海はむすっと顔をしかめた。
「でもさ、僕を名指ししたからには、僕がなんかしちゃったってことだろ?」
「そうとも限りませんよ。人間、逆恨みとかいう訳の分からないことをしがちですから。きみは正当なことをしていても、殺害を依頼した人にとっては鼻持ちならないことだったとか」
「うーん」
キョウロウに襲われてから、誰かに恨まれてやしないかとずっと考え続けていた。杜葉高校内に限らず、記憶のある限り過去をさかのぼって考えたが、やはり分からなかった。
椅子に座ってうんうん悩む碧海を、同じく椅子に座って相対している神楽は真剣な面持ちで見つめた。
「とにかく、確実に一つ分かったことがあります」
「何だ?」
「碧海くんを襲ったというチンピラ、それからヤクザの方がいましたよね」
神楽が言うチンピラとは、鎌田とともに加藤の家を訪れた帰りに襲ってきた男たちのことだ。全部で七人。四人と三人に分かれて攻撃してきたが、あっけなく鎌田に沈められた。
ヤクザにしてはお世辞にも腕が立つとは言えず、一般人にしてはやけに好戦的だった。
そしてヤクザはというと、碧海をビルから突き落とし、さらにその後、拳銃を持ち出してまで始末しようとしてきた男たちである。
満身創痍の碧海を渡利が運び、鎌田が相手の半数を処理、キョウロウが残りを皆殺しにし、神楽が簡易的な爆弾で混乱させ、なんとか逃げ出すことができた。
「彼ら全員、伊達さんの同業者なんじゃないでしょうか。伊達さんは、自分に依頼されたわけじゃないとおっしゃっていたんですよね。親っさんと呼ばれていたということは、少なからず幹部級のヤクザということになります。依頼人の素性がどうであれ、幹部が汚れ仕事に手を出さないのは当然です。そういう仕事は、下っ端たちがやることだ」
極道社会は、ほかのどこよりも厳しい縦社会だというイメージがある。威厳を保たなければならない幹部が、たかが一高校生の殺しを請け負ったとあれば、その人の威厳にかかわるのかもしれない。
「それ以前に、ヤクザの幹部と連絡を取ることすら、普通の人にはできません。そこで依頼人は、ヤクザの下っ端に金をちらつかせて殺しを依頼したんじゃないでしょうか。しかし、その下っ端にだってヤクザとしてのプライドがある。いくら金を積まれても、そう簡単に頼みごとを聞いたりはしない。でもやっぱり金は欲しい」
指でわっかを作り、意味ありげに口角を上げる。
「そう考えた結果が、あのチンピラたちです。自分たちの代わりに、チンピラとヤクザの間のような、いわゆる舎弟に金をいくらか握らせ、殺しを実行させようとした」
少し背が高いだけの高校生相手なら、それくらいで十分だと思ったのだろう。実際、碧海一人だったら袋叩きに遭っていたはずだ。
「ところが、一つ想定外なことが起こった。鎌田くんの存在です。ろくな武器も考えもなく突撃した挙句、チンピラたちは返り討ちにされた。依頼人から金はもらってしまった手前、失敗してしまいましたでは済みません。重い腰を上げて、チンピラたちの尻拭いに来た」
神楽は面白がるように含み笑いを漏らした。
「それが、きみをビルから突き落とし、その後も執拗に追ってきたヤクザたちです。こちらもまた鎌田くんに半数をやられましたがね」
碧海が襲われたのは計三回。
一度目はキョウロウ、二度目は七人のチンピラ、三度目は最終的に五人となったヤクザである。
神楽の推測が正しければ、そのうち二度目と三度目の背景が明らかになった。
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