第27話 「ターゲットに休息はない」
「おお、混んでる……」
もともと、寮の食堂では土日祝日を除いて昼食は提供されていない。よって、寮生に限らず弁当がない生徒は学校の食堂や購買を利用するのだが、今日のように学校から追い出された日は、寮の売店が寮生でいっぱいになる。
中には食堂わきにある小さな台所で自炊をする生徒もいるが、それは少数派だ。
碧海は混みあっている売店を横切り、食堂の壁際に並ぶ自販機に小銭を投入した。温かいお茶を買い、人込みをかき分けつつ食堂を出る。
ペットボトルを握りしめて手を温めつつ歩いていると、横に一人の生徒が並んだ。
「よう、碧海!」
「わっ!」
熊も腰を抜かす巨体に、地鳴りをも凌駕するような野太い声。碧海自身、一八二センチとそこそこの身長を持つが、隣のこの男は段違いである。身長は一九八センチと、あと一歩で二メートルに達し、体重は優に百キロを超えるという巨漢ぶりである。
頬に長い傷があり、漫画の世界から飛び出してきたような人間だ。
名前を
「あんまり大きい声出すなよ、びっくりするだろ」
「そうか、それは悪かったな!」
と、謝る声すら大きい。碧海はため息をつき、お茶を一口飲んだ。
「なんか用?」
「ああ、
「結城くん……は見てないと思う」
この久瀬、柔道部のエースを誇っていそうな見た目にそぐわず、所属している部活はなんと美術部。しかも、ノコギリやドリルで木や石を削っているならまだ分かるが、得意分野は淡い水彩画という裏切りである。
何度か絵を見せてもらったことがあるが、印象的な絵から写実的な絵まで、どれも圧巻の一言だった。
根っからの画家で、しかも豪快で気が良いとあらば、部長になるのは必然だろう。
「あれ、そうか。どこ行ったんだろうな。食堂にもいねえし、連絡はつかねえし。体育館にいたのは見たんだがな」
「同じ部屋の子は?」
碧海たち二年生は四人一部屋だが、一年生は人数と部屋数の関係で二人一部屋である。ちなみに、三年生は受験勉強に集中できるよう一人一部屋だ。
「あ、その手があったか。誰だっけな、結城のルームメイト。一〇一だよな」
「一〇一なら、えっと……」
答えかけた碧海は、ぴくりと体を震わせた。
――竹蔵くんの部屋じゃなかったか?
渡辺万太が殺されたことから始まった、杜葉生連続殺人事件。
碧海を除いた二人目の犠牲者、竹蔵春生の部屋は、確か一〇一号室だったはずだ。
「まずいぞ……」
久瀬が首をひねる傍ら、碧海は黒いドロドロしたものが胸中を満たすのを感じた。
「久瀬。僕、部屋まで行ってみる」
「そこまでしてもらわなくていいぞ。俺が行ってくる。もともと俺の用事なんだからよ」
「なら一緒に行くよ」
「なんでそこまで……」
「ルームメイトは竹蔵くんだ」
いぶかしげにしていた久瀬は、あっと大声を上げた。
「今朝、亡くなったって言ってたあいつか!」
「その竹蔵くんと同室の子と連絡がつかないなんて、嫌な予感がしないか?」
「まさか……いや、二人も死んでんだ。なんで死んだのかは分からねえが、用心しすぎるに越したことはねえ」
未だに被害者たちの共通点を見いだせていない以上、杜葉高校に通う生徒全員に命の危険がある。このことは、碧海たち二〇一号室メンバーでは周知のことだ。
「悪いな、碧海。もしかしたら変なことに巻き込んじまうかもしれねえ」
「もう巻き込まれてる」
「へっ、そうか」
自分に話しかけられた時点で、と久瀬は解釈したようだが、実際は一昨日の時点から、碧海は彼の言う変なことに巻き込まれている。
何をこれ以上躊躇することがあるだろうか。
碧海と久瀬は互いにうなずき合い、そろって食堂のさらに奥へ足を向けた。結城の部屋、一〇一号室は、食堂からは目と鼻の先である。
「もし荒事になったらどうする?」
「逃げる一択」
「でもさ、やべえ奴がやべえ武器持って暴れまわってたら? すぐそこの食堂には女子だっているし」
