第21話 「死神の足音」
鎌田は歯を見せて笑うと、男たちを牽制している渡利の隣に並んだ。
「よう、ご苦労さん」
「ちょ、はよ助けて!? 俺こないにいるって聞いてへん!」
「手伝ってくれてもいいんだぜ?」
「いやや! ほんまに! 絶対あかん!」
渡利は断固とした様子で首を振ると、碧海の手を引っ張って担ぎ直した。
「俺は逃げるで!」
「何だよ、つまんねえ」
むすっと唇を尖らせた鎌田は、背中から竹刀を引っ張り出した。頭上に竹刀を置くいつもの構えをとってから、男たちに向かって叫んだ。
「さあ、殺さば殺せ! 俺に指一本でも触れたら褒めてやるよ!」
鎌田は目にもとまらぬ速さで男たちとの距離を詰めた。
真っ先に向かったのは拳銃持ちの男。飛び道具を持っているという事実が油断を生んだのか、男の反応が一瞬遅れた。その隙を突いて男の懐に入り込むと、竹刀の柄でもって手から拳銃を弾く。慌てて腰からナイフを引き抜こうとしても、もう遅い。鎌田は背後に迫っていた別の男を竹刀で斬り伏せると、次の瞬間には腰から抜いていた木刀で拳銃持ちの男の額を打った。
「やっぱり重いな」
ぼやくように言ってから、地面に落ちた竹刀を拾い上げようとする。
しかしそれよりも早く、屈強そうな男が竹刀を踏みつけた。それまで楽しそうにしていた鎌田の顔に怒気が走る。
「おいこら、竹刀を踏むとはいい度胸だな?」
「俺たちにケンカを売るとはいい度胸だな!」
「てめえらのことなんざ、これっぽっちも知らねえよ!」
手の中で木刀が躍動する。木刀がまるで本物の刀のようにきらめきを放ち、男を打ち抜きにかかる。男はナイフの柄で受け止めて木刀ごと鎌田を押し返す。
鎌田は少し驚いた様子だったが、すぐに笑みを取り戻した。
「何だ、やるのか」
「ガキが舐めるな! 木刀があるからって調子に乗るなよ」
「ナイフを持って調子に乗ってんのは、てめえの方だろうが!」
鎌田は負けじと言い返すと、背中の竹刀袋を碧海の方に放り投げた。すぐ目の前に落ちた袋から、小さな竹刀がはみ出ている。
「よこせ!」
その一言で鎌田の意図を理解した碧海は、小太刀を取り上げて渡利の手に押し付けた。
「いま右肩が死んでるから、お前が投げてくれ!」
「鎌田に投げりゃいいんやな?」
渡利はうなずくと、小太刀をまっすぐ投げた。空中で回転しながら向かい来る小太刀を受け止め、木刀とともに二刀流で構える。
「どらあっ!」
男のナイフを小太刀で弾き、木刀で喉元を突かんとする。男はすんでのところでかわし、にたりと笑って鎌田の後方に顎をしゃくった。
「見ろよ」
「はあ?」
怪訝そうな顔をした鎌田が振り返る。
同じ方向に目をやった碧海は、目を丸くして声を上げた。
「いつの間に!」
鎌田に倒された三人のさらに向こう側、そこに四人の男たちが立っていた。目出し帽はかぶっていないが、やはり手には得物や拳銃がある。さらされた顔には痛々しい傷跡が走っており、とても堅気の人間には見えない。
「ここまでのようだな!」
男が勝ち誇ったように叫んだ。
「飛び道具二つは勘弁してくれよ……」
鎌田は冷や汗をかき、じりじりと後退している。
ナイフの切っ先と拳銃の銃口が一斉に鎌田を向く。
「ど、どないするんや?」
「どないもこないもねえよ!」
「さっさとあの世に送ってやる」
拳銃を持った男がつぶやき、引き金にかけた指に力を籠める。
ところが、聞こえてきたのは銃声でも悲鳴でもなかった。
こつ、こつ、と単調な足音。
それは重いブーツのような鈍い響きを伴っている。
ぞくりと背筋が粟立った。
「誰だ、てめえ?」
誰かが問うその先には、黒いレインコートに身を包む一人の男がいた。フードを目深にかぶり、白いマスクを身に着けている。手には黒い手袋、そしてよく研がれた大振りのナイフ。
