通販と猫 (上)

昼行灯

上下でおそらく完結する 上の部分


 インターネットというツールがある。


 電波を通じて山を超え海を超え国境も飛び越えて繋がることができる。現代最強のツールだ。

 いや最近ではインフラと言っても過言ではない。それほどまでにほんの数十年で人間社会はインターネットありきで形成されてしまった。インターネットの普及により劇的に変化した事柄は情報収集、コミュニティ、地図、動画の視聴と配信と様々だが最たる変化は買い物だと思う。


 そう、通信販売。略して通販である。


 インターネットがまだなかった時代も通販はあった。テレビショッピングと言われる電話主体の方法だ。夜中の静かな時間に百点満点の営業スマイルで昔馴染みの八百屋のようなおまけつきの台詞をよく耳にしたものである。中型家電がおまけでもう一つ付いてきても置き場所に困ると電話を躊躇したのも、もう過去のことだ。

 今や通販はユーザーが自らの意思で自由な時間に通販サイトを開いて利用する販売形式になっている。朝昼夜の時間に縛られないのはありがたいものである。

 その恩恵を享受しつつパソコンの前に座り、月に何度も開く通販サイトを私は開いた。見慣れたレイアウトのトップに見慣れないバナーが大きく表示される。バナーには大きくSALEと書かれていた。年に数回開かれる大型セールが開催中である。そして今日の目当てでもあった。

 マウスを操作してバナーをクリックする。ずらりとセール品が表示された。見たことがある商品もあれば見たことがない商品もある。購入したことがある商品もあった。

「……ふむ」

 画面をスクロールして並ぶ商品に目を通す。トップのページにはめぼしい商品は見当たらなかった。カテゴリーを絞ってページを移動する。今回のセールはパソコンやその周辺機器が目玉だとインターネットで見た。期待半分で元値を確認しながら割引率や金額を精査する。どうやら情報は正しかったようだ。

 確かに安い。目当ての商品ではないが半額近い金額になっている商品すらあった。期待半分が期待八割を占めて胸が躍る。チェックしていた目当ての商品に移動すると御多分に漏れずセール価格になっていた。  

 クリックしてカートに入れ、流れのまま決済をする。恙なく購入できた。小さくガッツポーズを取る。

「あとは、っと……」

 一番の目当ては確保した。しかし見ていないセール品はまだまだある。掘り出し物があるかもしれない。一旦トップページに戻り、あてもなくページを巡回する。つと、定期的に購入する商品も安くなっているかもしれないと思い立ち、購入履歴に飛ぶ。視界が遮られた。

 鮮やかな色彩の世界が一変して白黒のコントラストで埋まる。ついでにモフモフしている。

「にゃー」

 飼い猫が机に飛び乗ってきたのだ。ゼロ距離の挨拶に顔がモフモフに埋まる。モフモフの毛皮は気持ち良いのだが不意打ちはいささか辛い。しかも今は冬毛への換毛期だ。付着した毛で顔が痒くなる。距離を取って顔の毛を拭う。

「買い物が終わったら遊ぶからちょっと待ってて」

 モニターと私の間を遮るモフモフを退かそうと試みるが一向に退かない。

「あの、すみませんけど、机から降りてお待ち頂けませんか?」

「にゃー」

 交渉は決裂した。

「見えないんですけどっ」

 上半身だけで反復横飛びしても気にしてくれない。むしろヤバい人を見るような目をされてしまう始末だ。この猫という種族の主は下僕が一番困ることを熟知している。

「……仕方がない」

 抱き上げて膝の上に乗せる。喉がゴロゴロと低音を響かせた。膝に五キロ弱の重みはちょっとした修行なのだが、当人ならぬ当猫は満更でもないようだ。


 さっさと買い物を済ませて下僕として主の遊びに付き合う責務を果たそう。


 そう心に決めて主の頭を撫でながら、買い物を再開する。購入履歴に飛ぶと案の定いくつかの商品がセール価格になっていた。家の在庫と照らし合わせながら補充したい商品をカートに入れる。これで良いだろう。決済に進もうとすると主が鳴いた。

「にゃー」

 私を忘れるなと言っているようだ。

「あぁ、そうだね。えーっと」

 カテゴリーを動物に移動してさらに猫を掘り下げていく。お猫様用品がずらりと並んだ。セール価格で。

「なるほど」

 主の背中の毛並みを整えつつ、上から順番に見ていく。


 ベッド、キャットタワー、トイレ、トイレ用の砂、ご飯、爪とぎ、首輪。


 数多のお猫様用品の中にちょこちょことお犬様用品も混ざるのは兼用できる品があるのと、お猫様同様に人の暮らしに近い種族だからなのだろう。

 ちなみに、お犬様も嫌いではない。むしろ好きである。しかし今求めているのはお猫様の商品だ。それも膝の上の主が気に入りそうなグッズである。デザインや機能性、何よりも危険性がないか吟味する。

「これ良さそうだな」

 スカーフのような首輪があった。柄は日本古来から伝わる唐草模様だ。典型的な和猫体型でハチワレの主にはさぞかし似合うだろう。

 お猫様用品は下僕ホイホイでもある。

 ご飯や爪とぎのようにお猫様の健康に直結しない用品は下僕の趣味も反映される。首輪や迷子札は最たるものだ。販売する側も明らかに下僕の興味も惹くデザインを用意してくるのがまた悩ましい。もっともいくら下僕が気に入って用意しても肝心の主が気に入らなければ使っててはくれない。最終判断は主であるお猫様だ。健康のため以外で主に無理強いをさせるのは万死に値する。下僕は無ただ涙を流して諦めるのみだ。かくしてお猫様がいらっしゃる家庭には日の目を見なかったお猫様用品が一つや二つや三つや四つは仕舞われているホラーが生じるのだが、それもまたお猫様の知ったことではない。

 幸いなことに膝の上の主は首輪を嫌がらない寛容な心をもっている。無頓着だからではない。下僕に優しい性格なのだ。

「ついでにベッドも買い替えるか。それから猫じゃらしもヘタってきてるから、っと」

「にゃー」

「はいはい。おやつもですね」

 何を言っているのかわからないが何を欲しているのかは察してカートに入れる。常備食のカリカリも割引になっていなかったがついでに一袋追加する。

「これでいいですか?」

 喉元を指で撫でながら窺う。満足そうなゴロゴロの振動が伝わってきた。

「じゃあ、決済しますね」

 カートに移動して決済を確定する。こちらもすんなりと承認された。自動返信が届いているかメールをチェックする。注文は確定されているようだった。

「よし」

 サイトを閉じてパソコンの電源を切る。なかなか良い買い物ができただろう。椅子を引いて伸びをすると主が膝からひょいと飛び降りた。

「にゃー」

 こちらも機嫌が良いようだ。鳴き声も軽やかである。

 注文まで終わればあとは届くのを待つのみだ。下僕の商品が先か主の商品が届くのが先か、はたまた同時に届くのか。

「楽しみですね」

 擦り寄ってくる主の頭を撫でつつ声をかけると部屋の隅から猫じゃらしを咥えてきた。手が空いたのを悟ったのだろう。賢いものである。

「にゃー」

「はいはい。お待たせしました」

 下僕の責務を果たすために、私は猫じゃらしを手に取った。




                                ―― 続 ――


  

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

通販と猫 (上) 昼行灯 @hiruandon_01

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説