「うーん……だって僕ら、荒事とは無縁じゃないか」
悲しいことに、碧海と久瀬は見かけ倒しコンビである。どちらも高身長でありながら、まともにパンチ一つできないのだ。ただ、久瀬はとにかく力が強いので、本気を出せばそれなりに戦えるのかもしれないが。
最悪、と碧海は続ける。
「全力で怖い顔して追っ払うとか」
見かけ倒し、裏を返せば外見は一丁前であるということだ。
「それだな!」
久瀬は大真面目な顔をしてうなずき、立ち止まった。廊下突き当りの曇りガラスは真っ白に染まっている。今は降っていないが、昨夜の降雪で外はすっかり雪景色だ。
「結城、いるか? 久瀬だ! 部活のことで話があるんだが!」
扉をたたくが、返事はない。久瀬がさらに力を籠めて扉を殴ると、みしっと木が軋む音がして、碧海は慌てて久瀬の腕を引いた。こんな馬鹿力では、毎日のように絵筆を交換しないといけないのではないだろうか。
「待て待て。扉が壊れちゃう」
「む、そうか。しかし、これだけ叩いても出てこないってことは、いないみたいだな」
まさか聞こえないなんてことはあるまい。扉に耳をつけてみるが、物音は一切しない。
――飛騨さんに話すか? いや……根拠が少ない。
久瀬は体育館で結城の姿を目撃したのだという。学校から帰ってきてから、あと少しで一時間。たった一時間連絡が取れないと騒ぎ立てたところで、門前払いを食らうのがオチだろう。二人死んでいるという前提があっても、それは変わらない。
そもそも、二人は殺されたという事実は公表されていないのだ。どうして知っている、と逆に問い詰められかねない。
「どうすれ……」
こういう時、事態は向こうからやってくる。
碧海のスマホが着信を告げた。
「あれ、夏目?」
画面には夏目そらの文字がある。こんな時に何の用だろうか。
「もしも」
『手伝ってくれ』
「はい?」
挨拶すらさせず、夏目の淡々とした声が聞こえてくる。そこにどこか緊迫した様子を感じるのは気のせいだろうか。
「どうしたんだ」
『一年生の子が連れ去られた』
「それってまさか、結城くん?」
『なんだ、もう知ってたのか? 一〇一号室の結城
結城壮太。竹蔵春生のルームメイトであり、その死体の第一発見者だ。
「いま久瀬が一緒にいるんだけど、さっきから連絡が取れないらしい。亡くなった渡辺くんのルームメイトだから、何かあったんじゃないかと……。連れ去られたっていうのは、どういうことだ?」
『どうもこうもない。連れ去られた、それだけだよ。無駄な時間をとらせるな。無駄なのは身長だけにしてくれ』
「うっ」
相変わらず痛い。
「夏目! 久瀬だ、結城の行方は本当に分からないのか!?」
ダメージを受けている碧海に代わって、久瀬が大音量で問う。その声量に気圧されたか、しばらく沈黙が挟まった。
『……ああ、久瀬くん。私が嘘をつく理由はない』
「それもそうか」
「それで、夏目。手伝ってほしいっていうのは?」
またしても沈黙。間をおいて放たれた言葉は、珍しく切れが悪かった。
『久瀬くんを巻き込んじゃうかも』
「僕はいいのかよ」
『だって碧海くんだし』
抜け出したところを見られている手前、こちらとしてはノーと言えない。夏目の方も、碧海が殺人事件に何らかの形でかかわっていると分かっているからこそ、こうして協力を求めてきたのだろう。
『危険な橋を渡ることになる』
「んなことは関係ねえ! 結城の方がよっぽど危険だ!」
『怒鳴るなよ。なに脳筋主人公みたいなこと言ってるんだ』
いつもの毒舌が帰ってきたらしい。スマホの向こうで、夏目がにやりと笑ったような気がした。
『それじゃ、もう後に引けないが……構わない?』
「もちろん!」
「言うまでもなく」
『じゃあ、危ない橋一つ目。私の部屋までおいで』
これは危ない橋だ。
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