碧海を襲った襲撃者である。
「なんで、ここに……?」
碧海は呆然とつぶやいた。その声が聞こえたか、襲撃者が猛禽類を思わせる動きで碧海の方を振り返る。
「ひゃ……」
手の中でナイフが光ったが、その切っ先が碧海に届くことはなかった。
「質問に答えろ!」
男たちの一人が持つ拳銃が、火を噴いたのである。弾は誰にも当たりはしなかったが、襲撃者は碧海の方を向いたままぴたりと動きを止めた。無言で振り返り、煙をくゆらせる銃口をしげしげと見つめる。
「…………」
襲撃者がふっと笑った。
襲撃者はまっすぐ男たちの中に突っ込んだ。
一番近くにいたナイフ持ちの男の首筋を切り裂き、片手を後ろに回して自分を狙った拳銃をつかむ。力づくで拳銃を上に向かせ、親指で引き金を押す。放たれた弾丸は拳銃の持ち主である男の顎を撃ち抜いた。
「この野郎、何を……!」
鎌田と戦っていた、腕に自信があるらしい男が飛びかかるが、襲撃者はその男を背負い投げで投げ飛ばした。さらに片腕をつかんで引き上げ、朦朧としている男の頸動脈を切断する。すさまじい血しぶきが上がったが、襲撃者は意にも介さない。
手を振って返り血を払うと、残り一丁の拳銃の射線上から逃れ、ナイフの刃を横にして心臓のあたりに突き刺した。肋骨の間を巧みに避けたナイフは深々と刺さっている。
最後の一人が奇声を上げながら背を向けたが、襲撃者は襟首をつかんで引き留め、心臓を一突きした男から奪い取った拳銃で後頭部を撃ち抜いた。
ナイフを引き抜くと同時に、二人の男が崩れ落ちる。
あとに残ったのは、大量の血と静寂だけだった。
血の海の中、襲撃者は両腕をだらりと垂らし、静かに佇んでいる。その足元には五人分の死体。
真っ赤に濡れたナイフから、一滴の血が滴り落ちた。
「おっ、おい、逃げるぞ!」
その音で我に返ったのは鎌田だった。ひきつった顔をして渡利の腕を引き、イチョウ通りの奥へ顎をしゃくる。その懐はわずかに膨らんでいる。どうやら襲撃者が投げ捨てた拳銃をちゃっかり拝借したらしい。
「バケモンやな……!」
渡利はうめき、碧海を背負いながら脱兎のごとく駆け出した。その後ろに鎌田が付き、ちらちらと後ろを見ながら襲撃者を牽制している。
碧海たちとの距離が十メートルほど空いたとき、ついに襲撃者も動き出した。大股で走り、右手に持った血塗れのナイフを振りかぶる。
「やばいって……」
次の瞬間、碧海の頭に何かがぶつかった。まさかナイフが当たったのかと慌てて振り返ると、地面にペットボトルが落ちていた。五百ミリリットルの大きさで、内側は白く曇っている。入っているのは水とドライアイスのようだ。
「なんやそれ?」
「ゴミか?」
鎌田と渡利が足を緩める。
「違うよ! これは――」
碧海は渡利の背から下り、ペットボトルをつかんで襲撃者の方に投げつけた。
「爆弾だ!」
破裂音がして、ペットボトルが爆発した。白い煙と細かい水滴が四方八方に飛び散り、碧海は両腕で顔を覆う。
「ほら、行きますよ!」
腕を掴まれるが、渡利や鎌田のように持ち上げるには至らない。
碧海は自分の力で立ち上がり、白煙の中、目を細める神楽を見つめた。
「竜さん……!」
「どうも……ごほっ」
顔の前で手を振った神楽は、咳をしながら住宅街の奥を指さした。
「すみません、どうもコントロールが苦手でして。当てるつもりはなかったんですけど。……さあ、行きましょう! それにしても、ごほっ、ドライアイスの煙って、結構喉にくるんですね」
「竜さん、喉弱いからな。ほら、行くぞ!」
羽織で口元を覆っていた鎌田は、碧海たちの背を強く押した。
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